6/17(金)
コンサートは聴けたものではなかった。聴いていなかった。それどころではなかった。
ちょっと、興奮して言過ぎたかな。
訂正。初は聴いていたけれど、途中から聴いていなかった。エチュード25.7を弾いているときに、誰かの腕時計がぴーぴー鳴出して、ずっと鳴りやまない。あたりを見回した。右のななめうしろの方、席数にして二十か二十五位の所に、同じように、きょろきょろと、周囲を気にしている色白の男の子に目がとまった。ダブルらしい、グレーのブレザーに、アイヴィー調の、赤いタイとめかしこんで、髪の毛は、将来禿げること請合の、柔かい縮毛が、こめかみのところで跳返り、眉、鼻、顎の、尖ってきりりと引締った王侯風な横顔は、George Gordon その人、バイロン卿に紛うかたなし。演奏会も終盤だったので良かった。最初から発見していたら、気になって、何も聴いていなかったに違ない。ベートーベンも謝肉祭も、下手な素人を聴いた方がましだった。でも、折角だから、一生懸命聴いていた。バイロン卿が来ていると知ってから、まったく上の空だった。どうやって、彼に挨拶し、どんな話をし、いや、そもそも、彼は一人だろうか。誰か、同伴者はいるのだろうか。両隣は、どうやらそうではないようだけれど、何処か離れた席にいるのかもしれない。色々な場合が考えられる。連がいない場合。連がいて、それが肉親の場合。それが男友達の場合。それがガールフレンドの場合!最後の場合は挨拶せずに、見なかったことにしようか。もしも一人なら。家が山手なら、一緒に帰ることだってできる。そうなったら、何とか一緒に食事をするところまで持ってゆきたい。などなど、私のコンピューターは、あらゆる場合を想定し、計算した。
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