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コスモ

作者: 祭坊主

意味深な話です。

コスモ


 子供の頃、確か小学三年生ぐらいだっただろうか。当時の俺はアパート住まいだったのだが、隣に七、八十のジジイが住んでいた。それは知っていたのだが、まさかそのジジイが、俺が生まれる前に起こった前首相殺人事件の犯人だという事実までは知らなかった。逮捕されている瞬間を見たあの時の衝撃はなかなか忘れられるものではない。そんな経験をしている俺は、多少の事ではそこまで驚かない。と、思っていたが、今回ばかりはそうもいきそうになかった。俺の目の前にいるのは首相を殺した犯罪者ではなく、異星人、宇宙人、未確認生命物体といった類のモノだった。

「はじめまして」

「はじめまして」

 驚くべきか、驚かないべきか、今の俺には判断しかねるが、俺が出会った、世の人間が俗に言う『宇宙人』という生物はヒト型だった。

「日本語喋れるんですね」

「ええ。勉強しました」

 誰もが期待するのだろう『自動翻訳機能を使いました』という答えは返って来なかった。

「上手ですね」

「ええ。一生懸命勉強しました」

 日本に来てしばらく経った人見知り外国人と会話しているような、そんな気分だった。

 宇宙人に会いたい、という素朴な願いが叶ったと思った。宇宙は好きだ。とんでもなく広く、何も無いところが好きだ。俺はそのとんでもなく広く、何にも無いところでこうして『宇宙人』と会話をしている。

「どこで生まれたんですか?」

「産婦人科の、ベッドの上」

「どうやってここまで来たんですか?」

「徒歩」

「普段住んでいるあなたの星はどのような所ですか?」

「あなたが住んでいるところとほぼ変わらない。文明も、歴史も」

 実につまらない返答だった。文明が進化しまくった未来社会だとか、メルヘンチックで魔法のような世界が広がってるだとか、そういう答えを期待していた。これじゃあ全く会話が展開しない。

「えっと、じゃあ、あなたの星の方々は結構頻度良く宇宙旅行をするんですか?」

「いいえ。今の技術ではまだ一番近くの衛星にたどり着くのでも精一杯」

 これも地球並みか。

「じゃあ、その星では、俺達のような異星人とのコンタクトはあるのですか?」

「ない」

「じゃあ今俺があなたの星にとって初めての宇宙人?」

 今度は言葉を発せずに、こくりと小さくうなずいた。

「あなたの星でも、私はそうなの?」

 初めてそいつから話しかけられたと同時に投げかけられた疑問に俺は精一杯答える。

「はい。そうです」

 多分、とか、おそらく、なんて言葉は付けない。俺が地球で初めて宇宙人と会った人間で、その宇宙人がこいつだという考えだけはなぜか譲りたくなかった。

 

 良く『世の中には二種類の人間がいる。○○と、そうでない奴だ』という言葉を聞く。○○には様々な言葉が入り、面白おかしくくだらない人間評価が行われる。その言葉を使わせてもらうなら『世の中には二種類の人間がいる。宇宙人を信じる奴と、そうでない奴だ』と表そう。これだけ広ければ宇宙人ぐらいいても良いじゃないか、という事を言っても、戯言だね、とか証拠は? とか言う奴は嫌いだ。そいつが間違っているとか、論破してやる、なんて言いたいんじゃない。ただ俺は、そう言う奴が嫌いなだけ。ただ、それだけ。

「宇宙はこんなに大きくて、今も広がり続けています」

 という話を子供のころ聞いて、物凄くテンションが上がったのを覚えている。上がりすぎて、その日は一日ずっと空を眺めていた。

でも、何年か経って、父親譲りのネガティブ精神が働いてしまった。

(広がり続けているって事は、今も着々と宇宙での俺の存在は小さくなっていってるってことじゃないか)

 そう考えた瞬間に、もう物凄くテンションが下がったのを覚えている。下がりすぎて、その日は一日ずっと空を眺めていた。


そいつに話しかけられたら、何故か俺達の距離が縮まったような、不思議な感覚にとらわれた。

「じゃあ四人家族なんですか?」

「ええ。兄とはもう八年会ってないけど」

「俺も妹とは最近会ってないなあ」

「妹さんとは何歳離れているの?」

「八つです。今ちょうど二十で」

「そう、仲は良かった方?」

「いえ、しょっちゅう喧嘩ばっかりですよ」

「仲が良い証拠じゃない?」

「そんなはずありませんよ、俺が体中ボロボロになって入院した時でも見舞いの一つ来ないんですから」

「何か事情があったんじゃ?」

「いいえ、一回病院に呼ばれて、手術が終わったら、『そんなに重傷じゃなさそうね』ってそれだけ言って帰ったんですよ」

「安心したんですよ、きっと。照れ隠しですって、きっと」

「えー、体中骨折してたんですよ? それで重傷じゃなさそうってどういう神経してるんだか……」

「あははは、絶対、仲良いですよ」

「そんな事無いですってー」

他愛もない会話をした。そしてこのどこでもできそうな世間話を宇宙人としている場所は、宇宙空間の一部だった。宇宙と言っても、周りにどでかい星があるわけでも、小さな星屑があるわけでもない。何にも無い、真っ暗で、静かで、何の変化も無い、そんな場所だった。大抵の場合『宇宙の絵を描け』と言われたら、多くの人が適当に丸いモノをいくつか書き、黄色か白で『点』をいくつも書き、残った部分を黒く塗りつぶす事だろう。おそらくそれが地球人から見た『宇宙』であり、宇宙もそれに応えるようにそんな姿を見せ続けているからだ。だが俺が考える宇宙は違う。画用紙いっぱいに何も書かず、俺はその紙をビリビリに引き裂くだろう。それが俺の考える宇宙だ。画用紙に描けるような物でもないし、例え一部でも良いと言われたとしても、画用紙に収まるような宇宙の一部など、まず無い。あって欲しくないのだ。

 だから俺は、この何も無い空間が好きだ。どれだけ遠くを見ても、何も見えない。どれだけ耳をすましても、何も聞こえない。


「仕事は何をやっているの?」

「サラリーマンです、ただの」

「何故『ただの』って付けるの?」

「それは……人に自慢できるような職業じゃないかなあって」

「失礼じゃない? 地球上の全てのサラリーマンと、その家族に」

「はは、すみません」

 この広大な場所で、スケールの小さすぎる話をし続けていた。すこし変な感じもするが、これが普通なのかもしれない。宇宙人と会って、会話をする。歴史的に重要な最初の会話内容は、世間話。家族はどんなだとか、最近近所がどうだとか、そんな内容だ。きっとマスコミや、未来の歴史の研究科は、もっと美化する事だろう。お互いの星の情報を細かく交換し合った、だとか、色々言ってくれるはずだ。だから俺は何の心配もせずに世間話を続けた。


(相対的に見て)自分が刻一刻と小さくなっているという事を自覚してからの人生は、本当につまらなかった。縮んでいってる自分や、世界に対しての悲しみで何もしたくなくなったとか、どうでも良くなったとか、そういう事にはならなかった。ただしぼんでいくその動きにどうにかストッパーをかける事は出来ないかと四苦八苦して、自分の無力さを嘆いていただけだ。どれだけあがいたって俺はどんどんみじめになっていく。けれどどうする事も出来ない。それが怖くて怖くて仕方が無かった。


「ペットボトルもあるんですか?」

「ええ。アルミ缶も、スチール缶も、その辺も地球とほぼ同じ」

「ああいうのに入ってる飲み物って、飲み終わったと思っても、しばらくすると底の方に一、二滴残ってるんですよね。傾けると多少まだ飲めるのに、完全に飲めたためしがないんですけど」

「分かる。それすごく分かる。もう容器壊してでも飲みたくなるほどイライラする」

 宇宙人と意気投合するのは、気分が良かった。中学の頃、昼休みの間同級生と話をしていた時のような気分だ。

 だが、昼休みの終わりには、それを告げるチャイムが鳴った。


「もう、時間だわ」


「え?」

 その言葉は、しっかりしすぎている程耳にくっついたはずなのに、完全に聞き取れているはずなのに、俺は聞き返してしまった。

「もう行かなくちゃ」

「ちょ、ちょっと、もう時間って、何の事です?」

「ごめんなさい」

 宇宙人は、俺を見ると、さびしそうな顔をした。

「待ってください!」

 ここは、宇宙なのだ。どこにも行く事なんて、できない。

「楽しかった。ありがとう」

 やはりまださびしそうではあるが、顔は笑っていた。

「そんな!」

 

 ここは、宇宙なのだ。何も無い、何も起こらない空間だ。そう、何も起こらない。ここでなら、俺はちっぽけでも良いと思えた。

このままの状態が、ずっと続くと思えるからだ。これ以上小さくなるのを感じなくて済む。何も見えないから、何も聞こえないから、なんにも起こって無いと思っていた。だから好きだった。

だけどちがった。ここは変化した。宇宙人は消え、相変わらずちっぽけな俺だけが取り残されてしまった。と、思うと、周りは宇宙ではなくなってきた。視界の隅に、小さく光星があった。その星の方を見ると、俺のすぐ近くには、小惑星がたくさん固まって見えた。

「そんな……ここは……ここは宇宙なんだ……」

 体が震えた。急に恐ろしくなって、見えない恐怖に俺は怯えた。

 気づけば、周りにはいろんな物があった。馬鹿みたいにでかい星もあれば、くだけた屑みたいな石っころが大量に漂っている。ゆっくりな物もあれば、とんでもなく早い物もあったが、いずれにせよ、それらは確実に動いていた。ただひたすらに動いていた。

――時が流れていた。

 

「患者の意識が戻りました」

「装置を止めて安置部屋に移せ。接触は起こさないように」

「はい」


「その時あなたはどこで何をしていましたか?」

「はい、宇宙で、宇宙人と会っていました」


「しかし、あれだけ体中の骨が折れても、生きていたなんて……」

「私も初めてだよ、あんな患者」

「交通事故でしたっけ?」

「ああ。しかし警察が言うに、少し様子がおかしかったそうだ。自殺なんじゃないか、って……。なんでも何日か前に付き合っていた女性が事故死したんだってよ」


「えっと……事故にあった時の事を覚えていますか?」

「だから、宇宙にいたんですって、俺」


「事故のショックのせいでしょうかね」

「ああ、珍しい事じゃない。……が、ああいった患者はもっと狂っているはずだ。意識が戻ってすぐならなおさらな。それがあの患者は意識がはっきりしすぎだ。まるで本当に体験した事を話しているみたいに」


――これは、速すぎる時間の流れに嫌気がさした、一人の男の夢の話。


お読みいただきありがとうございました。

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