そうだ。シュウ君が持っていた毒物。あな恐ろしや、ヒ素だった。演劇部仲間の、一人、とんでもない先輩がいて、その彼は、例の、サドーニックな笑みを浮べる何とかスキー先生に憎まれて、何かにつけ袖にされるので、来る役来る役が端役兼プロンプターという損な役まわりばかりさせられた挙句が、ユライア・ヒープの名まで贈られた。こっちは、確、何たらキス君とか言っていたっけ。どうせ、六月になれば、そのナンタラーキス君は卒業だから、ナントカスキー先生とも今生の別といえばいうようなものの、思えば、随分と俺も苦杯を嘗めさせられたものだ、ついては、告別の辞に代えて、一服盛って進ぜたい。青酸カリでは、苦味が利きすぎて本当になってしまうし、トリカブトでは、薄口にすぎて返杯の快味に乏しい。ヒ素位が、丁度頃合だろうというので、夜深く、セント・ジョセフの実験室に忍入って、大きなかたまりを窃みだした。懐に掻きいだいて走持去り、居に帰るや、室を閉切って、薄暗いランプの陰、サターニックな笑みを浮べて、妖しく白く輝く塊を、胡麻の擂鉢に掛けていた。得意な料理の腕をいかして、ビーフ・シチューの隠味にというのである。そこに、シュウ君が来合せた。ナンタラーキス君は、自分の考付いた皮肉な接待プランが面白くてたまらない、肝を潰して聞くシュウ君に、ぬけぬけと語った。それを、又、先輩の目を掠めて奪返してきたのが、坊が拾うのを手伝った、白いかけらだった。翌日、ドクターなにがしという、化学の先生が、物凄い形相で、実験室中をひっくりかえしていた。One man's meat stew is a maid's love potion.うふ。
6/24(金)の記事は続きます。[編者]
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