表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
監獄迷宮  作者: ばち公
嬉しくて嬉しくて死んでしまう
69/74

辰海の変化

「失敗したじゃない!!」

「負けたじゃない!!」


 狂ったように喚く、青と黄の少女――ルニャとフライヤを、辰海は地面に座り込んだままじっと眺めている。


「なんでっ!!」

「どうしてぇ!?」


 二人は彷徨っていた辰海を拾った。人間が一人いたら、計画の幅も広がるだろうと、物でも拾うみたいに言っていた。彼女らは『命』というものについてよく分かっていないのか、自分たち含めて全てを道具のように扱う。

 ただ「強くしてあげる」と言われ、辰海はおとなしくついて行った。それさえあれば良かった。


「やっぱり、欠けているからだわ。四人。私達は四人必要だった。このままじゃ、完全になれない……。まがい物の魂……狂ってる……崩れてる……」

「四人になるためにあの人間を倒さないといけないのに、四人じゃないから倒せない……。私達をこんな目に遭わせた敵。辱めて、苦しめてやりたいのに……」

「このままじゃ、マリアのところに帰れない」

「ダイヤモンドの冠だって取り戻せない」


 ぶつぶつと続く彼女らの嘆きから目を逸らし、辰海は視線を地面に落とした。

 オリを襲った辰海らは破れた。彼女の仲間を襲ったらしい雇われどもも、あっけなく破れたとか。

――オリの力。暴力。何者にも負けぬ、どのような道理にも理不尽にも屈しない、屈せずに済む力。素晴らしい、何者にも勝る、この世で唯一、目指す価値があるもの。目指したいと思えるもの。


「あの人間、あれだけ精神が弱ってた。なのに、負けた……私達じゃ勝てない……」

「このままじゃ、きっと勝てない。だから、どうにかしないと、どこにも行けない……」


 強くなりたい。力がほしい。あの美しく勝利したオリのように。

 そうしたら怯え、震えるばかりでどこにも行けなかった辰海はきっと、自由を得るだろう。開放されるだろう。救われるだろう。気高く敵を打ち破った、あの少女のように。


「ねえ」


 ふと辰海が顔を上げれば、先程までぶつぶつと呟いていた二人が側にいて、虚ろな笑みを浮かべている。


「戦えるようにしてあげようか。約束したものね」

「強くしてあげようか。約束したものね」

「それしか考えてないものね」

「それしか頭にないものね」


 頬と口角だけ動かしたみたいな、心無い無機物的な笑み。

 それでも、辰海には構わなかった。彼にはオリのような鈍器もなく、仲間もいない。全てを圧する――そんな力を得る方法は、限られている。


「痛いのは恐いでしょう」

「恐いのは憎いでしょう」

「うん。暴力なんて大嫌いだ」


 自分に振るわれる暴力は嫌いだ。


「だったらやっつけてしまおう」

「やっつけて無くしてしまおう」

「うん。全部に勝てる力がほしい」


 泣いて懇願して狂ってしまうほどに欲しい。

 ルニャとフライヤは二人、目を合わせ、微笑みあう。小さな両手を絡め、互いに額を当て、じっとしている。やがて、青色と黄色の双眸は、静かに辰海を見据える。


「力、あげる」

「強さ、あげる」

「そうしたら、戦うのよ。私達のために」

「二人を、王冠を取り戻すの。なんとしても」

「強くなれるなら、なんでも構わないよ」


 なんだってよかったので、辰海は頷く。――自分を跪かせる理不尽、全てを跳ね除ける力。望みを押し通せる力。欲しい。手に入れなくてはならない。なんとしても。

 そうやって、自分の考えに熱中している辰海は、気づかない。微かに、ルニャとフライヤの手は震えていた。彼女らはかぼそい息を吸い、吐く。そして、苦しげな声の裏で囁く。


「さよなら、私の体」

「さよなら、私の姉妹」




 目覚めた辰海は、ぼんやりとしていた。長い前髪が、視界に揺れる。白い毛先。つまむと、たしかに自分の髪だった。

 立ち上がり、手足を、身体を確認する。髪以外、どこも違和感はない。外側は、だが。


「うる、さい……」


 体の内側、いや、頭の中がうるさい。がんがんと、何かが打ち合うように響いている。頭を抑え、ふらつきを堪えつつ、地面に手をついた。

 声がする。反響するささやきのような、無数の虫の這うような、鬱蒼とした森を風の抜けるような、ざわざわとした、絶えず止まぬ音。

 何かがいる。辰海の芯を這い、蠢いている。

 ルニャ。フライヤ。二人の小さく不完全な魂――あるいは命、自我が、『辰海』を、奪おうとしている。乗っ取ろうとしている。欠けた二人を、辰海という存在で補強しようとしている。

――騙されていたのだな、と気付いた。

 だけど、すごくすごく嬉しかった。

 あんまり嬉しくて嬉しくて、興奮のあまり滲んだ涙がぼろぼろ頬を零れ落ちていく。


「ああ……」


 この身に漲る力に気付かない馬鹿はいないだろう。

 誰だって辰海の強さに恐怖する。気付かないような愚図はいらないだろう。

 涙を流す辰海の眼前には、抜け殻のように放置された人形があった。色違いの青と黄のドレスを纏い、大きな帽子を被った、美しい磁器人形。辰海はそれを、振り上げた足で思い切り踏み砕いた。胴も頭も、粉微塵になるまで、踏む。踏みにじる。ドレスも帽子も粉塵にまみれぺたんこになり、ぎらつく宝石だけが異質なほどに美しい。それを取り上げると、ポケットにしまう。そして、残った白い四肢も踏み砕いた。

 この行動が辰海の意志なのか、頭の中の二人の意志なのか。そんなことは、さして問題ではない。辰海は笑っていた。嬉しい。嬉しかった。

 もう何も恐れなくていい。安心して眠ることできる。

 だってもう、苛められる夢をみることはない。

 誰かを殺す夢をみる必要もない。


「現実で殺せばいい」


 あまりの感奮につい口をついて出た声は、二重三重に重なりあって聞こえた。それにあわせて脳みそもぶるぶる振動し、ぶれていくつか残像のようなイメージをうむ。辰海のもの、辰海じゃないもの、辰海じゃないもの。憑りついたであろう二体のものだろう。

 それもすでにどうでもよいことだった。この渾然一体の興奮のなかでは、なによりも彼の狂喜が優先される気がした。されなければならないと思った。入り込んできた二人も、この歓喜の前では後に引くほかないのだ。

 だってそうじゃなければ あまりにも嬉しくて嬉しくて死んでしまう。




 眠る仲間たちのなか、オリは一人見張りをしていた。とてもではないが眠れる気分ではなかったので、自ら申し出た見張りだった。

 危険な場所、あるいは危険かどうか分からない場所でも、一人での見張りを任せられるようになって、ずいぶん経つ。戦いに自信もついてきた。前に出くわしたような規格外な魔物以外なら、それなりに立ち回れるようになった。

……だからこそ、辰海に押し倒され、抵抗すらできなかったことは衝撃的だった。自分以外の人間だって、魔物とチームを組んで戦う。そんな考えも抜けていた。


「……あのままだったら、彼は私を殺したかな?」

「さて、どうかな?」


 座り込んだオリの背後で、少年の笑う声が聞こえる。

 オリは自省する。きっと驕っていた。長い迷宮暮らしで、精神的に余裕が持てるようになった反面、油断がでた。

 気を引き締めなければならない。全てにおいて。

 同族――同じ人間だからといって、油断してはいけない。味方以外はみんな敵だ。


「彼が何を望んでいたのか、僕には分からないからね。それによって変わると思うよ」

「望み……」

「君の命を奪いたいのか、尊厳を奪いたいのか。もしくは、……それ以外の何かが望みなのかもしれないが、」


 と、そこで少年は言葉を切った。

 尊厳、とオリは自分の体を見下ろす。一応脂肪の柔らかさがあった胸も尻も、今では不自然なほどに引き締まって堅い。鍛えられた体からは女性らしい丸みも消えた。もともと肉付きは薄かったけれど、今では体付きだけ見れば、少年と間違えられてもおかしくない程だ。まさか、これが目的なわけではないだろう。

 では何を、と振り返る。至近距離で見た、恍惚に歪んだ目。そして、頬を這ったぬるい手の感触を思い出し、オリは自分の頬を撫でた。

『強くなれば暴力も怖くないんだ、あの時の君が教えてくれた』

『人間も魔物も関係ない、強くなればいい、力さえあれば勝てるんだ』

『なにも恐れなくていい、力さえあれば、生き物はもう、なにも、生きることも、恐れなくていいんだね……』

 自らを打ち据えるオリを見て、彼は何かに歓喜していた。力。暴力。あるいは、それを振るうこと。


「……」

「……そもそも、敵は彼だけじゃないだろう? 思い出してごらん。ほら、あの人形達はきっと君を殺したかっただろうね」

「他人事みたいに……ま、実際他人事だし、どうでもいいのかもしれないけどさあ」

「まさか。僕は常に君の旅路を気にかけているよ。そう簡単に挫けられたら困ると思っている。僕との契約を忘れたのかな?」

「ええと、迷宮を踏破する、みたいなやつ、だったよね?」

「合ってるけど、大雑把だなあ」

「合ってるならいいでしょ。というか、これってそんなに重要なの? いや、その為に私の前に現れたんだから、重要なんだろうけど……」

「重要だった、かな。今はどちらでもいいんだ。君が旅を続けて、僕を楽しませてくれたら。それで」


 少年は口元を緩め、穏やかな微笑を浮かべる。見る人が見れば、慈悲深ささえ感じ取っただろう美しい笑み。


「あなたはたぶん優しくないね」


 呟いたオリに、少年は何も答えない。

――自分に力をくれた、ヒトのような外見をした少年。自分と同じ境遇であり、自分と同じ人間であった安寿。辰海。

 オリに優しく、そして共に戦い、傍にいてくれたのは、彼らではなかった。

 オリは自分の傍で、大胆な寝相を晒しているリューリンの、穏やかな寝顔を眺めた。本来なら眠らなくても良いはずの彼女が、自分の傍でこうも安らかに休んでくれるという事の意味を、今更ながらに噛み締めていた。


「でも、あなたは……私に剣をくれた。そして同じ境遇だった辰海には盾。それで、安寿には何を与えたの?」

「なんだと思う?」

「『剣』に『盾』だから……槍とか斧とか、鎧とか? うーん。でもどれも持ってなかったか。……あの人なら、捨てちゃっててもおかしくないけど」

「ふふ。……本当は、二番目に『盾』をくれてやりたかったんだ。でもどう見たって彼女、『盾』って顔してないだろう?」

「確かにねー」


 少年の様子を見るに、素直に答えてくれることはなさそうだ。

 一番目には剣。二番目には盾を渡したかったと言う。さて、三番目に渡したかったものとは?

 安寿の性格から考えると、攻撃に使えるもの、ということになるだろうか。きっと防具ではないだろう。

……いや、役割から考えよう。

 一番目が『剣』で魔物を打ち払って先に進む下働き、言わば先行する兵。二番目は魔物のいなくなった道を、『盾』とともに安全を確認しながら進む騎士。三番目は?


「(王様?)」


 安全な道を堂々と進む王様。あるいは女王様。しかし、王らしい能力とは? ……いや、そもそも王はこんな場所に落とされないだろう。別の何かだろうか。


「……」


 分からない。

 しかしまあ、警戒するに越したことはない。剣でも、盾でもない、何か。


「とっておきは最後まで取っておくものだしねえ……」

「分かってるじゃない」


 くすくす笑う少年を無視して、オリはぐっとその場で伸びをした。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
[良い点] 暴力でねじ伏せられ続けてきた辰海くんには、それこそが真実なのでしょうね。気持ち、ちょっとだけ分かります。 でも結局は圧倒的な力を手に入れるために騙されたり身体に他人を受け入れたり、本末転倒…
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ