実は、東京も、横浜の町も、よくは知らない。港の見える丘公園、中華街、山下公園。今日見物したのが初て。近いうちに、東京を見にいく約束をして、今から、嬉しそうにしている。
好奇心が強い。例えば、山手資料館を見たときなど。展示ガラスに入った骨董品を、丁寧に見て回る。説明がきまで読もうとする。読んでも分らなけれ ば、私に尋ねてまでして知りたい。そういう調子だから、ちょっと入ってみただけなのに、私は、あの洋館で、一時間近くも過すことになった。普通の女の子 は、十分で飽きてしまうものを。「ほかにも、面白い所に案内したいから、由加里ちゃん、そろそろ行きましょうか。」と促しでもしなかったら、見残した物 が、沢山あったのだし、いつまで掛ったか知れない。機会さえ与えられるなら、新しい物に触れ、知らないことを学ぼうとする子。
でも、恐ろしくはにかみやさん。喫茶店で注文するときも、店員が、知らない人なだけで縮上る。緊張して、声が出ない。あれじゃ、言うとおり、面接だって、警察の尋問みたいな心持ね。
生立ね、きっと。訛とか、劣等感だけじゃない内気。それだけに、心のうちを知るのは難しい。今日は、沢山楽しい思出が出来て、心のへだてに、同じ数 だけの穴を開けてくれた。物を言わなかった子も、これからは心を開いてほしい。きっとそうしてくれるだろうか、今日のあとは。
もう四月。やっと桜が開いた。
覚えているでしょう?公園の階段を登っていけば、何本か、毎年、沢山花をつける木。ベンチに座って見上げる。
それから見回す。左の方に、高く、肩を越して、マリンタワーの赤い塔が。又見る。正面は、小さな切立で。そう呼ぶにはあまり緩やかで、かわいらしい けれど。こっちもちょっと高台になって、あっちとこっちとに挟まれた谷は、あっちがわの斜面は、いくつもいくつも、子供の祈めく物。白い、小さな十字架 が、バースデーケーキの上に並んだ、おもちゃの蝋燭みたいで、不規則に列を、作って、のどかな、日の光を、浴びて、春の日の、お陽様を、浴びて、いつまで も、そうして立って。
その向うは、観光客が、沢山行来する、山手通で、とんがり屋根の、時計台。
私も、由加里も、へとへと。お互に、励まし、励まし、石段を登って。朝から歩いて、草臥れた。やっと登りつめて、息をつく。ほっとして、ベンチに倒 込む。花は、まだ数輪。高く、左にマリンタワー。前は、絵の中。花びらを隔てて、すべてが、西日の輝の中で、時計も、自動車も、人間も、みんな、ゼンマイ 仕掛だった。「横浜がコンナヌ素敵だっティェーことー今日は知りマスた。」目を眩しそうにして眺めていた。
「あのう、氷川丸って、書いてあります。」山下公園を歩いているときに、こんなことを言って、立止った。何のことか、分らない。「氷川丸って。」船を、指でさししめして、混乱したように、瞬した。酷く真面目な顔で。
「覗いてみましょうか?」
「あのう、エリザベスって・・・。」
「いやーね、あれは冗談よ!」と笑う私を、まじまじと見た。みるみる、赤くなった。まんまと担がれたと、思ったのね、きっと。
4/3(日)の記事はまだ続きます。長いので分けて載せます。[編者]
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