編者注:[やっこ]の中の やっこ は原本にあるルビ。(天野)
「アン、悪天使に絡まれる」7月15日、夕方七時頃、家の門前。雨。アン、外出から戻る。門の前に傘をさした奴[やっこ]。
Y:やあ、滋子さん、やっと会えましたね。
A:お願です、話掛けないで下さい。あなたに私、何の用もありません。
Y:どうしてそう邪険にするんです。
A:言忘れました。もう二度と来ないで下さい。さようなら。
Y:なぜ返事をくれないんですか。電話番号を変えたのは僕の所為ですか。
A:そうです。それから、返事を差上げないのは、一通も開封していないからです。全部捨ててしまいました。何通頂いても無駄です。もう手紙もお断します。
Y:ひどいな、あれは手紙じゃないんですよ?滋子さん、僕は貴方にプロポーズまでした男です。
A:やめて下さい。思出したくないんですから。
Y:滋子さん、せめて僕の顔を見てくれてもいいじゃありませんか。
A:いいえ、思出したくないんです。
Y:なぜ僕をそんなに嫌うんです。僕は、心から愛しているんです。それが言いたくて何回も何回も来るんです。滋子さんのことは全部承知でプロポーズしているんです。いいですか?全部承知しているんです。これを分ってもらいたくて今まで数えきれない位、此処に来ているんです。昼も夜も来ているんです。時には門を開けてポーチで待っていることもあるんです、貴方は知らないでしょうが。
A:全部。何を全部御承知なんですか。
Y:僕の口からは言いたくありません。滋子さんが御自分の胸に手を当てて考えれば分ることです。僕はそのことまで承知で結婚を申込んでいるんです。滋子さんは僕のことを誤解していらっしゃる。僕は軽々にプロポーズしたのではありません。それに、噂を広めたのが僕だと滋子さんは、
A:やめて下さい。名前を呼ばないで。あなたが何を御存知なのかは知りません、知りたくもありません、帰って下さい、帰って。
Y:僕は貴方が忘れられないんです。愛しているんです。滋子さん!僕の妻になって下さい。こんな男がほかにいますか。僕を少しは哀に思ってくれないんですか。仕事も辞めました。僕は精神的にぼろぼろなんです。僕はすべてを引受けます。それでも僕は貴方を愛しているんです。
A:聞きたくない。帰って。
Y:じゃ、貴方は僕よりもあの学生を取るんですか。彼がかわいそうじゃないんですか。
A:あなたは一体。何を調べているんですか。やめて、やめて、やめて。
Y:貴方はどんな理由で清水さんなんかと暮しているんです。彼女のことも書いて、
A:もうやめて!二度と顔を見せないで。(門をがしゃんと閉めて家の中に駆込む。テテマロ、狂ったように吠えている。)
「アン、物思の場その二」前場からの続。無言劇。まっすぐ読書室に入り、安楽椅子に腰を下す。一時間以上考込む。
「ストリップ・ショーの場」同日、夜八時半頃、二階、ボーの部屋。英語の文章を朗読している。ドアにノック。
B:はい、どうぞ。(アン、登場。)お帰りなさい。遅かったね。御飯まだでしょう?けんちん汁を作ってみた。
A:御免ね、遅くなって。大分前に帰っていたんだけれど、下で考事をしていたものだから。
B:ん、知っていた。さっきテテが物凄く吠えていたね。又あの人が来たの?
A:到頭つかまっちゃった。坊、あの人を知っているの?
B:んん?全然知らない。何度か話掛けられたけど、黙って通過ぎた。
A:ん、これからもそうして?もしもあの人に会ったら。
B:お姉ちゃん、疲れているよ?どうしたの?今日、ひろおきさん、見送った?
A:見送ってから横浜線に乗って八王子まで行って、それからディーゼル線に乗って高崎まで行って帰ってきた。ずーっと乗りっぱなし。駅からは一度も出ないの。
B:どうして?
A:考事。電車に乗って、いろんな人の顔を見て考事をするの。面白いわよ?がたんごとん、がたんごとんってずーっと揺られているの。おなかがすいたら立食そば屋さん。みんなにじろじろ見られちゃった。服に御汁のにおいがついて大変。
B:ひろおきさんと何かあったの?
A:んん?何もない。んん?あった。思切抱締めてキスしちゃった、駅のみんなの見ている前で。凄いでしょう?自分で感心しちゃった、よくそんなことができるなって。
B:それは感心ですね。一日で随分大胆になったんですね、昨日はあんなに恥かしがっていたのに。
A:そう、物凄い進歩。だってひろおきさん、とっても可愛いんだもの。それに彼、とっても紳士。
B:御飯食べよう?それともお姉ちゃんは胸が一杯で食べられない?
A:御飯を食べる前にしておきたいことがあるの。(歩寄ってボーを抱きすくめ、心のこもったキス。)坊、愛している。大好き。坊はお姉ちゃんを愛している?
B:私はお姉ちゃん以上に好きな人はいない。(鼻と鼻を擦合せて、又長いキス。)
A:お姉ちゃん、坊を食べちゃいたい。坊がいなかったらお姉ちゃん死んじゃう。
B:それはひろおきさんに言うことでしょ!
A:んん?坊も同じ。お姉ちゃんは坊をとっても愛している。でも坊とは結婚して赤ちゃんを産めないでしょう?男と女の違があるだけで、お姉ちゃんは坊もひろおきさんも同じに愛しているの。もしも坊と結婚できるんなら坊とも結婚する。
B:お姉ちゃんは欲張。
A:そう、物凄い欲張なの。嫉妬も凄いんだから。だからもしも坊がお姉ちゃん以外の女の人とキスなんかしたら絶対に許さない。坊は私だけの妹だもの。そうでしょう?
B:そうだよ?私もお姉ちゃん以外の人にキスされたくない。
A:でも、好きな男の人とのキスだったら許す。
B:もう良いの!それは。
A:良くない!(涙声になる。)お姉ちゃん、坊の心を踏みにじっちゃった。弄んじゃった。どうしよう。許して?
B:そんなことはない。私、やっぱりひろおきさんが好きじゃなかったの。お姉ちゃんがあんまり仕向けるから自分でも好きなんだって思込んでいただけ。それがはっきり分った。
A:(おいおい泣きながら)でもやっぱり弄んじゃったああ!御免なさい、坊、許してええ!えええ。お姉ちゃんが馬鹿だった!坊をだしに使っちゃった!おいおいおい。ううう。
B:お姉ちゃん、可愛い。
A:坊大好きいい!愛しているうう!ううう。
B:お姉ちゃん、泣声が大きいね。ひろおきさんがびっくりしちゃうよ?
A:だってパパの娘だもの。おおお。
B:御飯にしよう?
A:待って。・・・坊はお姉ちゃんを百パーセント信じているでしょう?
B:信じている。
A:お姉ちゃん、坊に見せてほしいものがある。そのかわりお姉ちゃんも坊に見せる。
B:何?
A:(アン、ひしと抱締める。)坊、此処に来てから何キロ増えた?今いくつ?
B:49だったかな。7キロ位増えたと思う。
A:道理で最近の坊、凄く綺麗。本当に美人。ひろおきさんも由加里お姉様は綺麗であります、素敵でありますって言っていたでしょう?あれ本心よ?彼、物凄い照屋さんだから心にもないお世辞なんか言わないの。だからお姉ちゃん、少しだけ焼餅を焼いている。
B:(赤くなって)お姉ちゃんに褒められるんなら嬉しい。
A:生理は順調なの?
B:ん、終ったところ。
A:坊はいつも規則的なのね。
B:お姉ちゃんは?
A:いつも目茶苦茶よ。二三度うまく巡ってきたなと思ったらまた分らなくなったり。お通じは毎日あるの?
B:ん、あるよ?
A:良いわね?肌がとっても綺麗。お姉ちゃん、荒れているでしょう。
B:お姉ちゃんは毎日じゃないの?
A:毎日どころか週に二回あれば良い方よ。厭になっちゃった。ひろおきさんにニキビ顔で会うの。
B:お姉ちゃん、運動不足だよ?もっとお陽様に当ったら?明日からテテの散歩、一緒に行こう?水泳もいいっていうよ?お姉ちゃん、スイミング・クラブに通ったら?
A:あら、お姉ちゃん、こう見えても背泳の選手だったのよ?大学時代。
B:お姉ちゃんって何でもできるんだね。
A:んん?もう水泳はやめたの。坊、おっぱいが大きくなったんじゃない?
B:太っただけです!相変らずぺちゃんこのままです。
A:そんなことはない。(ボーの胸に手を当てる。)お姉ちゃんには分る。もうひとつ大きなブラジャー、買いにいこうか。
B:結構です!今でも有余っているほど。
A:坊、お姉ちゃんとおっぱいの見せっ子しようか。
B:何のこと?どうしたの?いきなり。
A:坊、お姉ちゃんに裸を見せるのは恥ずかしい?
B:恥ずかしい。
A:馬鹿ね、お姉ちゃんじゃない。どうして恥ずかしいの?一緒にお風呂に入ろうか。
B:厭です。だってお姉ちゃん、人には絶対におっぱいを見せるものじゃないって言ったでしょう?
A:そう、見せちゃいけない。でもお姉ちゃんと坊が見せあうんなら構わないでしょう?
B:構います!厭だ厭だ。恥ずかしいです。特にお姉ちゃんじゃ引目を感じます。
A:馬鹿ね、じゃ、好きな人が出来たらどうするの?見せないの?
B:お姉ちゃんはひろおきさんに見せたの?
A:見せるわけがないでしょう!お姉ちゃんが言っているのは結婚したらってことよ。
B:私もそのときに考えます。
A:んん?お姉ちゃん、坊のおっぱいが見たい。見せて?お姉ちゃんも見せる。
B:どうして?
A:信じて。私はレ何とかでもホ何とかでもないから大丈夫。上だけ脱いで?ね?私が脱がしてあげる。(有無を言わせず、うしろから抱留めて、前のボタンを外しはじめる。ボーはジョイナスで買った薄紫色の半袖の詰襟ブラウス。)
B:お姉ちゃん、こんなことをしてどうするの?
A:大丈夫。坊の為なの。(ブラウスを脱がせてブラジャーも取る。メンソレータムを塗ったときに着けていた、青いリボンのブラジャー。ボーは、アンに背を向け、両手で乳房を隠している。むせるような、少女の甘い脂の匂。一体、あの悪臭は何だったのだろう。真赤になって涙ぐんでいるボーの前に回って、抱締める。長いキス。)大丈夫。お姉ちゃん、もうずーっと前から知っているの。坊が此処に来る前から知っていた。坊の痛はお姉ちゃんの痛でしょう?だから、一度良く見せて?(言われて、ボーは手をだらりとさせたので、アンはボーの体から離れる。顔蒼白。)坊!
B:(べそを掻いて)お姉ちゃん、見て何になるの?
A:坊!貴方どうしたの?ねえ、痣はどうしたの?
B:何の痣?
A:(ボーをベッドの上に倒し、覆いかぶさる。間近からつぶさに見る。)坊、手術なんかしないわよね。
B:何の痣?何の手術?
A:(左右の乳房を撫でながら)私、幻を見たんだ。化されていたんだ。腕を上げてみて。(左の脇に豊に生揃った毛を乳首の方へ撫付ける。)私、何を見たんだろう。(ボーに長いキス。さすがにボーも不安げ。)御免ね?お姉ちゃんの見間違だった。坊の此処に痣があったの。大きな醜い痣。毛が茫々と生えて。良かった!坊、良かった!お姉ちゃん嬉しい!綺麗なおっぱい、もう少し見せて。(ためつすがめつ。指の先ほどしかない、可愛い、濃い紅色の乳首に、思わずキス。口に含むと仄かに甘い。右の乳房、左の乳房と頬擦して、可愛い可愛い乳首にキスしたり撫でたり、大はしゃぎ。)坊!坊!良かった!お姉ちゃん、どれだけ心配したか知っている?ねえ、知っている?何日も眠れなくて、変な夢まで見て、もう病気になりそうだったのよ?良かった、坊、良かった。神様、感謝します。坊、凄く綺麗。貴方のおっぱい、物凄く綺麗。坊大好き!愛している!(口にぶちゅー。)
B:もういいの?服を着ていい?寒いよお。
A:御免。お姉ちゃんが暖めてあげる。今夜は此処で一緒に寝よう?ああ、坊、あなた本当に可愛いわ。もう誰の前でも絶対に服なんか脱いじゃ駄目よ?んん?待って。坊、全部見せて。今日だけ。貴方の裸を見ておきたい。ね?いいでしょう?もう恥かしくないでしょう?
B:だって、
A:だってだって、貴方あんまり可愛いんだもの。お姉ちゃんとして見ておきたい。見せて見せて。
B:お姉ちゃんってしょうがない。大きな赤ちゃん。(間)恥かしいよ!お姉ちゃんが脱がせて!(アン、靴下とスカートとパンツを脱がせる。)
A:坊、あなた本当に可愛い、綺麗な体。(前を向かせる。)どこにも痣はないんでしょう?
B:ない!
A:大きな黒子は?
B:ないよお。(アン、又ベッドに倒して仔細に見る。)
A:坊、この体、大切にするの。分った?絶対に変な男を近付けちゃ駄目。
B:分っている!もう着るよ?(どんどん着てゆく。)
A:むふふふふ、目の保養をしたわい。
B:お馬鹿さん。
A:良かった、お姉ちゃんの見間違で!お姉ちゃん、てっきり坊の左胸の大切な所に大きな黒い痣があると思っていた。細長い毛が何本も生えているの。物凄く気味が悪くて、夢にまで見ちゃった。
B:いつそんなの見たって言うの?
A:鎌倉で。貴方が屈んだときに、おっぱいがこう、まるみえになったんだもの。
B:いやあ!
A:そうよ。もともと貴方があんなひらひらした物を着て歩くからいけないんだわ?お姉ちゃん、貴方の為にどれだけ悩んだと思うの?あんな物を人に見られた らって、生きた心地もなかった。鎌倉の帰に服を買いにいったのもその為だったのよ?大雨の中、貴方に合う下着を買いに関内まで行ったりして。どう?お姉ちゃんに感謝しなさい?
B:御免なさい。
A:ヌードを見る権利位あるでしょう?どう?そのブラジャー。可愛いでしょう?一生懸命考えて探したんだから。それから坊は腕の下をそのままにしておきなさい。剃っちゃ駄目。坊は色がとても白いからあった方が絶対に綺麗よ?第一、自然にある物を剃るなんて、理不尽な風習だわ。汗を掻いたときはアルコールで拭けばちっとも臭わない。そのかわりひらひらした物を着ないの。吊革なんかに掴ったときに、人に見えたら厭らしいでしょう?だからお姉ちゃんは夏でも長袖。坊に上げた服、袖が全部締っているでしょう?お姉ちゃん、そういうことまで考えてあげたんだから。
B:知らなかった。
A:前に着けていた下着とかひらひらしたシャツ、まだ残っているの?全部出した?
B:(箪笥を指して)あの中。
A:捨てちゃいなさい?んん?あとでお姉ちゃんが燃やしてあげる。灯油を掛けて燃やしちゃうから寄越しなさい?もう二度とあんなものを着けちゃ駄目。
B:はーい。
A:どうだ。お姉ちゃんにキスする気になったか。
B:でもお姉ちゃん狡い。私だけ脱がして、ストリッパーみたいに。次はお姉ちゃんの番。さ、見事なヌードを拝見しますよ。皆さん、踊子さんに手を触れないようにお願します。ひろおきさんが怒りますから。
A:あっかんべえー。
B:お姉ちゃん狡いよお!
A:じゃキスしろ。
B:あっかんべえー。
A:その方、中々見事な裸じゃったぞ。ちと胸と腰の回が淋しいがのう。早よう好いた男に可愛がってもらうことじゃ。なんならわしが可愛がってやっても良いぞ。
B:お姉ちゃんもそうして大きくしたの?
A:馬鹿ね、お姉ちゃんのは遺伝よ。ママを見たら分るでしょう?お姉ちゃんは赤ちゃん生産機なんだから。
B:へえ?じゃ、ひろおきさんはこれから重労働だ。耐えられるのかな、お姉ちゃんに、あんな小さな体で。お姉ちゃん、あんまりわがままを言ってこき使っちゃ駄目だよ?少しは手加減するんだよお?でないとへとへとになって逃げちゃうよ?
A:これ、言わせておけば。
B:だって言ってあげないと、お姉ちゃんは物凄いから、ひろおきさんが圧倒されちゃうもの。昨日は何回キスさせたの?ひろおきさんの唇が腫ぼったくなっていたよ?
A:(ボーを抱寄せ、唇を強く吸って)こういうのをね、八百回位。(幕。)
滋子の手書き原稿に忠実な翻字は以下で
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