コマ送りのmonoローグ
本作は救いのない顛末と、救われない結末を書き綴ったものです。
※ハッピーエンド至上主義の方には目の毒に相当すると思われます。
それを初めにお伝えし、前書きとさせて頂きます_(._.)_
*
物語は、人が語る言葉によって形作られる事象だ。
語るものがいて、それを聞くものがいてようやくそれは存在を許される。
だから、僕は語ろうと思った。
あの人のことを、出来るだけ多くの人に知ってほしい。
けしてあの人が、望んであの結末を迎えたことではないことを。
それをただ、知って感じてほしい。
そう、これは僕が語る自己満足の物語。
世の中には持つ者と持たない者がいる。
僕は後者で、それは昔も今も変わらない。
あの人がいなくなった今も、僕は何も学ぶこと無く持たないままでいる。
きっとあの人は呆れているだろう。
けれどもそれは、僕なりの精一杯の意思表示でもある。
表通りではなく、路地を好む生活も。
この国では最底辺と称される生活レベルも。
それも、もはや変えようとは思わない。
這い上がろうとは、思わない。
上が、幸福の域値だとそう信じる人たちのなかに僕はもう入ろうとは思わないから。
信じていた。まだ愚かで、単純で、知らずにいられた日々。
信じられた。少なくともあの人と出会ったあの日までは。
信じなくなった。あの人が、僕の目の前で喪われたあの日からは。
「ヴェガ・ド・オルクル、王宮にお戻りください」
今日もまた、帰還を求める声を薄闇から聞く。
けれども誰が望まない場所へ、自ら帰ろうと思う?
「オルクル…か。言っただろう、ミルキ。僕はもう賢者でも何でもない。あの場で手を伸ばせなかった僕の業は、もはや今更雪げるものではないのだから」
オルクル。賢者と称される国の選者たちに与えられる名誉名。
そんなものはあの日に捨て去った。
信じ切れなかった自分が、殺した。見殺しにした。
微笑んで見せたそれが、最期。
聖女と称されたあの人は、別の世界から召喚されてこの地へ降り立った。
齢十五。召喚直後の彼女が発した言葉は史実に残されてはいない。
それは、あまりにも醒めた一言だったから。
「…茶番は大概にしてください」
その遠慮のない姿勢は、玉座を前にすることになっても変わらなかった。
聖女の存在意義を懇懇と語った王が、当然同意を得られるものと思って憚らないその様子に、呆れを通り越して笑いが込み上げてきたのだと後に彼女は語った。
「自分の家の火事を、あなたは隣人に任せきりにするどうしようもない大人なのですね。分かりました、もういいです」
つまり直訳すればこうなる。
手前の国の落とし前くらい手前で付けろよ。
こっちは巻き込まれて大概迷惑だ。
本来なら、たとえ聖女といえどこの時にその首が落ちていてもおかしくはない。
ただし、彼女に纏わる全てが規格外だった。
放たれた矢は尽く跳ね返り、放った者の胸を貫いた。
斬りかかった騎士たちは、周囲に巡らされていた風の刃で強きも弱きも関係なく戦闘不能に陥った。
彼女にはこの地に降り立ったその時から、風の守護があった。
それはいわば台風の目のようなものだ。
只人に今更どうこうできるような代物ではとうに無く。
だからこそ、彼女はその足で王宮を出た。
彼女がそこに残る意味など、一欠けらも見いだせなかったからだ。
その後は、彼女は独り各地を放浪しながら様々なものを見たと言っていた。
美しいモノも、言葉に尽くせないほどに穢れたモノも。
彼女は冷静に見えていた。
少なくとも当時王宮にいた者の中に、彼女の芯に触れた者は自分以外にはいなかっただろう。
だが、齢十五の少女は召喚直後のことを後に語った。
ただただ混乱していたのだ、と。
そう自分にだけは一言零した。
当たり前だった。
考えるのも、馬鹿馬鹿しくて頭を抱えたくなる。
唐突に召喚などという非日常に晒されたばかりか。
周囲からは『聖女』などと訳のわからぬ役目を押し付けられ。
ただそれでも、ぎりぎりで彼女は身を守った。
このまま流されれば、傀儡にされることなど分かり切った状況。
殺されるかもしれないという恐怖を必死に心の内に抑え込み、彼女は誰も味方のいない孤独の中、たった一人で理不尽に真っ向から切り込んでいったのだ。
その勇気を思う。
そうだった。いつでも彼女は強いようで、ただ独り耐え忍ぶばかりで。
結局最後まで、彼女を背に庇うものは現れなかった。
国の愚かさは、その最たる時を迎えた。
次代の聖女の召喚。
今度こそ、傀儡を手にした王はよりにもよってその矛先を彼女へ据えたのだ。
続いて呼ばれた聖女は、何の疑いも無く王の言うことを信じた。
王の告げる一言一句に涙し、賛同し、協力を約束した。
王に愛されていると信じて疑わなかった聖女は、国を出て放浪してきた彼女を前にして憎悪を向けた。
「魔女に堕ちた貴方を粛清して、私は愛する人の幸せを守るわ」
次代の聖女として招かれた少女を前にして、彼女は沈黙を選んだ。
その沈黙を、聖女は肯定と受け取ったらしい。
それが、彼女のせめてもの優しさであったことも知らないまま。
聖女は、彼女を殺した。
あと一歩、届かなかった。
伸ばした手の先で、彼女は束の間驚いたように目を見開いて。
そして、風を使った。
初めて自らの意思で、守れと示したその指の先。
自らの守護を解き、聖女の操る雷に打たれた彼女。
鼓動を止めたその身体を掻き抱き、愚かにも守られた自分は慟哭した。
「…ミルキ、もし君があの王宮に先があると思っているのなら、それは大きな誤解だよ。…この国はもう、永くない」
少年はそう言って空を仰ぐ。
<炎>紅蓮の気配はもはや間近。
<水>凍れる息も、あと半日もせずに到達することだろう。
<木>森の息吹は、普段の穏やかさを打ち捨てて。
<土>深淵の闇は、静かにその時を待つ。
ざわり、ざわりとその怒りは大気をこれほどまでに揺らしているというのに。
何故この国の中枢は、これほどまでに安穏としているのか。
次代の聖女にも、国の王にももはや憐憫しか抱けない。
それら<凡て>を導くのは、死灰の風。
押しとどめていた彼女がいなくなった今、あれは欠片の躊躇も抱くことはないだろう。
もはや<雷>一つで、到底対抗し得るものではない。
国が滅びを迎えるまで、あと僅か。
この国は大きな過ちを犯した。
それ故に、滅びることになる。それはまさに因果応報といえるだろう。
この国の民は、彼女の死後も広められた悪評に一欠けらの疑問も抱くことはない。
一体彼女がどんな過ちを犯したというのだろう。
召喚と言う名の拉致の末、傀儡となることを強要された少女。
その少女がただ自らの力を頼りに、王宮と言う名の牢獄を脱出し、帰る術も無く彷徨いた軌跡。
その過程で彼女は精霊の息づく地を巡り、この世界に巣食う歪みを正常な流れへ戻していった。
それは元々意図していたものとは違っただろう。
強要されるものではなく、少女は自らの意思でそれを成し遂げた。
それはまさに、聖女の御名に違わぬ軌跡。
だが、あの愚かな王はそれを認めないばかりか事実を歪めて臣民に真実が伝わらぬよう、伝聞を広めた。
彼女はそれを聞いて、ただ一言そう……と。
笑って呟きを落としただけで。
彼女は、きっと自分が伝える前から知っていたのだろう。
今更ながらにそう思う。
この国は、自らの手で聖女を喪ったのだ。
そうして迎える滅びの道に、誰が逆らえるというのか。
見上げた空は、赤黒く。
まるでそれは鮮血に浸したように、ゆらゆらと靡いている。
それを見上げながら、少年はひっそり嗤う。
真実は、明かされぬままこの国は滅びるだろう。
それでも構わないと、彼は思っている。
彼女は、聖女である以前に一人の少女だった。
そしてそんな彼女を、この国は見殺しにした。
今はただ、彼女を悼もう。
この国の滅びと同時に、自分の命もまた尽きるだろう。
それももう構わない。
そんなことはもはや、瑣末なことだから。
後はこの命尽きるその瞬間まで、自分はただ少しでも彼女の魂が安らかであれと祈るだけだ。
死灰の風が、唸りを上げて国を覆う。
それは嘆きの風。
ひうひうと、一帯を吹きすさぶそれに身を任せて少年は寂しげに笑った。
「きっと僕は――――――貴女と同じ処へは逝けない」
眼を閉じ、風の音だけになった世界で。
“彼”が最期に紡いだ言葉。
それがこの物語の、始まりと終わりの音。
国が凡てに飲み込まれ、崩れ落ちていく最期の音を聴きながら。
“彼女”へ向けた独白。
「これが唯一、貴女へ向けて手向けられる僕からの鎮魂歌です」
死灰の風に、凡てを語り。
国の滅びを願ったのは―――――――果たして、“誰”であったのか。
*
今はもう、何者も語れぬ物語。
聖都と称された国の中枢は、凡ての音を失った。
それが、今より四百年前のこと。
“沈黙の都”と呼ばれる呪われた都の、始まり。
嘗ての都を知るものは。
今はもう、誰もいない。
ここまで読んで頂いた方々へ、感謝の気持ちを込めて綴ります。
まず、初めに。
本作に目を通して頂き、ありがとうございます。
今作のテーマは、異世界召喚の理不尽…と簡単に埋もれる史実です。
はい。主にこの二点に焦点を当てた為、本来書かれて然るべき人物描写等々まるっと省略させて頂いている…と要するにそれは作者の力量不足でありまして。
書き終えた後は、端的に纏めましょう。
今後の課題です。
この不足分を補うために、『プロローグ』『エピローグ』を追記するか否かを検討中です。
以上、作者の独白でした_(._.)_