少年時代3
「土をいじったら、決して手を舐めてはいけないよ」と祖母が言った。
「どうして?」僕は尋ねる。
祖母は幼い私に色んなことを教えてくれた。
「大地にはその色と同じ色の、ケセラン・パサランが宿っているんだよ。おまえに『お友達だよ』って言いに、集まっているんだよ。」
「ねえ、なんか足が二本あって、ヒシガタをしているよ。」
「純真な子供だけに見えるんだよ。きっとそれはファージさんだよ。」
僕は内緒で、少し土を舐めてみた。そんなことも気づかなかったか知っていたのか、祖母は続けた。
「だからね、苔には緑のケセラン・パサランになったファージさんがいてね、だからむやみに剥いでは…… えっ、舐めちゃったのかい?」
祖母は僕を見ると、いきなり声高に言った。
「違うよ……」と僕は言ったものの、地球を食した私の顔は、苦虫でいっぱいだった。
うちの祖母は、私が意識的に悪さをすると、急に黙り込んでしまう。
いつもそうだった。今思えばこの時や、大地の精霊樹(年老いた樹木)を抜いてしまったときもそうだった。
そんな時一言、祖母は優しく言うのだった。
「もういいよ」、と。
そんな事があり、一日が終わった。
「ああ、あたたかい、おばあちゃん、きょうはつかれたね。」
…… 僕は祖母と一緒に風呂へ入っていた。
うちの風呂は、水捌けをよくするために家の外にあった。
勿論、敷地の中ではあるが、典型的な日本建築の家は、手入れしなくとも三百年柱が持つ、と職人に言わしめたものだった。
何か、気になる。誰か見てる。
視線を感じ、桶と壁との「際」を見た。
「あっ、ファージさんがみてる」僕はもう、本当にびっくりした。
なんと、赤いファージさんや茶色いそれが、風呂桶の周りに張り付いて私を見ていたのである。
「おばあちゃん、ファージさんが、ファージさんがみてる!!」
祖母は、体を洗いながらちょっと顔を上げ、何か確信を持ったように笑みを浮かべて言った。
「そうかい。きっとお前がファージさんの仲間を食べちゃったから心配して集まったんだね、体にファージさんを宿した精霊になっちゃったんだよ」
「や、いや、ぼくにんげんがいい、ファージさんなりたくない」
僕は怖かった。布団に入るまで悲しかった。
ファージさんになっても「人間龍」のままでいられるのかな? 兄ちゃんに会いたい。
そう思った。
でも、今思えば祖母はそんなことを言ってはいなかった。
子供らしい勘違いだ。
しかし、この話はそれだけに留まらなかった。
夢の世界で大勢の兄ちゃんに囲まれて、わいのわいのと話された。
「いいか、ケセラン・パサランを全種類食べた奴は、何でも願い事が叶うんだぞ、さあ、食べるんだ!」
兄ちゃんたちは怖くて固まっている僕を平気で押さえつけて、口を思いっきり広げさせ、色んな色をした「蜘蛛」をそこへ入れた。
「にいちゃ、ケサパサたべたくない。ぼくたべたくない」
必死に暴れた。泣いた。が、五歳の僕が兄ちゃんたちに一人でかなうはずがなかった。
ケセラン・パサランには悪いが、天ぷらの味がした。
そして兄ちゃんたちは大声で言うのだった。
「やった、これでこいつも不老不死の精霊だ!」
果たして私は、本当に精霊さんになってしまったのだろうか?