行き成り断たれました
あれから五年が経ち、俺は五歳になった。
あれから色々と判った事がある。まずはこの世界から。
俺の転生した世界は、やはり前の世界とは同じでは無かった。
まず俺が居る場所は、神聖封印帝国という国の首都である帝都から南に千キロ離れた港湾都市にいる。部屋の窓からは、この地を治める領主の城が近くに見える。大人の足で歩いて五分位で城に着く程近い。
何故こんな城の近くに住んでいるのかと言うと、家の家系は、代々この地を治める領主に仕える家系で、父親が城で勤めているからだ。それもかなり偉い地位に在るらしい。見た目メガネを掛けた金髪の優しげな美青年なのに、人使いは悪魔の様だと、この前書類を家に届けに来た父の部下のロイドさんが俺に愚痴っていた。
五歳児に父親の悪口を吹き込むとは、しょうがない奴だ。
だが細めの目の下にクマが出来て頬がこけている所を見ると、愚痴りたい気持ちも良く判る。
何時の世も下っ端は辛いのだ。
この世界は魔物と呼ばれる化け物がはびこり、魔物から人々を守るため、どの国の領主も騎士団を所有しており、なんと僕の父親は、その騎士団の団長では無く、その騎士団をサポートする文官のトップである。
魔物は繁殖力が強く、こまめに駆除しないと直ぐに増えてしまうが、魔物は人類の生活に無くてはならない存在になっている。
それは魔物から取れる肉や毛皮、そして何より重要なのが魔物から取れる魔石である。
この魔石、前の世界の電気のバッテリーの役割をこの世界では果たしており、様々な魔道具の動力源として人々の生活を支えている。
そのおかげで前の世界とほぼ遜色ない生活を送らせている。
では魔力の無くなった魔石はどうなるか。
この世界の人間には、必ず魔力を持って生まれてくるが、殆どの人間がライターの火を出せる程度の魔力しか持たず、個人差はあるが、血の滲む訓練をしても、野球のボールの大きさの火の玉を生み出す事しか出来ない。
普通の人々は、魔力の空になった魔石を数日から一週間前後持ち続ける事で、魔石に魔力を充填して再利用している。
だが血筋によって、普通の人の数十倍から数百倍の魔力を持った人間が生まれる。そういった人間は大抵が貴族の出身で、選民意識が強い。
家の家系にも少しだが貴族の血が流れているが、父も母も兄も、魔力は普通の人並みにしかない。極稀に、普通の人々の中から、貴族の人より強力な魔力を持った人間が生まれるが、十歳の時の魔力量検査の時に魔力が多いのが判明すると、貴族はどんな手段を持ってしても、その子を養子にしようとする。
この世界では、魔力の多い者が人生の勝ち組と言う訳だ。
家族は、普通の人並みの魔力しか持たないが、もしかしたら俺には強大な魔力が有るかもしれない。転生者特典とか付いてる可能性もある。夢を見たっていいだろう。人は希望が無ければ生きられない生き物なのだから…
だがそれを確かめる方法は今の所は無い。それどころではないのだ。
そして早朝に奴らはやってくる。
家は結構裕福なので、五歳にして既に八畳の個人部屋を与えられているが、俺の朝の目覚めるのが判るのか、目が覚めると同時に奴らはやってくる。
壁をすり抜けて一直線に俺に迫ってくる。
「「「「「「レイちゃんおはよーーー」」」」」」
俺の名前を呼びながら、笑顔で次々と俺に飛び付き、力を吸いとる小人たち。
力を吸いとられる程、段々疲労感が溜まってゆく。その所為で一日中身体がだるくて仕方が無い。動く気が全くしない。一日中ベッドの中にいる俺を、家族のみんなは病弱な子供と勘違いしている。
「「「「「「ごちそうさまでした。」」」」」」
俺という食事が終わっても、六人の小人は俺から離れず、俺の周りで遊んでいる。
五年もの付き合いになると、みんな同じ顔だが、一人一人の個性が段々分ってくる。
同じ格好の三角帽子と麻の服とズボンを着ているが、服の色が違う。
赤い服を着た子は、他の子よりちょっぴり元気で、青、白、緑の服を着た子は、三人で固まってお話してするのが大好きで、黄色の服を着た子は食いしん坊で、黒い服の子はちょっぴり無口で、部屋の隅や暗い場所に居る事が多い。
上から、あーちゃん、あおちゃん、しーちゃん、みーちゃん、きーちゃん、くーちゃんと呼んでいる。
共通しているのは、精神年齢が見た目通りの幼さで、強く怒る事も出来ず、根気強く余り吸わないでとお願いしているが、目立った成果は出ていない。
吸われた直後は、起きるのもままならない疲労感なので、ベットの中でジッとして小人たちが楽しげに追いかけっこをしていたりするのを見ていたり、外の出来事の話しを、お話大好き三人組から聴いていると、部屋に、父、母、兄の三人と父の部下のロイドさんが俺の部屋に入ってきた。ロイドさんは両手でバレーボール大の水晶の玉を持っている。
こんな朝早くにみんなして部屋に入ってくるなんて、何か事件でも有ったのだろうか。
「レイ、寝ている所を済まないが、ロイドが持っている水晶に手を触れてくれないか。」
ロイドさんが持っている水晶玉に触れるだけで良いのか。一体どんな意味が有るのだろうか。
俺は疲労感タップリの身体に鞭うって何とか身体を起こすと、水晶玉を持ってベッドの脇に近付いてきたロイドさんの方へ手を伸ばして水晶玉に触れるが、触れても水晶玉は何の反応も起こさずに、ただ水晶玉の冷たい感触が手のひらに感じられただけだった。
父が手に持っていた名簿にペンで何かを書き込んでいるが、此方からでは何を書いているか判らない。
「ロイド、次に行くぞ」
父と母とロイドさんは俺の部屋を出て行った。部屋には兄と俺と兄をボー―とベッドの上に立って見つめている小人たちだけが残った。
「兄さん、今のはどんな意味が有ったの。」
俺は、歳の割にはしっかりしている四歳年上の兄に、今の行為の意味を知りたかった。
父親そっくりの顔と金髪の髪を揺らしながら、兄はゆっくりと俺に今の行為を説明してくれた。
「この国に女神さまからの神託が有ったんだ。」
この世界には神々が存在する。神々の中のこの国の人々の多くが信仰する女神さまから神託が下ったらしい。
それと俺とどんな関係があるんだ。もしかしたら伝説の勇者に俺が選ばれて魔王を倒しに行けとか。でもこの世界に魔王っているのか。エルフや亜人がいるのは知っているけど。
「下された神託には、この国に精霊王達に愛されし者が生まれているらしい。」
何か特別な存在の香りがする。遂に俺のチート人生の始まりか。期待に胸が高まるぜ。疲労感も一発で吹っ飛んだ。
「精霊王達に愛されし者とは、生まれながらにして強力な魔力を持ち、その魔力の味は精霊王達を虜にし、愛されし者が其処に居るだけで、精霊王達の力によって土地が肥え、緑豊かになっていく存在なんだ。」
つまりあれか、環境再生機みたいな存在か。不毛の大地にそいつを送るだけで、緑豊かな土地になる訳か。それは国が欲しがるはずだ。
しかし精霊王達て事は、少なくとも一人ではないのは確かだな。前の世界の知識だと、火の精霊王のサラマンダーや地の精霊王のノームはともかく、風の精霊王のシェルフや水の精霊王のウンディーネには会ってみたいな。きっとさぞかし美人さんなんだろう。
魔力捧げるなら、美人さんの方が断然いい。
「それと僕とどんな関係があるの」
「その愛されし者は今年で満五歳になる子らしい」
「それで、それで」
兄ちゃん焦らすね。それがもしかして俺ですか。
「愛されし者は生まれながらに強力な魔力を持つと言われている。だから国は、本来なら十歳時に調べる魔力の検査を今現在五歳児に限り、五年前倒しして開始したんだ。」
それであの水晶玉で魔力の量を調べた訳か。俺の結果はどうだったんだろう。愛されし者じゃなくても、魔術師並みに魔力はほしいな。
「それで結果は…」
「水晶玉は魔力があるほど光り輝く…、つまり言いにくいけど、お前には魔力は殆ど無いって事だな。」
あれ、つまり俺にはチートは無しですよ、人生そんなに甘くないって事か。
「魔力だけが人生じゃない、それに父さんも母さんも魔力は少ないしな。無くて当たり前だ。気にするな。」
そう言って兄は部屋から出て行った。
ボー然とする俺に小人たちが、
「げんきだせー」
「まけんなー」
「はらへったー」
「…………」
そんなみんなの慰めも、俺の耳には入らなかった。
魔術師への道が断たれた瞬間だった。