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己 呂 武 反 而   作者: https://youtube.com/kusegao
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   今の僕を見て他人が思うかも知れないような怠け者では、僕は決してありません。僕は他人の何倍も(恐らく五倍も六倍も)頭脳労働をして来ました。先生たちは僕が授業中に勝手な本を読む事を許してくれました。第八学年の終わり〈天野注。中学二年生、伶門十三才〉までにはファインマン教授の『物理学の講義』、シェークスピア集、『論語』、『古事記』などを読み終えていました。これを自慢して云うのでない事を、貴方は知っています。この程度の事で満足が得られたのなら、僕はどんなに幸福でしたろう。小さな達成感のようなものは直ぐに失せてしまうので、読んだ本をどんなに積み上げても得意になれませんでした。むしろ、それを読むのに払った努力を思う時、中国の古典などと言われる物は、腹の立つくらい馬鹿らしい代物でした。

   僕は不幸せでした。いつも心の安らぎを求めて、いつも得体の知れない何かを求めて焦っていました。人を完全に満足させるもの、其の万古不易なる巌の上に彼の精神をどっかと据え、其の見事な美しさをただ賛美する事が即ち涅槃、そう云うものを求めていました。しかも、それを発見する前に人生が終わってしまうかも知れない!僕は人生の基盤を求めていて、そしてそれを見つける前に肝心の人生が終わってしまう。何と笑止な事でしょう。僕の不安の程を理解して貰えると思います。

   僕は四つでした。この上もなく確かで変わらないものを見つけて、それを所有する願いが心に芽生えたのです。言うまでもなく、四つの歳で、自分の願望をこう云いおおせたのではありません。ある日、父が六色の別々のインクの出るペンを呉れました。僕はそれに夢中になり、他の沢山の単色ペンとの書き較べに満足した後、僕の複数色のペンを父に向かって高々と持ち上げ、これが完璧なボールペンかと尋ねたのです。同じ年のクリスマス、彼はレコード・プレーヤーと何枚かのレコードを買って呉れました。以後十日ばかり、昼も夜もそれらをいじくり回して、とうとう僕を魅了した機械を壊してしまいました。僕が突然音楽への情熱を燃やし始めた訳ではありません。このレコード・プレーヤーをして、一台のレコード・プレーヤーたらしめているものが何であるのか、それを知りたい欲求に突き動かされていたのです。エジソンの好奇心を以てではなく。父が与えて呉れた物が最良のレコード・プレーヤーでない事を僕は知っていました。豪華なステレオ・セットが彼の書斎に鎮座ましましました。特別な折、彼が上機嫌の時、僕の大好きな『イタリア奇想曲』とか『合唱幻想曲』とかを掛けて呉れたものでした。従って自分のよりも優れたレコード・プレーヤーが少なくとも一台は存在する事を知っていました。僕はその差が何に因るのか知らなければなりません。自分のレコード・プレーヤーをひっくり返して、底がどうなっているか見ました。揺らして、中に何が入っているのか、カタカタいう音で当てようとしました。回転盤に指を載せて止めました;針を指で撫でた時に出る音にびっくりしました。しまいにはネジ回しを手にしていました。そして心に誓いました:いつか父の書斎にあるようなレコード・プレーヤーを、いや、もしそれよりも優れたやつがあるのなら、その理想的なやつを所有しようと。

遺書はつづきます。[編者]


伶門のタイプライタ原稿に忠実な翻字は以下で

https://db.tt/mcKCVKog

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