その四
「立花。立花の君。立花は雪の結晶の異名だけれど、六つの花、と書くし、桜の物の化にはぴったりでしょう?」
物の化は、いろんな話を聞かせてくれた。
外の景色。
人々の暮らし。
外に出る事の出来ない、私の目になるように。
そんな中で。物の化自身の事については、あまり多くは語らなかったけれど、それでも少しは話してくれた。今はもう廃れてしまった貴族の屋敷にある、紅山桜の化身。誰も見る者がいないからと百年余り咲くのをやめていたら、人の形を取って動き回れるくらいに力を得たらしい。あとは、本来の桜は五つの花弁で構成されているけれど、物の気の立花は六つなんだとか。ぴったりの名前を付けて頂けてびっくりしました、とは物の化談。
「桜を咲かせたお前を見てみたいわ」
そう強請ったら、北の方になれば、一年中咲いていてあげますよ、と言うから、あれからまた頂いた清明様のお札を張り付けてやった。そうしたら、七日程姿を消されてしまった。
「物の化なんて嫌いよ」
「残念ですが、私は大好きですよ」
だから、気付いてしまった。
「もう戻ってこないと思ったんですよね、姫君は」
「確信犯?」
「少しだけ。何もなければないで、また姫君の傍に居座る気でしたが、やはり私はついている」
髪を一房取られて、唇を落とされる。私は、逃げもしなければ抵抗もしない。不覚。気付いてはいけないのに。名を付けてしまってはいけなかったのに。
「私は……愚か者だわ」
涙が止まらない。消えてしまった物の化。物の化のいない時間。たったの七日程、ではなかった。寂しいと感じてしまった。何故いないのかと憤りを感じた。頭の中から物の化が消えなくて、ぐちゃぐちゃで、ついに名付けてしまった。この思いは、恋慕、だと。
「千年でも雪が見られますように。私の、名前よ」
「千雪姫、ですね」
嬉しそうに笑う物の化。本当に嬉しそうに笑うから、私まで笑ってしまう。叶うはずのない思い。叶えてしまってはいけない思い。でも、まだ、最後のその時までは時間があるから。だから、そう思ってしまう私は、多分死んでしまったら浄土には行けず、地獄に落ちるんだろうな。
その年の冬、庭を埋める白銀の世界に、薄紅色の花が咲き誇った。物の化から贈られた、桜の木。狂い桜と言ってやったら、物の気は私が狂わせたのだと笑って返した。
年が、開ける。
ありがとうございました。