思うに射精衝動は性欲の一つの現れ、言い換えるならば性欲の特別なケースです。もしそうであるならば、ここで次の事が言えます。自ら汚す行為は射精衝動による場合とそうでない場合があると。さて、尋ねさせてください。ここに射精衝動が原因で居ても立ってもいられない男がいます。彼の頭の中には必然的に特定の客体が存在するでしょうか、射精衝動が彼をして欲っせしむる、ある特定の者が?僕は答えが否であると言います。ちょうど、飢えた人間が、食べたい衝動が原因で居ても立ってもいられない時、彼の頭の中に必ずしもチーズとサラミのピッツァが思い描かれているとは言えないように、食べられる物なら何であろうと口に詰め込みたいように、射精衝動の支配下にあって自ら汚す彼は、第一義的にはその捌け口を求めるので、必ずしもマリリン・モンローを思い浮かべるのではない。この場合、彼の性欲に客体が無いと言えます。
間違えないでください、確かに彼女は僕の思慕の客体でした。僕は彼女に(滋子のことですが)恋していましたし、彼女の顔の映像と彼女の声の音はいつも僕の頭を去りませんでした。前段落に因って僕は結論付けますが、僕の性欲の客体は存在しませんでした。故に僕の思慕の客体と僕の性欲の客体とは一致しなかった。それですから僕は[い]謂うのです:僕は彼女に狂っていた七日間、夜な夜な自らは汚しながらも、彼女をば微塵も汚すことがなかったと。
“ああ、でもしかしね、”と貴方は言いましょう、“どこかに論理の飛躍が無いかね?お前の議論は有効らしい。話を聞く限り確かにお前の言う通りだ。お前の恋する所の者である滋子と、生殖本能がお前をして欲っせしむる所の者 ─ お前の主張によると、今話題にしている特定の場合に限って云えば、それは非存在 ─ 確かに二者は等しく無い。ところで、お前の議論を作り上げている前提の中に、一つだけ疑わしいと云えば疑わしいものを混在させなかったかな?外でもない、前々文中に引用した非存在者の前提ですよ。お前の所謂“射精衝動”の捌け口として自ら汚しつつある男が、必ずしもマリリン・モンローを思い描きながら行為を行うとは限らないとする意見、仮にそれは認めよう。では聞きましょう。彼は必ずマリリンを思い浮かべないのか?時々は思い浮かべないか?
“お前の場合を話そう。お前は自ら汚す行為の最中、決して滋子の事を考えなかったと威張っている。ところが彼女の顔と声はいつもお前の頭を去らなかった。そんな事が可能かね?本当に!つまり、昼も夜も彼女の事で頭が一杯だったが、例の行為を行う時だけは彼女を頭の中から消す事に成功した、毎度成功した、とこうお前はわたくしに言っているわけだ。御尤もなお話ではありますよ!”
尤もでは無い、が、本当です。僕は毎度成功しました。彼女は獣を揺り起こした原因ではありました。特別な意味でです。
僕は射精衝動を意識した当初から、それを催すのが精神的圧迫下にある時だと知りました。性欲は僕にとって、苛立ちに比例するものなのです。しかも、僕の場合は射精衝動即ち是れ性欲、射精衝動以外の性欲が無いと思うのです。この意味において恐らく僕は、特異な精神生理複合体をなす人間の一人と考えます。従って、ジャンに向かって“僕はしないんだ”と言い張ったのは、ある見地に立てば、少しも嘘でなく正に本当だった。
僕が獣を檻から放った時、僕の行為はやはり自慰でなかった。いまだに痙攣的でグジャグジャでした。それは一つの苦痛を伴う過程;其れを放置しておく事は更に大きな苦痛を意味するトゲ、其のトゲを除去する過程でした。チーズとサラミのピッツァに就いて考える時間ではなかった。
遺書はつづきます。[編者]
伶門のタイプライタ原稿に忠実な翻字は以下で
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