少年時代1
パチッ、パチッ…… 何か音がする。
ぬかるみのような意識から、一歩飛び立ってみる。
私は、朦朧とした状態で目を開いた。
「おお、起きたのか?」
おそらく、兄ちゃんであろう。
僕は彼を「にいちゃ」と呼んでいたらしい。
舌が回らないために、どうしても発音できない。
だから、兄ちゃんも僕に「兄ちゃ」だよ、と言ってくれていた。
自分の心の中にある夢の世界…… いや、私はそれを否定したかった。
彼らの住む世界はきっとある。
そう、思えるのだ。
夢で逢えるのも「一つの世界」なのだ。
そう信じている。
「にいちゃ、なにしているの?」
僕は左手で眠たい目を擦りながら、出し抜けに質問した。
好奇心いっぱいの「ぼく」は、何でも尋ねたり、やってしまったりしないと面白くない。
「『何』って、襲われないように番をしているんだよ。」
そうだった。龍の男は、五歳になると元服し、部落を離れて旅に出るのだった。
勿論、食料を調達しに行くためだ。
僕は夢の中では「龍」だった。起きているときは人間だった。
だが、兄ちゃん達にそのことを話すと、僕を「人間龍だ」と言ってくれていた。
いつも優しい兄ちゃんが、僕を守るために番をしている。
「ぼくも、にいちゃといっしょに『バン』する~!」
僕は五歳だ! もう子供じゃない。
「ぼく、もうおとなだもん。にいちゃと一緒にいる。」
精一杯背伸びして、ほんのちょっとに見えるだろうけど、僕はそうして兄ちゃんに話をしたのだった。
すると兄ちゃんは、
「そっか、頑張れよ。」と少し笑って応え、焚火の後ろの方へ背を向けた。
そんな兄ちゃんの背中がとてもかっこよく見えた。
…… 丸太に座って、木をくべている。
そんな兄ちゃんを見ているだけで僕は元気になるのだ。
僕は、自分の枕にしていた丸太から、兄ちゃんのいる丸太に座り直し、
「にいちゃ、あったかい。」
と兄ちゃんの背中に寄りかかり、ふと思う。
…… このまま寝たふりをしたらどうなろんだろう?
僕は目を閉じた。勿論寝るつもりはない。ただ兄ちゃんの体温を一緒に感じたかった。
「もう寝るのか?」
兄ちゃんは「やれやれ」と云った感じで僕を見ていた。
一方、そんな僕は寝たふりをして最後まで起きているつもりだった。
「仕方ないなあ」、兄ちゃんの反応をうかがいながら待っていると、兄ちゃんは一枚の毛布を僕にかけてくれた。
刹那、その瞬間まで、僕は兄ちゃんを薄目で見ていた。
不意に瞼が重くなる。
大好きな兄ちゃんの傍で一晩を過ごせることは自分にとってとても嬉しかった。
父親、母親と離れて「狩り」に出かけてからは、この、優しい兄ちゃんが大好きだった。
そうしたら兄ちゃんは、僕の頭に手をかざし、大きな手で「グシグシ」と撫でてくれた。
兄ちゃんと番をしようと意気込んでいた心もどこかへ飛んでいき、心が沈静していく。
ハートが暖かくなって、気持ちが良くなる。
なんといっても、この兄ちゃんの「グシグシ」は僕にとって最高のプレゼントだった。
これで何度安心したことだろう。
これで何度泣き止んだことだろう。
そうして私はいつの間にか眠りにつき、この世界を離れた。
現実の世界へ戻るために。
…… こんな夢を、ほぼ、毎日見ていた。
その中で語られることは、しごく、現実的で、自分は「龍だ」と今でも信じたい気分だ。
いや、心のどこかでは、きっと信じている。
あれから何年になるだろう?
私は、とある事件をきっかけにして思い出すようになった。