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己 呂 武 反 而   作者: https://youtube.com/kusegao
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   貴方はそれなら尋ねるかも知れません:どのようにして滋子がこれら全ての引き金になったのか;お前自身が認めるように彼女は獣を揺り起こした原因なのだから。どんな“特別な”意味で彼女が原因だったのか。

   その質問に対してはただ、マツバラ女史の音楽室にいた七十分かそこら、僕は非常に[うろた]狼狽えていたと繰り返させて下さい。以後ずっと、狼狽えて日々を送りました。勿論、僕は真の原因を推測しているに過ぎません。僕はジグムント・フロイトの信奉者ではありませんし、自分を分析する事について確かになれません。確かになれることは、未だ嘗て若い女性と二人きりで同じ部屋にいたことがなかった事と、それから、たまたま彼女が美しかった事、です。それは僕が経験した事が無い種類の狼狽えでした。

   ではもう、僕に関して、一種の無罪を、大雑把には立証出来たと考えます。“大雑把に”とは、僕は自慰に就いての論究を行っているので無いから。ただ、滋子への僕の思いの性質を明らかにしたいだけなのです。

   最後まで僕を憂えさせたのは、しかし、彼女の大きな見つめる目たちでした。それらが最も追い払いにくかった:ぼくの恥ずべき行為の前、ほかの全ては忘却しつつあった時も。僕はそれらが行ってしまうまで必ず待ちました。

   しかし後ろめたさ、からは、決して逃れられなかった。それを持ったまま、僕は『喜びの島』の二回目のレッスンへの途上にありました。ただマツバラ女史の所へ行くか行かないかの問題のみが未決定でした。僕は電車の中で滋子にばったり出会うのを恐れて遠回りをしました。わざわざ渋谷まで行って、そこから東横線に乗るのです。もちろん、これはあまり意味がなかった、と云うのも、僕は彼女がどの方向から来るのか知らないのですから。でもその時は、そうするのが完全に論理的なように思われました・・・渋谷に到着するまでは:そこで急に自分の行為の非合理性が思われたので。僕は結局マツバラ女史の所に行かない決心をしました;いずれにせよ時間に間に合うようには行くまいと。僕は山手線を一周、旅しました。それから僕は予定通り渋谷で東横線に乗り換えました。都立大学で降りました。レッスンは直ぐに終わる筈ですし、僕は彼女が駅に現れるのを待ち受けるのです。これもやはり無駄かも知れない、なぜなら彼女が都立大学駅を自由が丘駅に優先させる保証は全く無いから。(言い忘れましたけれども、マツバラ宅は都立大学駅と自由が丘駅のほぼ中間に位置しますが、後者へ行くには道を何度も曲らなければならないので、前者を優先させると徒歩で約二分の節約になるのです。)事実、僕は常に自由が丘駅の利用客でした。更に、自由が丘はナントカ線と云う別の路線〈天野注。東急大井町線〉の乗客の駅でもある為、彼女の交通手段が電車だと仮定しても、僕が空振りに終わる可能性は、そうでない場合に三倍しました。でもやはり、その時はその事が頭に浮かびませんでした。その週は一夜も安眠を得なかったのです。彼女の目を追い払うのに忙しかった。多分僕は発狂しつつあったのです。そして彼女は来ました。駅の出口に立った途端、彼女が真っ直ぐ僕の方へ進んで来るのが見えました。

   僕は惑わされているので無いのでした。僕は正しいのでした。七日間、ただこの一事を確かめたかったのです。彼女は美しかった。今はもう疑いがありませんでした。彼女の美しさは僕の想像が勝手に作り出したので無かった。僕が彼女に持っていた印象は多少の修正が要りました、しかしながら。彼女は信じがたく美しかった。これを、ダブル・チェックしました:後日、狂っていなかった時に。今は、僕は逃げるのでした。問題は、既に彼女は僕に気づいてしまった。

   (またもや、あの大きく開いて僕を見ている目たち。)彼女は若干唇を開いて小さな悲鳴を上げました。あるいはそう僕は思いました。間違いなくそれを聞いたと思いました。僕は彼女の方へ飛び出しました。彼女の横を過ぎざま【どうも。】と口ごもった調子で云い、そのまま行進して行きました。それが、僕が彼女を見た最後でした。

遺書はつづきます。[編者]


伶門のタイプライタ原稿に忠実な翻字は以下で

https://db.tt/mcKCVKog

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