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己 呂 武 反 而   作者: https://youtube.com/kusegao
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編者注:滋子の手書きでは、【▼○△○】の中の▼○△○はミセケチ。つまり、上から線が引いてあります。今後も【 】は同じ意味で使うつもりです。(天野)

「アンとオイフォリオン、初デートの場」7月14日、朝十時、港の見える丘公園。ベンチにボーとアニー。テテマロ。


A:来てくれるかな。来てくれないような気がする。だって、私、二十四のお年増よ?

B:大丈夫。ひろおきさん、お姉ちゃんの気持が分っている。必ず来る。絶対にお姉ちゃんの心を踏みにじるようなことはしない。そんな人じゃない。

A:坊、やっぱり一緒にいて?私、恥かしくて死んじゃう。

B:お姉ちゃん、神様の罰だよ?最初はあんなに私をからかっておきながら。今度はお姉ちゃんの番。

A:だって、誰がこんなことになると思うのよ。私、本当にひろおき君と坊を仲良くさせようとしたのよ?本当よ?これ。考えてもみて?ひろおき君は十七の学生よ?初からそんなことを考えると思う?私が。

B:お姉ちゃんって勝手。すごくわがまま。そこが可愛いところだけど。私は大好き。でも、男の人は逃げちゃうかもしれないね、可愛すぎて。

A:何よもう、上げたり下げたり。私は生きた心地がないんだから苛めないでよ。お願、一緒にいて。私、ひろおき君に何を言っていいか分らない。みんなには見られそうだし、恥かしくて。いい年をしたでっかい女が。厭だ、もう。大年増が小さな男の子の前で真赤になっているなんて。見る人に笑われちゃうわ?

B:お姉ちゃん、言っておくけど、絶対に「ひろおき君」なんて言っちゃ駄目だよ?「ひろおきさん」って言うんだよ?

A:どうしてよ。

B:当りまえでしょう?もう。お姉ちゃん、散々お説教してくれたのは何だったの?基礎が出来ていませんよ?お姉ちゃん、何でも基礎が大事。考えてごらん?年上の背の高い人に「くん」なんて言われたら「はあい、先生。分りましたあ。」って答えるしかないでしょう?どうやってキスなんかしてもらう気?

A:此処で?みんなの見ているところで?ひろおき君だってするわけがない。あの子、キスなんかしたことがないもの。

B:もう、駄目だったら。お姉ちゃん初から子供扱にしている。「ひろおきさん」て呼ぶの!で、お姉ちゃんの得意技を使って、お姉ちゃんからキスしちゃうの。それから正直に気持を伝える。それ以外に方法はないよ?

A:できるかな、そんなこと。できないできない。そんなことができるわけがない。坊、彼にキスしてくれるように仕向けて。

B:お馬鹿さん。何?お姉ちゃんは。本当に愛しているの?年とか誰が見ているとか関係ないでしょ?(オイフォリオン登場。待ってました!色ボーイ、今日は転ぶな!)

E:すみません。待ちましたか。ゆうべ、お酒を飲まされちゃって。今朝も朝飯食いにいこうってうるさいんですよ。

B:あ、ひろおきさん大事な待ちあわせに二日酔ですか?お姉ちゃんをがっかりさせちゃいますよ?

E:いえいえ、大丈夫です。酒は強いんです、こう見えて。よろしかったらこれからヘンリー・アフリカにでも繰込んでお迎というのはどうでしょう。

B:あ、いけない。まだ酔っている。何時まで飲んでたんですか?

E:何時までって、さっきまで。でも、全然平気であります。「ちびの大酒」とは言いませんね。まあ、そんなところです。みんなにはげげげの喜多さん、て言われてないか、それも。汚い喜多さんになっちゃったな、どうも。すみません。いいお天気で、暑くなりますね、これは。滋子さん暑くないですか、長袖で。

A:んん?大丈夫。ひろおきさん、お忙しんじゃない?

E:もう、大変な忙しさで。馬鹿な忙しさ。野郎仲間から暫しの解放です。僕には滋子さんと由加里さんの方が合っているんですよ。

B:ひろおきさん、一人で来たの?

E:悪友がついてきちゃったんです。どんな人だどんな人だってゆうべからそれで飲まされちゃって、こんなにふやふやになっちゃったであります。「お前一人で二人も相手できんのか、一人紹介しろ。」って。あすこに目付の良くないのがいるでしょう。(一人、自転車に跨ってこっちを見ている。)これで僕は身の破滅です。「喜多野の奴は凄い美人を二人も専有している。」って噂が立って、新学期は磔にされるでありましょう。

B:あ、私、あの人。女の子二人とひろおきさんと元町を歩いていた人。

E:あれ、由加里さんにも見られていたんですか?(自転車の子、すーっと何処かへ退場。)ま、奴ばかりは仕方がないんです、ずっと泊めてもらっているんですから。

A:御免なさいね?ひろおきさん。じゃ、電話を掛けたりして御迷惑だったでしょう?

B:お姉ちゃんは悪くないんです。私が掛けさせたんです。御免なさい。お礼が言いたかったものですから。

E:いえいえ。これで僕は英雄として死んでゆくのであります。英雄はみな破滅の道を踏む、これは真理でありましょう?全然持てないと思われていた僕が、その実、誰も適わない色魔だった。崇められつつ磔刑に処せられるのであります。テテ様、喜多野拾遺、ただいま参上つかまつりました。

T:Rough.

B:お姉ちゃん、じゃ私、テテともうひとまわりしてくるからね。

E:あれ、行っちゃうんでありますか?

B:お姉ちゃん達はいいよ?私一人で。ひろおきさんとお姉ちゃんは暫くしたらお店に行ってください。私、テテを家においたら行きますから。一時間位だと思う。

E:みんなで参りましょう、テテ様のお散歩。

B:だって、ひろおきさん足付が危いですよ?ここで休んでいて下さい。

E:自分は大丈夫であります。

B:ひろおきさん!レイディーがいらっしゃいますよ?英雄がレイディーに歩かせていいんですか!それにお姉ちゃん、ひろおきさんに見てもらいたくて今日は思切お洒落してきたんですよ?褒めてあげないんですか!

同時に:(A)坊、変なことを言わないで。(E)いえ、今申上げようとしていたところであります。

E:晴れた日の滋子お姉様は特に綺麗であります。勿論、負けず劣らず由加里お姉様も素敵であります。

B:ひろおきさん、心から言っていない。お姉ちゃんの目を見て褒めてあげてください。

A:いいの、いいの。坊、何を言出すのよ。ひろおきさん、御免なさいね?

E:自分は参りました。でも本当であります。滋子さんはとても綺麗であります。本心から言っております。僕は照れてしまいますのでありまして、どうも。

B:じゃ、またあとでね?(ボーとテテマロ退場。)

E:そして二人だけになった。やがて誰もいなくなるでありましょう・・・。や、こんにちわ。まだお早うですか。飲みどおしで分らなくなっちゃったであります。

A:今からお酒の味を覚えたら大変ね。掛けない?

E:は、座った途端に居眠をしそうなので自分は立つであります。

A:お願、座って。ね?寝てもいいから。

E:は。では。(ベンチに掛ける。)参っちゃったな?

A:私といるのが厭なんでしょう。

E:いえいえ、決して。僕は光栄であります。

A:ひろおきさん、変な言いかたはよして。私、今凄く恥かしいの。分るでしょう?

E:は。

A:明日帰るの?

E:はい。

A:お祭?

E:いえ。もうこっちに用がなくなったので。いつまでも友達の所に転りこんでいるわけにもいかないので。

A:今度はいつ?

E:九月の初です、新学期が始る。

A:淋しくなるわ?私も由加里ちゃんも。私達、新しいお友達が出来て、二人で喜んでいるのに。毎晩、ひろおきさんの噂をするのよ?

E:僕、詰らないでしょう?付合いにくくて面白くない奴だって言われているんですよ、実は。孤立主義の秘密主義で、いつも本音を言わない奴だ、何を考えているか分らないって、いつも言われます。先生には自信過剰だとか自惚だとかって言われます。"For Heaven's sake, stop looking so pleased with yourself!" なんて。僕は普通にしているだけなんですけどね。家が遠いことも関係があるのかもしれません。箱根の関所どころか逢坂の関を越えていくんですから。これ、やっこの湯、蜘蛛も蛙も義理を立てるが、夏蝉まるで知らんぷり。入るばかりで別れちゃ忘れ返る返るも恩知らず。知らんぷりの雲隠で一度も友達を呼ばないんです。普茶料理でも御酒造したいから、おおさかのずきでファースト・レイト・サケを酌みかわして騒ごうじゃないの、ちょっと伏見にとばりにこいやfor sake's sake なんて、またわけの分らないことを言うやつだってラベルを貼られちゃいますね。別に構いませんけど、僕は。孤立主義の変人で。僕の庵も都の巽、住むのは白狐孤立主義と。この世をば、鬱陶しいじゃないけれど、主義立つ川は鴨川の、カムカム誘う水ながら、音信絶えてとく稲荷山ってね。友達も少いですよ、だから。女の人には特に嫌われます、隣の学校の人なんか。ひろい奴だ、ふたばっちめえ、なんて、

A:じゃ、私達とは全然違うわね、その人達。ひろおきさん、私達のアイドルだもの。

E:ぷっ、あほらし。やめてください、からかうの。何を言うとる、ゆうべの晩飯はカップヌートルでありました。案外旨いですよ?最近出た味の、何て言ったかなあ、

A:本当よ?これ。それにひろおきさんが何を考えているか分らないなんてこともない。分る人には分る。私には良く分る。でも、ひろおきさん、人に分るなんて言われるのがきらいなんでしょう。

E:え、まあ。

A:図星でしょう。だから分るって言ったでしょう?むしろ変人になりたがっているところがあるでしょう。ピンポン。

E:参ったな。そう言われると、思当る節があるな。

A:絶対そうよ。私には分るんだもん。なぜだと思う?

E:それは自分が酔っぱらっているからであります。人間、無防備なときには心の中を見透されるものであります。

A:全然違う。でもそんなふうに惚けるだろうと思った。分る理由はね、私もそうだから。私も多分、人から見たら相当自惚屋で自信過剰よ。ひろおきさんはどう思う?私を見て。 Do I look pleased with myself?

E:そんなふうに思ったことは一度もありません。

A:嘘、きっと嘘よ。なんて高慢ちきな女だと思っているくせに。良いの。自分で分っているから。私も友達が少いんだから。でも、私、沢山なんか要らない。一人か二人で十分。怒らないでね?私、ちっとも非難の心算で言うんじゃないんだから。むしろ、親愛の情というか親近感を持って言うんだけれど、やっぱりひろおきさんも相当な自信家よ。高慢ちきよ。先生の言うことは当っているわ?でも良いじゃない。ひろおきさんもそれで良いと思っているんでしょう?だって、はっきり言って私達、特別だもの。多少とも人にはない教養を身に付けたんだもの。だから高慢ちきになって友達をなくすのよ。きっと、それを言ってくれた先生も相当な自信家で高慢ちきよ。先生も愛情から言ってくれるんだわ?

E:よく分りません、僕には、教養なんてことは。高慢ちきだとも思わないんだけどな。

A:私もそうだった。みんなに高慢だ高慢だって嫌われたけれど、そのときにはさっぱり分らないの。だから歯牙にも掛けない、それが又高慢だって思われる。でも、怒らないでね?私も親愛の情をこめて言うんだから。ひとつの打明話。だって、こんな話をして通じる人は滅多にいないんだもの。私とひろおきさんはとても似ていると思う。んん?絶対に似ている。「絶対」なんて、凄いでしょう?私の自信。

E:参りました。

A:ひろおきさん、きらい?きらい?こんなことを言う人。

E:いえ、絶対にきらいじゃありません。自信を持って言えます。

A:良かった。じゃ、もうひとつ聞いていい?好き?こんなにずけずけ物を言う女の人。

E:そんなふうに思ったこともありません。僕の姉達に比べれば、何でもありません。

A:本当?じゃ、最後に、ある事を、もうひとつだけ言っちゃおうかな・・・。ねえ、言ってもいい?

E:何をでがすか。

A:分っているくせに。どうしよう。

E:は。

A:どうしよう・・・、ねえ、言ってもいいでしょう?言ったら軽々しい女だと思う?端ない女だと思う?私のことを悪く思う?

E:妙なシチュエーションになってきたな?これは、

A:厭!意地悪。私、今死ぬほど恥かしいのよ?でも、どうにもならないの。ねえ、私のことをどう思っている?正直に言って。

E:参ったな?酒なんか飲むんじゃなかったな?あの、ちょっと考えてもいいですか。

A:考えることなの?きらい?きらいじゃない?それも考えなくちゃ駄目?

E:いえ、きらいだなんてことはありません、絶対に。そういうことじゃなくて、何というか、その、

A:私、好きになっちゃった。どうしよう。ね、どうしたらいい?

E:へ、どう致しましょう、拙はどう致しましょう。好きというのはどうも、そういうことをあまり聞きつけない方でして、何しろ持てない人間の代表格というか、上方のださ公卿と言われておりますので、どういうミーニングでげしょう。

A:惚けている。でもそういうところも好きになっちゃった。(感情を爆発させて)愛しているの!貴方のことを考えると夜も眠れなくて病気になっちゃうの!どうしよう。どうしたらいいの?(手で顔を覆って、少し芝居染みた泣をする。この辺からの何行かは二三分掛けてゆっくり演じること。オイフォリオンの手が腕に掛る。)

E:滋子さん。泣かないで。参っちゃったな?滋子さん。(オイフォリオンの手が背中に回る。)どうしてこうなっちゃうのかな?

A:(涙と鼻でくしゃくしゃの顔を上げて)ひろおきさん、こういうぶすが嫌い?ね、私ってぶすでしょう?(左、本当に言ったセリフ。)でも、私ひろおきさんが好きになっちゃった。どうしよう。ねえ、どうしよう。(どうするどうする!)

E:参っちゃったな?ね、滋子さん、涙を拭いて下さい、と言って拭く物も持ってないや、滋子さん、僕のシャツでどうぞ。(まくった下は貴族的な皙白の胸。アン、思切って抱付く、というより抱きかかえて、オイフォリオンの胸に顔を埋める。面積が小さくて難儀するが、優しいオイフォリオンは、最初は恐々と、あとから段々強くアンを抱える。ぶすの顔を一度上げてオイフォリオンの目を見る。唇目掛けて一直線。酒臭いのも構わず長いこと吸付いて離れない。やっと離れると、飽きたらずにもう一度吸付く。人目があることは関係がなかった。)

A:(芝居染みて)御免なさい。

E:いえ。

A:私のこときらいになった?

E:いえ、全然そんなことはありません。(いい男! の子)

A:これからも口を利いてくれる?

E:勿論です。

A:手を握ってもいい?

E:どうぞ。

A:(ありったけの媚を示して)貴方から握って?駄目?

E:いえ。(膝上に組合わされたアンの両手にオイフォリオンの両手が被さる。)

A:何か言ってくれないの?ね、私じゃ駄目?年上すぎる?ぶすすぎる?

E:いえ、そんなことはありません。(役者!)

A:私に何もかも言わせるの?私だって恥かしいのよ?でも、私、こうする以外にしようがないんだもの。(又少し泣いてみせる。)

E:滋子さん、お願です、泣かないで。僕はこういうことに慣れてないから、その、

A:私だって同じなのよ?貴方と同じ位恥かしいの。お願、何か言って。私じゃ駄目?

E:いえ、とんでもない、駄目だなんて。僕は滋子さんほど素敵な人を知りません。(さすがのオイフォリオンも真赤。)

A:じゃ、どうなの?好き?きらい?それだけ聞かせて。

E:勿論好きです。

A:本当?(又可愛らしく泣始める。)

E:僕は初て見たとき、何も分らなくなりました。何て綺麗な人だろうと思いました。参ったな、照れます、本当に、こんなことを言っているなんて信じられません。

A:嬉しい・・・。私を浮気な女だと思う?

E:とんでもない。僕は滋子さんを尊敬しているんです。

A:あのね、信じてもらいたいんだけれど・・・、厭だ、口にするのも恥かしいこと、

E:いえ、大丈夫です。もう酔っていませんから、何でも真面目に聞きます。気にしないで下さい。

A:私、ひろおきさんのことを初から・・・、厭、ほかに言葉が見つからない、初から狙っていたなんて思われたら死にたくなっちゃう。そんなふうに思わないで?

E:勿論です。

A:でも、貴方に変なことばかり言ったり、まだ言葉を交したこともないうちからお辞儀をしたり、私を厭らしい女だと思ったでしょう?

E:いえ、そんなこと、

A:嘘嘘、絶対そうに決っている。私、そのことを考えると・・・、ね、キスして?駄目?

E:下手でよければ、でも、僕酒臭いですよ、

A:お願。(オイフォリオン、中腰になってアンの肩を抱き、接吻。)

E:僕、好きになっても良いんですか。好きになりそうです、妙だな、

A:好きになって?お願。私、何でもする。好きって言って?

E:好きです。

A:本当?

E:本当です。さっきまで分らなかったけれど、僕は滋子さんが好きなんです。実は、ずっと好きなんです。だから遊びにいったり泊りにいったりしたんです。滋子さんのことを考えると眠れなくなります。

A:私も貴方のことしか考えられなくなった。(ここでアン、目を瞑ってキスを催促。オイフォリオン、接吻する。アンは彼を胸に抱きすくめ、彼も抱付く。華奢なことは坊とあまり変らない。漸く、アンの思は叶う。)愛している。ひろおきさん、私、貴方を愛している。貴方は?

E:愛しています。

A:名前を呼んで言って、あのカードみたいに。

E:僕は滋子さんを愛しています。本当です。滋子さん、(ギリシ屋!)僕は貴方を(六代目!)愛しています。

A:もう、私、貴方に何でも言う。でも、それできらいにならないで?ね?(いつのまにか二人は立上っている。アンはオイフォリオンを腕の中に抱いて今にも食付きそう。初て周囲の視線が気になって、座る。左右のベンチに人はいないので、多分、それほど注目を集めずにすんだはず。)

E:僕が滋子さんをきらいになるなんてありえません。滋子さんがそうしろと言うんなら、僕は今此処で死んでみせます。本当です。(素敵!なんてジェントル。なんてリファインド。なんてナイトリー。なんて初。可愛いいいい。いとおおおおおしいいい。あれ、皆様、失礼致しました、アンがいきなり作者部屋に闖入しました。)

A:まあ、どうしましょう。じゃ、貴方の心を下さる?(これも本当に言った言葉。皆さん、どうです、この女。)

E:さっきから滋子さんのものになっています。(ナイトリー!ジェント・・・アンさん、もう結構。此処は座付作者以外立入禁止。)

A:あのね?私、貴方が思っているかもしれないほど浮気な女じゃなくてよ?キクヤの二階でお辞儀をしたのは貴方の気を引こうとしたんじゃないの。あんなことを誰にでもしょっちゅうしていると思ったら厭。あれは、前に何度か貴方をお見掛したものだから御挨拶したの。でも、今はかえって良かった。だって、貴方に愛してもらえるんだもの。私、普段は決してあんなことはしないのよ?

E:分っています。でもあんなふうにしてもらえて、僕はどんなに誇らしかったか、みんなに対してどれだけ得意だったか、それを言わせて下さい。あのあと暫く、綺麗な人は誰だ誰だと煩く聞かれて、僕は困ったような顔をしながら、その実、非常に得意でした。知っている人かと聞くので、「ああ、まあな。」と嘘まで付いていました。

A:嬉しい。私、実は、ひろおきさん以外の男の人とは滅多に口も利かないし、自分から挨拶することなんてないの。信じてくれる?

E:どうして僕なんか。僕は学校で最も持てない人間なんですよ?

A:ひろおきさん、惚けている。絶対にそんなことはない。でも本当だとしても、私には、ひろおきさんがほかのみんなとは違って見えた。私と同じ仲間だなって。だからお辞儀をしたの。コンサート会場では、沢山の人の中ですぐに貴方が分った。実はね、私が貴方に恋したのはあの日から。自分でも分らなかったけれど。でも、今思うと、あの晩から、私はひろおきさんに引かれたの。貴方は?いつから私のことを意識してくれた?

E:一目見たときからです。学校の裏庭から出たとき、滋子さんが僕に、しかも僕だけに会釈してくれました。あのあと、僕は帰の新幹線の中から家に着いて寝るまで、ずっと滋子さんの顔が頭から離れませんでした。滋子さん(と言って、アンの手にキスする)、僕は天地神明に誓って言います。僕は貴方ほど美しい人を見たことがありません。僕は貴方の顔を思浮べるだけで何も考えられなくなります。

A:まあ、どうしましょう。

E:もう少し言わせて下さい、続があります。僕は貴方ほどすばらしい女性を知りません。と言っても僕は持てないださ男ですから知るはずもありませんけれど、貴方ほど優しくて綺麗ですばらしい人を知りません。僕にピアノを教えて下さい。フランス語を教えて下さい。

A:私、一生懸命ひろおきさんの気に入るようにします。気に入られたいの。ね、私を見限らないで?もう一度キスして?(オイフォリオン、限なく紳士的に振舞う。到底二日酔とは思えない。)私、白状する。貴方が泊っていた晩は一睡もできなかった。貴方が恋しくて、貴方のことばかり考えて。あの変な手紙を書いたときも、貴方に何とか気に入られたくて何度も書直したの。でも、あんな品のないことを書いちゃった。下品な女だと思ったでしょう?(この女は人一倍淫乱なくせに、こういうしおらしげな言葉がいけしゃあしゃあと口をついて出る。わろうべし。)

E:僕が貴方をそんなふうに思うことがありえるでしょうか。僕はあの手紙を貰って天にものぼる心地でした。友達の家で何度読返したか知れません。しまいには友達の目にとまって、盗読されました。さっきは、どんな人なのか知りたくて付いて来たんです。ですから、本当に新学期には僕は磔間違なしです。奴も盲でない限、貴方を山手一の麗人と認めて、僕を呪いながら帰っていったに違ないんです。

A:ひろおきさんて面白い。真顔でそういうことを仰んのね。ね、本当に好きな人がいないの?ガールフレンドがいないなんて信じられない。

E:まったくノーマークの僕だから、最期が一層華々しく悲劇的になるわけです。上方のださ公卿が実は山手一の大色魔だったと。

A:あのね?私、物凄い焼餅焼なの。もしもあとでひろおきさんにガールフレンドがいたなんて分ったら私、化けて出る。いい?

E:そんなことを言ってもらえる僕は果報者です。(間)報われついでに今一度おん唇の栄誉に与らせて頂けましょうか。

A:(本当に、という意味は、芝居染みていないという意味で、本当にしおらしく)え。

E:あ、そうだ、僕うがいをしてきます。こんな息では失礼ですから。

A:いいわ?そんなこと。(オイフォリオン、中腰になってぶちゅー。【アン、じとー。】

E:今はまだ下手ですけれど、必ず上達します。勘弁してください。

A:厭、そんなことを言っちゃ。(ここから幕引まで手を握合う。)

E:そうです、それから僕だって、あの晩は一睡もできませんでした。できるはずがありません。

A:なぜ?

E:貴方には分っています。

A:聞かせて。

E:それは、ある人の美しい面影がちらついて眠らせなかったんです。

A:まあ。

E:次の晩も、その又次の晩もです。

A:私もですわ。

E:でも、眠らなかった夜の数だけは僕が優っていると思います。

A:まあ、私、どうしましょう。

E:いいえ、洗いざらい言ってしまえば、今朝もこの体たらくで現れたのは、友達に飲まされるまでもなく自分から酒を呷ったんです。

A:なぜ?

E:貴方の顔が見られないようで。

A:どうして?

E:僕は汚い人間ですから、考えることが汚いんです。これ以上言うのは許して下さい。貴方の美しさを冒瀆したくありません。

A:まあ。私、ひろおきさんを見損っていましたわ。

E:すみません、

A:そうじゃない。私、貴方が年下だものだから、つい自分の方が大人だなんて思って。間違っていました。ひろおきさん、私にがっかりしないでね。でも、私、ひろおきさんに勝っていることがあるのよ?ひろおきさんが私のことを思ってくれる前に、私はもう貴方を愛していた。家に来てくれた日から、はっきりと貴方を愛しているんだもの。

E:それは分りません。僕はただ意識していなかっただけで、心の中では愛していたんです。汚いことを考えるのはその裏返です。僕は多分、一目惚したんだと思います。

A:んん?違う。私は、6月30日の日には、もう決めていました。貴方以外にいないって。貴方に嫌われたら一生一人でいようって決めたんです。

E:僕はそんな果報者なんですか。

A:あら、厭だあ!どうしよう。(ゆさゆさ。)ね、私ってこんななのよ?構わない?

E:そういうところが僕は素敵だと思います。由加里さんも言っていました。お姉ちゃんほど可愛い人はいないって。僕もそう思います。あ、すみません、生意気を言って、僕みたいなちんちくりんが、

A:全然そんなことはない。

E:いえ、あります。僕がちんちくりんで短足なのは歴々たる事実です。滋子さんこそ構わないんですか。もう伸びませんよ、僕の足は。それでいいんですか。

A:私は、そういうことは全然関係がないの。それは、私の父は大男よ。190以上あるんじゃないかしら。その大男を心から愛しています。でも大男だから愛しているんじゃない。母も大きいのよ、私より少し低い位。だから私がこんなになっちゃったのも遺伝なの。仕方がないの。学校ではしょっちゅうからかわれた、化物化物って。でも、そんなことはちっとも気にしなかった。私の中身とは関係がないもの。私、人がどんなに大きかろうと小さかろうと、太っていようと痩せていようと、白かろうと黄色かろうと茶色かろうと、髪の毛があろうとなかろうと、私の父は見事な禿頭よ?でも関係なく愛している。ひろおきさんはいい?こんな化物みたいにでっかくて。お願、厭だなんて言わないで。私、どんなにでも可愛くなります。

E:滋子さんと僕とでは全然違います。滋子さんならよりどりみどりです。僕みたいな小僧が滋子さんに愛されるのは驚異です。いつ決闘を申込まれても不思議はない位です。やっぱり僕は磔のようです。

A:だって、私、ひろおきさんほど素敵な人を知らない。それに、私は持てません。男性に不評判だから。仮に持てたとしてもひろおきさん以外に興味はありません。だから、私って憎ったらしいらしいの、特に男の人には。でも構わない。んん?構う。私、貴方にだけは可愛くなりたい。可愛くなります。だから堪忍して。でっかいのが小さくなれて、それで貴方が喜んでくれるんだったら、私、いつでも小さくなる。

E:僕、なんか夢を見ているようです。夢じゃないかな。ずっと寝てないからな。

A:あら、私も寝ていないのよ?ある人の面影がちらついて眠らせないの。風邪を引いたのもその所為。私ね、本当は、貴方が帰ったあとで泣いたのよ?折角来てくれたのに、顔があんまりぶすだから、貴方にはどうしても見せられなかった。一昨日のカードで私、救われたわ?ひろおきさん、有難う。私、あれを見て又泣いちゃった。貴方の言葉が嬉しくて。一字一句暗記しているの。何十回読んだか分らないんだもの。ひとつ聞かせて?

E:何ですか。

A:あのカードの言葉、何処で考えたの?

E:何処でといいますと、

A:由加里ちゃんに色々聞いたんでしょう?レストランで。其処で思付いたの?

E:何か気に障ることがありましたか、

A:んん?そうじゃなくて、何処で考えたのか知りたかっただけ。ね、教えて?

E:すみません、考えたというほどでもないんです。果物屋さんにカードがあったものですから、ちょっと書いてみただけで、

A:ね、キスして?(キリがないのでこの辺で幕。作者注:あとで二人で十番館に現れたときのオイフォリオンは、ティーシャツを裏返にして着ていた。アンはすっかり舞上ってしまって、そんなことには気が付かなかったけれど、ボーがあとでそれをアンに言うときに、「お姉ちゃん、良かったね。」とニヤニヤした。アンが「何のこと?」と言うと、「ひろおきさんのシャツ、あっちこっち口紅が付いていたよ?」と言われたので「厭だあ!」と言いながら、いないいないばあをするような、例のでーっかいゆさゆさを思切可愛らしくした。)

滋子の手書き原稿に忠実な翻字は以下で

https://db.tt/inhULq3I


目次はこちら

http://db.tt/fsQ61YjO

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