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監獄迷宮  作者: ばち公
嬉しくて嬉しくて死んでしまう
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はりぼての王様

 辰海の国は、ぬるま湯のような国だった。感情や個性のない、木偶のような住人が暮らす国。

 辰海は強権的だった。分かりやすいくらいに。思うがままに住人に命じて、気に入らないことがあれば暴力を振るう。まるで絵本の中の悪い王様みたいだった。

 辰海を倒す、そう決めてからまだ二日しか経っていないのに、彼が暴力を振るうところを何度も見た。


「と、止めたい」

「やめろやめろ」


 住人がぶん殴られているのを見て、オリは飛び出すのを堪える必要があった。トゥケロが片手を伸ばしてこちらを制したまま、はらはらした目で見てくる。

 込み上げてくるのは正義感ではなく、見るに堪えない醜悪なものを見せられていることへの不快さだった。

 結局オリはトゥケロに追い払われたので、階層をうろうろしていた。修復されることのない崩れかけた建物達、何もしない住人達。滅びの道をたどる階層に君臨する王様……。

 オリがぼんやりしながら歩いていると、倒れている住人を見かけた。そしてその傍らに立ち尽くす住人も。暇つぶしに手助けでもするかと思って近寄ると、


「死んでしまいました」


 辰海に殴られて死んだらしい。

 オリは手を合わせた。合わせたが、その立ち尽くしている住人がそのままぼーっとしているので、話をきくと、「どうしたらいいか分からない」と言う。


「普通はどうするのですか」

「泣いたり、怒ったり、嘆いたり……感情のまま動くんじゃないかな」

「かんじょう?」

「思っていることだよ。いや、少し違うかな……」


 オリは少し考えた。


「こみ上げてくるものかな。あなたは今どう思ってる?」

「しょうがないと、思います」


 オリはそこで初めてこの生き物達を羨ましく思った。自分もこう思えていたら。きっと、ミオを弔った苦しみもなかっただろう。

 オリは住人と別れた。

 それから遠くにある、ひときわ高い建物を見た。あそこが辰海の王座のある、彼の、彼だけの王宮。


「バカとなんとかは高いところが好きってね」

「リューリン。いたの」

「来たのよ。聞いて。スライムの馬鹿が捕まったらしいわ」

「なんで!? いつ?」

「さっき」


 オリは驚いた。あの臆病なスライムが敵に近づくわけないし、そもそもほぼ液体の彼が捕まるなんて考えづらいことだった。


「ヘンなチカラで回収されちゃったらしいわ。ま、木偶の坊達の証言だから、詳細は分からないけど」

「えー。こっちが先手取りたかったのに? 作戦だって考えてたのに?」

「のんびりし過ぎたんでしょ」

「たまにはゆっくりしたいじゃん……」


 はあ、とオリは大きな溜息をついた。


「で? 王様からの要望は?」

「あんたに一人で城まで来いってさ。それにしても、よく要望があるって分かったわねー。人間同士の繋がりってやつ?」

「あの暴君が人質取ってる時点でそれしかないでしょ。ついさっき捕まったんだよね? 拷問とかされる前に、さっさと行ってあげないと……」

「ほんとに一人で行くわけ?」


 と、髪を引っぱってくるリューリンをつついてから、


「んー……」


 オリは首を傾げた。




 オリは一人、辰海の暮らす王宮の螺旋階段を登っていた。白い建物の中をぐるぐる回っていると、自分がどこにいるのか一瞬わからなくなる。


「この世界で、君はなんのために生きているの?」


 辰海の声が響く。反響して、現実味のない声は、まるで夢の中にいるかのような錯覚を起こさせる。


「夢のため? ただ命があるから? それとも生きていること自体に価値を見出している? それとも今を楽しむためか?」


 オリは一人階段を登りながら、『楽しむ』という言葉から、蜘蛛女と蛭男を連想した。

 元の世界に帰るという夢。生き延びたいという本能。天使達への復讐。そのどれでもあるが、どれでも無い気がする。自分でも、正しい答えが分からない。

 しかし、そんなことで足踏みしていては、この世界では生きていけない。

 オリは階段を登る。


「分からないけど……、むしろ、答えなんてなくてもいいとも思うけど……」


 でも、そう。

 ただ『食』にのみ貪欲だった、蜘蛛女と蛭男のように、


「ただ、これだ、という答えがある人は、幸運だと思う……」

「そう、彼らにはそれがあった」


 辰海の声が、滔々と語る。


「だけど死が訪れた」

「そうだね」

「死は平等だ。生きる意味も、過程も、結果も、全てが無になる……。つまり死に抗うことが、僕らの生きる、ということなんじゃないかな。だから、戦わなければならない。力で、襲いくる全てを倒して、圧倒して、勝たなければならない……」

「だけど、あなたのその力は……」


 オリは口ごもった。辰海の声は何も答えない。

 オリは黙ったまま先に進んだ。延々と続くかと思われた螺旋階段にも、終わりがあった。

 果たして、そこに辰海が立っていた。辰海だと思うのは、彼が声の主だと推測されたから。そして、制服を着ていたからだ。

 彼は別人のように変化していた。最近まで黒かったはずの髪が、なぜか真っ白に変化している。なにより、その堂々たる立ち姿。悠然と立ってオリを出迎えている。王だ、と思わせる妙な雰囲気があった。遠くから暴力を振るう姿を見かけただけでは分からなかったが、正面に立つと威圧感すらある。

 辰海は微笑んだ。


「久しぶり」

「……久しぶり。なんというか、元気そうだね」

「うん。招待を受けてくれてありがとう」

「スライムさんは?」


 辰海は、何も言わず微笑んだ。

 オリは、武器である石の剣を構えた。


「この程度で怒らないでよ、怖いなあ」

「スライムさんは?」

「そこの壺に閉じ込めてあるよ」

「返して」

「別にいいよ。どうでもいいし……。僕はただ君に会いたかっただけなんだ」

「私に何の用?」


 オリに睨まれても、辰海は笑っている。余裕のある証拠だった。

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