私のもん君
ゆうべ、坊が、あなたのことを尋ねるものですから、うんと惚気ておきましたよ。初は、私が、ただ強がって、悲しみをあらわさないようにしている。坊は、私の言葉を、そのように受取っていました。でも、あの子は、賢い子ですから、段々分ってきました。私が、単に、昔の自慢話をしているのではなくて、今現に、私とともにある恋人の、夫の惚気を言っているらしいと気付いて、しまいには、ニヤニヤして聞いていました。
心穏やかに聞いてください。あの子を恨んではいけませんよ。坊が聞きます、「じゃ、滋子お姉ちゃんは、新しい恋人を作らないんですか。素敵な人に結婚を申込まれたらどうするんですか、郷ひろみのような男の人に。」そこで言いました、「郷ひろみなんか、全然タイプじゃない。第一、良い大人が、大勢の人の前で、ポップを歌ったり、ホップを跳ねたりするのはみっともない。私は、品性のない人はお断だし、知性のない人はもっとお断だ。自分を、男前だと思っている男ほどお馬鹿さんはいないから、そういう人とは口も利かない。私のもん君は、百八十度違っている。写真を見せてあげようか。」と言いましたら、あの子も好奇心をあらわにして、是非見たいと言うので、アルバムを持ってきてやりました。信じられないという顔をしていましたよ。この人ですかと、一度聞いたきり、無言で捲っていました。「どう、お姉ちゃんの趣味は。」と尋ねましたら、挨拶に困っていました。そのくせ、見るところは、ちゃんと見ています。ひと言、「頭の良さそうな人ですね。」と。中々如才ない子ですとも。「分ったでしょう。坊も、郷ひろみだとか西郷輝彦だとかはやめておくことね。見掛なんか、隆盛でも平八郎でも良いの。頭の中身よ。男は、口が下手で、ぶっきらぼうで、身なりなんか無愛想な位が本当よ。パーマネントなんか掛けにいくようじゃ落第ね。風采だって、ひろみちゃんやら輝彦くんやらより、南州先生とか元帥閣下とかの方が、ずっと上だと思わない。心から尊敬できる人を、お姉ちゃんが選んであげるから、そんなのに引掛らないで、気長に待っていなさい。」などのようなことから始めて、人と人には、生死を越えた結付があるように、生死を超越する恋がある。そういう恋に、顔なんか全然関係がないというところまで行きましたら、あの子も、まったくそのとおりと納得した様子で。坊にも、もん君のような人がどうでしょうか。
滋子の手書き原稿に忠実な翻字は以下で
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