「しょっちゅうお見掛するので、つい。お気を悪くなさらなかった?」「いいえ!」とびっくりしたように打消した。「私、貴方のこと、しょっちゅうお見掛しているんですよ?学校の裏なんかで。」「はー。」益々赤くなりながら、そのくせ、目はそらさない。「劇も見にいったのよ?」「え?」「フォースタス博士、とっても良かったわ?」「ええ?」と絶句して、表情は描写不可能。でも、目はそらさない。坊の方を振返ったら、信じられなそうな顔で涙ぐんでいる。こっちに来なさいと手招した。小さく、首を振って、目で懇願した。「貴方、お名前は、何て仰んの?」「北野です。」「下のお名前は?」「ひろおきです。」「私、鎌田滋子です。」と言いながら手を差出した。彼は当惑する様子だった。握るべきか、握らざるべきか、それが問題だ。恐る恐る握った。分厚い、良い手をしている。「今夜は、これからどちらへ?」「帰ります。」「どちらへ。」「寮です。山手です。」「私達も山手なのよ?宜しかったら一緒に帰らない?」坊は、すぐそばの通路に立っていて、其処から先は入ってこようとしない。彼女も真赤。水色のワンピースが何とも可愛い。私が、「私達」と言ったので、彼は、坊の存在を知った。驚くらしくもなかった。水飲場の子だとは気付いていない。でも、真赤なのを見て、何か感じただろう。「お連がいらっしゃるの?」「いえ。」「じゃ、是非。」立って、通路に出た所で、二人は対面した。「こちら、清水由加里さん。私のルームメート。こちら、北野ひろおきさん。ほら、よくお見掛する。」途端に、二人ながら、傍痛いほど照れた。私まで赤くなるようだった。
6/17(金)の記事は続きます。[編者]
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