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四話 「葉山たどる」と「森屋幸太」、そして「新崎ことね」とか。

 3

 「今日は部活こいよ」と森屋は毎日のようにたどるに訊ねる。たどるはそれをいつものように無視する。人が蟻の存在に気付かないみたいに。「おい」と森屋はしつこくたどるに声を放つ。唾がほとばしる。たどるはそれに徹底した無視をつらぬく。

「なんで部活来ないの」森屋は訊ねる。

 たどるは誇張に森屋を気にしない振りをする。窓の方へ目線を向けたまま、森屋と顔を向かい合わせないことに努めた。やがて森屋はたどるに呆れたように溜息を宙へ洩らし、自分の席へと去っていった。やれやれ、とたどるは思った。この頃毎日のことだ。

 たどるが森屋と出会ったのは、中学二年を迎えた初日だった。森屋は二年生から陸上部に入部するらしく、これからよろしく、というようなことをを言われた。たどるは「そう」と平然なまま表情を変えずに言う。正直、興味など無かった。部活に行かない僕に言われても、とたどるは脳内で苦笑する。しかし、森屋はそんなたどるの態度など気にせずにいろいろと語り出した。荒く間を置くことも考慮しない勢いだけの口調で、次々と唾が宙を踊った。たどるは顔をしかめる。

 森屋はただ必死に思いつく事があればとりあえずそれを声に出す、ということを努めた。話題が途切れるのが怖かったのだ。森屋は沈黙をはばかり、脳裏に浮ぶ言葉をひとしきり喋った。空手を辞めたことや、陸上部では四百メートル走をやりたい、ということをだ。あまりにも勢いで話すものだから、森屋自身も思考が追いついていない。

 たどるは雄弁と語る森屋を思わず軽蔑した。初対面からよく喋るなこいつ、というのがたどるが森屋への第一印象だった。森屋は脳裏に浮び続けていた話題が作る渋滞を歓迎していたが、それはすぐに枯渇してしまい、一瞬にして獲物を狙う深海魚のようにしんと静まった。閉塞感に囚われる。森屋は焦りを覚え、耳たぶを掻く。




 そして予告どおり森屋は新しく訪れた新一年生と共に、入部してきた。しかし、たどる以外の部員たちは森屋の入部を歓迎してはいなかった。一年生たちを歓迎する表情と森屋へ接する態度が著しく偏っているのだ。一年生たちにはいろいろな種目を勧誘したり、基本の練習を教えたりしたが、森屋には何一つとして口も聞かなかった。たどるはその現場に妙な薄気味悪さを抱いた。いくら同級生だろうと、森屋への態度が冷たすぎる気がしたのだ。

 森屋はその周りの態度に、慣れているようだった。屑箱から溢れて、地面に零れたゴミを見るような視線が森屋に向けられていたが、森屋はそれを案の定と予想していたみたいに気に留めてはいなかった。

 それからたどるは、森屋が孤立しているという事実を知る。たしかに陸上部の部員のなかに森屋と話したことの無い人はいたはずだ。しかし、その人ですら森屋を――まるでそれが自分の使命かのように――毛嫌いしていた。たどるはその世界が理解できなかった。意味がわからない。やれやれ。息を何度か吐く。

 しかし、たどるはその現状を救おうだなんて事は毛頭と脳には無かった。森屋と仲良くしようという気もさほど芽生えなかったし、そのまえに森屋が来るから、という理由で部活にきている自分が信じれなかった。

 結局、たどると森屋はそれきりだった。たどるは翌日からは再び部活を休むことに努め、森屋は孤独のまま時はまるで山水のように流れていった。森屋は毎日のようにたどるに訊ねにくる。「部活こいよ」と。たどるはその馴れ馴れしい口調に腹立ちを覚えた。いつから仲良くなったんだ僕たちは。たどるは心境の中で首を傾げる。この森屋幸太という人間は、一体どんな思考を自身で完成させているのだろう?

 森屋は独りの状態を保ったまま、変わらず部活に行っている。決してたどるのように意味も根拠も存在しない理由で休む事はしない。たどるは部活へ行っていない。顔も出していない。陸上部の部員たちは葉山たどるという存在を憶えているかすら、危ういほどだった。たどるはそれでも構わなかった。しかし、森屋がそれに納得いかないようだった。理由はわからない。まるで見当もつかない。

 



 給食の時間が終了し、校内は昼休みを迎える。チャイムが鳴ると同時に教室にいた人たちはまるで物音に反応した鳥の群れみたいに教室の外へ消えていき、教室は喧騒から見放された空間となる。その中に――取り残されたその虚ろな空間に――葉山たどるは存在する。もちろんたどる以外にも生徒はいた。似たようなイラストばかりをノートに描いている女子、熱心に勉強に励む男子、場の空気を読むように小声でまるで作戦会議か何かをするように話す女子たちのグループ。それらの存在はたどるの視界からすれば、風景の一部に過ぎなかった。

 たどるにとってそれらは森林でいう樹にしかならず、どれも同じに見えた。羊の大群に見分けがつかないみたいに。

 たどるはとくにすることも無いので、図書室へ向う事にした。昨日の放課後と同じ道程を歩む。昨日の静けさなど余韻も残っていない騒がしい廊下に足を運ばせ、耳が痛くなるような喧騒としている階段をくだる。前々から不満を憶えていることだが、いささか図書室が遠すぎる気がする。

 図書室内も放課後とは著しく違い、様々な生徒たちが静けさを求めて室内をうろついていた。たどるは昨日新崎が占めていた本棚の位置へ向う。そこには四、五人ほどの生徒が並べられている書籍をひとしきり眺めていた。たどるもそこへ混じる。そして新崎が昨日目を流していた本を発見した。それを棚から引き抜く。見たことも無い本だった。

 どうやら恋愛系の話らしかった。さらに詳しく目を通す。どうやら女性同士の同性愛な恋愛の話らしかった。たどるはその本に何か示唆的なものが隠されているのではないか、と勘を巡らせてみる。理由は無い。しかし何も掴むことはできない。たどるはその本の表紙をひとしきり見つめた。

 たどるは図書室を後にする。新崎との関係は毛頭無い。しかし、何か複雑な心境がたどるの胸を抉った。示唆的なものはまだ見えない。探すつもりもそれほど無い。

     

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