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己 呂 武 反 而   作者: https://youtube.com/kusegao
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編者注:滋子の手書き原稿では、ヤマ括弧<果物を>の 果物を は挿入句で、他のヤマ括弧も同様。スミツキ括弧【私、お姉ちゃんは恩人】の 私、お姉ちゃんは恩人 は、上から線を引いたミセケチです。(天野)

「アニー、めそめそ泣の場」同日、午後三時半頃。家のパーラー。アニーは待ちくたびれている。二分ほど前に、ボーが港の見える丘から電話してきて、ひろおきさんとこれから行きますと伝えてきた。ボーは、ゆうべ、アニーの為に一肌脱いでくれる約束をした。オイフォリオンへのアニーの切ない女心を知ってもらえるように立回る。でも、ずばりそのまま伝えてはいけないと、アニーが固く禁じている。勝負はこれから、オイフォリオンにはアニーがみずから訴えなければならない。アニーは、そういう訴を自分からした経験を持たないので、生きた心地もしない。それに、午前中から昼過に掛けてを考えると、自己嫌悪と恥ずかしさで、オイフォリオンの直視に耐えられそうもない。酷く窶れて、容色に自信がない。引目を感じる。顔にはニキビ。むくみ。目が腫ぼったい。化粧は念入。とっておきの香水も付けて。異なことだ。この女は、己の容姿と少しばかりの教養を鼻にかけて、今日まで、何人の求愛者を袖にしてきたかも分らない。驕慢なことは、世の男を人とも思わない。それが、今日までのアニーなのだ。第一、男という性がきらいなのだ。自分ではそう思っていた。ところが、今日は、傍目にもおかしいほどそわついている。訪ねてくる相手は七才も年下で、弱々しい、ましてやスポーツなどしそうもない、白面の高校生で、背丈も自分より遙かに小さく、体重に至っては十キロも軽いだろうに。その少年に、この、世にも気位だけは高い自称レイディーは、完全に骨抜にされている。女の目には、男といっては、彼以外に存在しなくなった。心から愛している父親は格別。でも、父親を除けば、ほかの男は少年と比べた場合、人間未満だ。だから、少しでも良く見られたくて仕方がない。今朝、鼻の下に、又新に拵えたニキビを呪わずにはいられない。風邪が長引いて、微熱がある。ああ、あ。どうするんでしょうかねー、この馬鹿な女は。ま、ひとつ見てやりましょうや。

   かちゃと、ポーチの扉の音。ちりんちりん。アニーは、おしっこを我慢するような、畏った姿勢で、ソファーに腰掛けて小さくなっていたが、今の音で、もう逃出したい。脈拍約390。



ボ:ただいまあ。お姉ちゃん、いる?お客さんだよおお。

ア:あ、由加里ちゃん、おかえりいい。(わななくわななく廊下に出る。)あ、こんにちわ。(何が「あ、」ですか、まったく。)

オ:こんにちわ。一昨日はすみませんでした。僕が悪かったんです、急に来たりして。どうですか。お見舞に来ただけなんです。これ、由加里さんと僕から。詰らないものです。いえ、僕の案だから。由加里さんは賛成してくれただけです。宜しかったらどうぞ。ただの果物ですから。(元町で買った詰合を差出す。不意打をくらって、これで又ハートはめろめろ。しょうがないですねー。それにしてもオイフォリオンの遣口はいつもこうで、変にぶっきらぼうなジェントルマンを装っていて、それが見えすいていて、色事師が全然板に付いていないのに、なぜかしらそれがアニーを参らせる。自分でもおかしいと分っていながら、むざむざ相手の術策に嵌ってゆく。まったく大した坊やだ、オイフォリオン!君もアニーの気を引こうとしているんだろう?分っているんだ、それ位。それがどうにもならないから呆返っちまうんだ、アニーという馬鹿女は。とにかく、アニーは真赤。何とか落着こうとする反面は反面なりに、相手に自分のこういう可愛いところを見てもらいたくもあるから、いっそもっと赤くなってみようかとも考える。これを要するに、何が何だか良く分らないのであーる、この女は。)

ア:まあ、ありがとー。

ボ:お姉ちゃん違うよ、私は何もしてないよ。ひろおきさんが<果物を>買いたいと言うから、一緒にお店に入っただけ。

ア:(真赤になってもじもじしているオイフォリオンを見おろす。そして涙ぐむ。涙ぐみは嘘ではできませんね。)

オ:いえ、差支なかったらどうぞ。(ボーに向って)由加里さん、今日はどうもすみませんでした、いえ有難う。(アンに)じゃ、これで。お大事にしてください。

ア:そんな、どうぞ中に。折角来てくれたのに。

オ:いえ、今日はこれで。友達を待たせているんです。

ア:ええ・・・そんな。ちょっとだけでも。駄目?

オ:折角なんですけれど。領事館でみんな待っているもんですから。フランスに帰る友達の送別会で。

ア:そんな・・・。

オ:じゃ、お大事にしてください。由加里さん、有難う。お陰で楽しかった。(ちりん、かたんの音で退場。・・・なんだなんだ?違っているじゃありませんか。アンさん、貴方は自惚が強過ぎますよ、まったく。気を引くの術策のと、何のことです。まるで逃げるようにして帰っていっちゃったじゃありませんか。目も全然合そうとしないし。アンとボーは落胆の態でパーラーに。二人並んでソファーに腰をおろす。)

ア:どうしよう、私、ふられちゃう。

ボ:ひろおきさん、きっと照臭いんです。絶対そうです。私には分る。お店で手紙を書いていたよ?それだと思う。(詰物にカードが添えられている。アニー、読む。観客の皆さんの為には現物を添付しておきます。)

ア:坊、どうしたらいい?私、泣きたい。すっかりぶすになっちゃった。ひろおき君はぶすがきらいよ?きっと。

ボ:御免なさい。私がもっと上手に言えれば良かったのに。お姉ちゃんのことを言ったら真赤に照れて、それから<ぐずぐずして>来ようとしないんだもの。でも、ひろおきさん、お姉ちゃんがきらいじゃないよ?恥ずかしがっているだけ。

ア:何て言ったの?

ボ:お姉ちゃんが一昨日のことを気にして悩んでいるって。「ひろおきさんがおこってもう来てくれないんじゃないかって気にしていました。お姉ちゃんはああ見えて、とてもデリーケートな人なんです。悲しいことがあるとすぐに泣いちゃうんです。ひろおきさんのことでも泣いていました。」って。

ア:坊、そんなことを言っちゃったの?厭だ!こんなでっかい体をして、赤ん坊みたいじゃない。それから?何だって?

ボ:真赤になって、苦わらいして、「ああ、そうですか。」って。「僕、どうしたらいいですか?全然気にしてないってこと、伝えてもらえませんか?」って。

ア:そしたら?

ボ:「できたらひろおきさんがもう一遍来てくれたら、お姉ちゃんが喜ぶんですけれど。【私、お姉ちゃんは恩人】<お姉ちゃんは私の恩人>だから、お姉ちゃんが悲しんでいるの、見ていられないんです。本当は、今日、ひろおきさんに来てくれるようにお願しに来たんです。お姉ちゃんは泣虫の淋しがりやで、そのくせ嬉しいことがあると子供みたいにはしゃいで、私が見ても本当に可愛い人なんですよ?ひろおきさんもそう思うと思います。」って。

ア:(顔を両手で覆って、でーっかい体を右に左にゆさゆさと振りながら)もう厭だ!坊、変なことを言わないでよ!(皆さんにひと言:別に可愛い子ぶろうとしてゆさゆさしているのではなくて、言われてみると、いつもそんなことをしていた自分に、漸く最近気が付いたのでありまーす、アンさんは。ああ、あ、は。何が上品なお姉さんですかね、まったく。顔から火が出る。あの手紙を取返してパンツと一緒に灯油を掛けて焼いてしまいたい。などと、アンは後悔するのでありました。でも、いえ、この馬鹿女は、よく自分を可愛いだなんて思っていますから、ゆさゆさするのも不自然ではないのかもしれません。そうでした、まったくです。)で、何だって?

ボ:ただ照れて「は。」って。

ア:当りまえよ!きっと心の中で笑っている。それで?

ボ:お姉ちゃんが、今朝からお菓子を焼いているって。

ア:厭厭厭!もう駄目。何よ、坊、厭だ!それじゃまるで私が坊を使って誘出しているみたいじゃない。(だってそのとおりでしょうが。何さ、巨大なブリッコ。ブリッコ・ジャイヤンだ、お前は。変な事だけは覚えあがって。)

ボ:私が馬鹿でした。ひろおきさんがあんなに照れると思っていなかったんです。お菓子まで作っているから、来てくれたら、きっとお姉ちゃんが喜ぶと思いますって言ったら、<急に慌てだして、>「近くに花屋さんはありませんかね。」だとか、「電話はないでしょうか。」だとか、私に聞いても仕方がないことを聞いて、「お花がいいでしょうかね。ケーキでも買っていきましょうかね。」ってやたらに元町をうろうろして時間を使って、結局今になっちゃった。二人でレストランに入ったときにはそんなに照れなかったのに。「実は僕も女の人と二人で食事するの、初てなんです。失礼があったら慣れないからです。大目に見てください。」って、それを言うときには物凄く赤くなったけれど、あとは、うちに来たときと全然変らないし、面白い話も沢山して笑わせてくれるし、だから、私も調子に乗って、言わなくてもいいことまで言っちゃいました。お姉ちゃん御免ね?私、又考えて、ひろおきさんを連れてくる。

ア:(めそめそ泣く。幕。)

滋子の手書き原稿に忠実な翻字は以下で

https://db.tt/KzjMJW8U


目次はこちら

http://db.tt/fsQ61YjO


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