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監獄迷宮  作者: ばち公
嬉しくて嬉しくて死んでしまう
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辰海の国

 辰海の足元に、人のカタチをしたものが倒れている。

 天使のように背中から銀色の羽を生やしたそれは、唐突にバルコニーに現れた。辰海がいるのは王のための部屋で、この辺りでは最も高い建造物である。地面の入口からの経路であれば兵もいたというのに、そいつは不躾にも空から現れたのだ。

 そして、ろくな挨拶もなく、辰海に話しかけてきた。

 曰く、人間のことを知りたいと。


「……」


 触れて、動きを止めて、矢をかたどった火で何度か貫いたら死んだ。存外脆かった。

 辰海はこの、羽の生えた人形のものを知っている。こいつらが、魔物を狩っているのを何度か見たことがある。だから、これらも魔物の一種かと思っていた。

 が、頭の中にいる二人に言わせれば違うらしい。


「たぶん、いえ、確実に違うわ」

「でも、ナニかは分からないけどね」


 ふうん、と呟いて死体を蹴った。辰海には興味がない。調べる気もない。木偶を呼んで、片付けさせた。それで終わりだった。

 戦うのは気分がいい。自分がとても強くなったことを実感できる。暴力で優位に立っている。借りものの力で、最強ごっこのお遊びかもしれない。しかしそれはとても楽しい。

 全てを見返してやる。かつての辰海を弱者と侮っただろう奴ら全員を。引きずり下ろして踏み躙ってやる。

 しかしそれは、自分がするというだけでは、意味がないのだ。

 それを観測する者がいてくれなければ……。

 

「そうじゃないと、ただ僕が暴れただけになってしまうだろう?」

 

 呟いた声に、二人からの応えはない。

 弱かった過去・強くなった今・見返すために動く王様ごっこ。

 それら一連の流れを理解して、観測してくれる人が、辰海には必要だ。

 

「オリ。オリしかいないんだ。あの惨めな僕を覚えていて、今の僕の力が分かるのは。オリしかいない。同じ落者の彼女しか……」


 この言葉には、反応があった。


「だめよそんなヤツ! 私達は許さない!」

「仇討ちの相手よ! 見つけて潰すわ!」

「僕らの手でオリを倒す。それは決まっているさ、もちろん。だから彼らをここに呼んで、ここまでたどり着かせる必要がある。そうしたら僕らはやっと、」

「やっとあの子達の敵討ちができるの?」

「やっとまた皆で集まれるようになるの?」

「そう。ここまで進んできた彼女たちを、僕たちの手で、ね?」


 そうと決まればと、辰海の頭の中で、娘二人はキャッキャと騒ぎ出す。どう呼び出そうか。どんな木偶をけしかけてやろうか。罠もいいけど、強すぎるのはだめ。

 だって、ちゃんとオリ一行と対面したい。会って、姉妹を手にかけた、その罪深さを教える。そして戦いだ!!

 オリは火にかけよう。生贄のように。妖精はすり潰して粉にしよう。きれいな粉になるだろう。蜥蜴は皮を剥いで、床に敷こう。……スライムはわからない。固めれば椅子くらいにはなるかもしれないが、固まるのか?

 とにかく、美しく飾り立てられたこの王の空間で、四姉妹は感動の再開を果たすのだ。

 きゃいきゃいはしゃぐ二人の思考を感じながら、辰海はたまに相槌を打ちながら微笑んでいた。






 スライムは不定形なので、なかなか偵察に向いている。敵の本丸に向かってもらって、索敵してもらいたいとオリとトゥケロは考えた。


「がんばります……」


 言葉から全身までぷるぷるぶるぶる震えている。残像のように小刻みに。

 やめておいた。

 いつもどおり仕事の早いトゥケロが向かった。一人でそつなくこなし、無事帰ってきてくれるだろう。オリにとっては頼れる忍者だ。

(忍者? 忍者なのか?)

 そして、スライムには別の役割を考えることにした。スライム。水。液体。水に紛れて侵入させるのはどうだろうか。悪くない。


「辰海くんだって水は飲むでしょ。そこにスラさんを忍び込ませる。飲んだ後はスラさんが、体内で大暴れするだけ」

「知らない人の体内になんて入りたくないですよお!! 内臓が化け物じみてたらこっちが終わりじゃないですか!」 


 スライム自体は毒じゃない。オリの肌がくっついても平気だし、スライムの体の一部が口に入ったことがあっても、問題なかった。だから、スライムを水に侵入させるだけでは駄目だ。もう一手いる。


「分裂できる? それならスライムさん本体じゃない、分裂体のスライムさんに、その仕事を任せられる」

「分かりませんよお。自分の身体を千切るなんて、試したことないですもん」

「たまにちぎれたことはあるんじゃない? そのときの残骸はどうなった?」

「切れ端は……ちょっとぷるぷるして、液体になっていきましたよ」

「なるほど。分かれた肉体を操ることはできる?」

「そこそこ大きな塊であれば、少しだけなら。時間が経ったらただの水に戻りますけど」


 オリは悩む。策に使うには知識が曖昧で、危うい気がした。


「スライムさんは肉体が単純で柔軟な分、どこに意思があるんだろう? 半分に割れたら、肉体の大きな方に意思が残るのかな。それとも小さい方向に意思が残るのかな? 例えば、真っ二つに分かれて、二つ両方に意思があったとしたら、これはまたすごいよね。この地下迷宮ではなかなかお目にかかれない奇跡。新しい生命の誕生」

「つまり……?」

「つまりこの迷宮を支配する日も近い!」


 いえーい、と、オリは急に話にはいってきた妖精と無駄にハイタッチ。楽しいところだけつまみ食いするのが妖精流らしい。


「とりあえず、この案は、スライムさんの体をバラしてみる必要があるんだよね。それをスライムさんがどう思うか。次に私がどう思うか。で、まずは――スライムさん、どう?」

「バラされたくないです」


 この話はここで終わった。

 トゥケロが戻ってきた。早かった。普通に本丸が見える遠くから、中の様子をうかがっただけだとか。


「土地は弱く、民も弱く、上に立つ者は相当忙しいのかと思ったが、余裕がありそうだったぞ。暇そうだ」


 人形じみた外見の部下達はやる気なく、というより、いつもどおりの平坦な毎日を過ごしている。外にいる仲間達と変わらない。

 彼らはあまり頭もよくない。言われたことはするが、できないことの方が多いだろう。


「基本一人でいる。あと、よく分からない独り言をしゃべっている。誰かと喋っているのかもしれないが、相手の気配も姿も窺えなかった」


 それについては、オリも少し気になることがあった。


「トゥケロ。あなたの階層を襲った、四人の人形達を覚えてる?」

「青色のルニャ、黄色のフライヤ、赤色のメイヤ、緑色のヘレンの四人――だが、緑色のヘレンはあの場で倒した。エメラルドの髪飾りはまだ持っているか?」

「持ってるよ。その時は耳を失くして逃げた赤色のメイヤも、そのあとなぜか死んだ……らしいんだよね。蜘蛛女がいたところで、ルビーのピアスが二つ揃ったから。メイヤが死んだ理由は知ってる?」

「まさか」

「だよね。私も分からない。蜘蛛女に殺された、とかかな? まあとにかく二人は既に壊れた」


 つまり四姉妹は、この時点ですでに二人減っている。


「残りは、青色のルニャ。黄色のフライヤ。この二人が、辰海に協力しているのだろう。しかし二人の姿はなかった。……しばらく待ったが、現れなかったな。別行動だろうか?」

「…………辰海は、アクセサリーを付けていた?」

「は?」

「ルニャとフライヤのアクセサリー。青と黄色の……具体的にどういうものかは忘れたけど」

「ラピスラズリのネックレスと、トパーズのブローチだな。身に付けていた。彼の服装は変わっていなかったから、高そうな宝石だけ、やけに浮いて悪目立ちしていた」

「持ち主はいない?」

「いない。一応その辺の奴らに聞いたが、見たという者はいない。ここの住人全員に意見を聞いたわけではないから分からないが……」


 オリはそこで少し黙った。


「……三人はなぜか協力関係にあった。でも辰海一人しか現れない。あの目立つ二人を見たという証言もない。彼は二人のアクセサリーを身に着けている」

「二人が辰海に、アクセサリーを譲った? あるいは貸している?」

「なんとなく、その可能性は低いと思う。アクセサリーに執着してるみたいだったから。そして辰海が自力であの二人を倒すのは不可能で、そもそも仲間なのでその必要もない」


 ありえないものを排除していった、その結論は。


「可能性としてありえるのは…………三人一緒。三位一体。合体しているのか、操られているのかはわかんないけど、どちらの可能性もあると思う」

「ゲー、そんなこともできんの? 意味ワカンナイ!」


 妖精は露骨に嫌な顔をした。羽虫呼ばわりされたのを、まだ覚えているらしい。妖精は捻くれているが、忘れっぽいので珍しい。


「なんか強そうですね!」


 スライムは単に感想を述べた。


「単なる私の予想だけどね。そろそろ合体するタイプの敵が出てきてもおかしくないし」

「パワーアップする合体って面白いですね!」


 スライムはぷるぷるとした両手を上に掲げた。彼なりのかっこいいポーズである。


「てゆーか、アイツラはそんなんで強化されたの?」

「じゃないと、弱い人間の体を使う意味がないと思うよ。何がどうなっているのかは分からないけど」

「単純にガタイがよくなるだけでも強くなるからな。人間は動物のなかでは、比較的大きいだろ」


 トゥケロの言葉に、オリは「あんまり自覚ないけど、そう言われるとそうだよね」と頷いた。

 そして、そういえば、魔物は人間くらいか、それ以上の大きさのものも多かったな、と今までの旅を振り返って思った。

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