コーヒークリームガムシロップ
『不倫する人間ってほんとに信じらんない』
そんな細い身体の何処に消えていくの、と思わず問いたくなるような量のカルボナーラを、太陽の光が反射して光る銀のフォークにくるくると巻きつけながら、友人の絵里が言う。
よくある女子同士のランチの風景。
私と絵里はお店は違うけれど、同じショッピングセンターで働くアパレル店員で、昼休憩が被ったときにはこうやって一緒に食事するのがお決まり。
お昼時、職場の建物内併設されているこのカフェはいつも混む。
だいたい私たちが来る頃には店内がいっぱいで、いつもテラス席に案内されるのだ。
また、安定の一番奥の左端の席だった。
水曜日の昼下がり。陽は煌々としていた。
世間様は月曜日が怠いだなんて言うけれど、
私にとって一番怠いのは水曜日だった。
こんなにもやる気が出なくて、なかだるむ日が他にあるのだろうか。
私は水曜日が嫌いだった。
『冴子、聞いてんの?』
『あ、うん。で、なんだって?』
『全然聞いてないじゃない。だから、うちの店の向かいの雑貨屋の店長、大学生バイトの子と不倫してたらしいよー。』
『へぇ、あの物静かで真面目そうな?』
確かそこの雑貨屋はアンティーク系の商品を取り扱っていたはず。
店長は、30前半くらいの背の高い瘦せ型の男性で、メガネをかけた真面目そうな人だ。お店の雰囲気にあっているなぁといつも思っていた。
『意外すぎて、私もびっくりしちゃったよ』
『ほんと、人ってわからないよねぇ。』
私が浅く笑うと、絵里は呆れた顔をした。
『私には関係ありませんって顔に書いてあるよ。冴子だって、もしかしたらいつか不倫されるかもしれないのに』
『ちょっと、やめてよね。これから幸せになるって人に対して。』
私は、薬指にキラリと光るものを、絵里に見せつけるように左手を頬に当てて、テーブルに肘をついた。
『冗談よ。ごめんごめん。』
『あはは。私たちは大丈夫だよ。』
そうだね、と笑いあった。
ちょうどいいタイミングで店員が食後のコーヒーを運んできたので、私は姿勢を正した。
深く深く黒かったブラックコーヒーは、真っ白いクリームのポーションを一滴垂らしたら、どんどん優しいブラウンになっていく。
優しい優しい色。
それは、コーヒーの中にきちんと存在していることを示していた。たった一滴なのに。
なのに、ガムシロップは何滴垂らしても、その透明な姿をコーヒーに隠してしまう。
探しても探しても、目に見えない、見つけることができない。
絵里の話を流し聞きで、ぼーっとそんなことを考えていた。
ふと目をやったケータイの画面が光る。
”今日、仕事早く切り上げられそうだから、水曜日だけど会えそうだよ。”
絵里はいまなんの話をしているだろう。
指を眺めながら話している。
あぁ、先日替えたばかりのネイルの話だ。
デザインが相当お気に入りらしい。
私のいまのネイルは、10本全て赤一色のシンプルなものだった。
指がケータイ画面に振れるたびに、真っ赤も振れる。
私の赤が振れる。
”待ってるね。”
あぁ、ガムシロップになりたい。
私を、どうか私を隠してほしかった。