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監獄迷宮  作者: ばち公
知らないほうが良かった
64/74

VS 鎧

「俺達の目的は一致する」

「……?」


 錆びたナイフで髭を剃っているクレイグの唐突な呟きに、オリは首を傾げた。だらだらと果物(結構酸っぱい)を頬張るだけの朝食の最中で、脳味噌が働いてなかったせいもあるが、彼が何を言ったのか一瞬、本当に理解できなかった。

 目的――銀翼の、天使のような魔物のことも知らないくせに、一体何が一致するのか、と。


「俺の目的もお前と同じだ。この迷宮からの脱出。そして俺も、俺の妻や娘に――家族に会わなければならない。だから俺達、仲良くやってけると思わないか?」

「(ああ、そっちか)うん、そうだね」


 適当な相槌だが、クレイグは納得したように頷いて、そしてさっさと二度寝を始めた。サボっているのでなく、監禁され、弱った体を労るためだ。食べて、寝て、運動し、また休む。危険性の薄いこの階層で、しばらくはこうして過ごしてもらう。

 一仕事終えた後はだらだらしたいものだし、オリも仲間も、それに異論はない。

 オリも食べ終えた果物の芯を、掘った地面に埋めると、ごろんと仰向けに寝転んだ。天井しかないため、何一つ面白みのない光景が広がっている。すると、そろそろと横にスライムがやってきて、無言で寝転んだ。楕円状の餅のような姿になっていた。

 トゥケロと妖精は見張り中だし、スライムはまだクレイグに慣れていないようで口数も少ないし、オリは久しぶりに暇だった。退屈を感じる余裕が出来たのはいいことかもしれないが、暇なものは暇だ。


「……クレイグ、起きてる?」

「なんだ?」

「家族ってどんな人達だったの?」

「は? どうした急に」

「天井見るよりマシかなと思って。で、どう?」

「どうって……嫁は、しっかり者で、美人かと言われるとそうでもない。でもいい女なんだ……笑うなよ。レクドラトって知ってるだろ? 傭兵の街――知らないか? まあ、そこで俺達は出会って、結婚して、娘も産まれた。娘は、お前より少し年上かな。会ってないから、どんな成長をしてるのかは分からんが。ただガキの頃は、嫁より俺に似てた」


 クレイグはオリの相槌も待たない勢いでよく喋った。元来お喋りな性格で、それをよく怒られたらしい。そんなことまでよく喋った。

 彼が傭兵時代のことについて喋っているとき、スライムは少しだけふるふると震えて怯えているようだった。撫でてやると、恥ずかしそうに距離を取られてしまったので、オリは手を腹に置いてまたクレイグの話に耳を傾けた。

――よほど家族に会いたいのだな、とオリは思った。

 オリが得た最初の目的がそれだった。少年と出会って、自ら手に入れた目的だ。そういえば妖精も、同じ目的で付いてきているのだったか。根本となった出来事なのに、最近すっかり忘れていた。

 最初の頃は、安全にこの迷宮を進むことばかり考えていた。仲間を増やして、危険を排除して、食べて眠って健康を維持して、この迷宮の最奥にたどり着く。それだけが目的だった。

 帰らなければ死んでしまうと思っていた。この暗い世界で生き残れる気がしなかったため、早く帰ろうと、帰りたいと、そればかりを願っていた。今となっては、その頃が少し懐かしい。……戻りたいとは思わないが。


「だから俺は、お前に感謝してるんだ。心底な。ま、急にこんなこと言われても信じられないと思う。が、それでいい。お前は俺にとって本当に救いだ。あのクソみたいな牢獄で、死にそうになって待ち焦がれていた救い――って、聞いてるか?」


 オリは返事をしなかった。目を閉じたまま、寝たフリをした。眠たいわけではないが、普通に眠りに就くクレイグに、あまり寝なくても平気だということを知られたくなかった。

 なんとなく、蜘蛛女と蛭男について思い出した。あの二人の目的はとても明確だった。食べることが悦びだから食べる。食べるために生きる。

 そういうのが、自分にはないな、と思った。「アレのために生きる」、「ソレがあるから生きていける」、といった、生きる喜びのようなものだ。いや、なくても困らないが、少し、ざわざわする。……あの化物二体の方が、オリよりも人間らしいのではないか。そんなことを考えてしまって、ざわざわする。

 かと言って、今の自分がしていること・できることが、何かあるかと言うと――

(……戦うために、生きるとか?)

 思って内心、鼻で笑った。

 そこまで自分の気は狂っていない。



 時間はのんびりと過ぎていった。

「相手の鼻と口に巻き付いて、呼吸を止めて倒すという技を思いつきました! どうでしょう?」

「エグくていいと思う。手足のないタイプだったら勝算高そう」

 スライムは戦いについて考え、

「この盾か? 辰海が持ってたもんだ。くれるって言うから貰ったまでさ」

「(カツアゲかな?)」

 クレイグは戦いのカンを取り戻すように素振りし、

「蔓草でハンモックを作ってみた。寝ると揺れて心地いい」

「トゥケロ!?」

 トゥケロは暇過ぎて工作に目覚め、

「…………」

「よく寝るなー」

 妖精はだいたい花の蜜を食ってはごろごろ寝ていた。

「スライムさんぷにぷにぷにぷに」

「やめてください……」

 オリはスライムをぷにぷにして普通に拒否され、

「この盾、すごいねー。色んな形になる!(辰海くん、もしかしてあの少年から受け取ったのかな)」

「だからって遊ぶな。は? テーブルの形? 無理だろ。え、いける?」

 クレイグの(元々は辰海の)盾を遊んで叱られ、

「煙玉を作ってみた。ぶつけると煙――ではなく、植物の粉が舞い上がって視界を覆える」

「忍者!?」

 トゥケロの謎の工作に驚き、

「…………」

「…………」

 妖精の側で寝転がって、寝返りで潰さないよう気を付けるなどしていた。



 それは、そろそろ先に進もうかと、なんとなく決まったある日のことだった。

 トゥケロが、出発前に先の様子を偵察してくると申し出てくれたが、オリはそれを断り、自らその役を買って出た。いつも世話になっているから、たまにはその役を交代しようと思った、その程度の動機だった。退屈していた妖精と、やっとの出発にやる気充分なクレイグも付いてくると言ったので、トゥケロとスライムを荷物番に残して、散歩気分で三人で出かけた。

 四角い空間に、出入り口は二つ。単純な構造だから、ぱっと行ってぱっと帰ってくる予定だった。


 それは、先に進むための通路の直ぐ側で起こった。

 気配の無いまま横一線の鋭い太刀筋。さすがに躱せなかったのでオリはそれを石剣で受け止めたが、


「っ、むり、」


 オリの軽い体は簡単に飛んだ。木に当たる寸前に体を畳み、足で幹を蹴るように、膝をクッションににして体を守った。

 こうも問答無用なのは珍しいので、一瞬、毎度お馴染みの例の『先生』かなと思ったが、違った。しかもよく考えなくても、先生はそこまで強くない。


「誰だお前!?」

「戦おう、人間」


 鎧兜が動いていた。中に生き物がいるかは分からないが、それにしても人間離れした大きさだった。大柄なクレイグよりも更に上背があり、幅広の長剣を片手で軽々と振るう。腰には他にもいくつかの刀剣が下げられている。端的に言って化物だった。

 どこからか妖精が幻影をかけてくれた気配があった。オリがそれにふと息を吐くと、鋭い刃が空間を切り裂くような勢で、それでもひどく静かに頭を狙ってきたので腰を下げて躱した。次いで、もう一刃。しかし横から振り込まれた斧によって軌道が逸れた。クレイグだった。


「なんだよ急にっ……こいつ!」


 彼は咄嗟に鎧を蹴ったが、それは少し揺れたもののそれだけだった。


「戦おう」


 鎧に、ソレ以外の言葉はない。しかし興奮と歓喜に弾む語気は何より饒舌だ。

 汗をかくオリの項に、いつの間にか近付いてきていたらしい妖精の小さな手が触れた。


「あいつ、幻影が効かないんだけど……!」

「トゥケロとスライムに、逃げる準備させて来て――っ!」


 背を反らせたのに、前髪が遅れて二本ほど散ったのを見た。連続する追撃を石剣で防ぐが、一撃一撃の重さを受け流しきれず体が揺れる。しかし防げなければ急所を突かれて死ぬ。最悪だった。

 その背後から斧を振りかぶったクレイグにも、鎧は剣先を背後に向けることで対応して見せた。オリはその隙に慌てて距離を取った。

(強い……)

 素早く精確で重い。リーチもある。蜘蛛女や蛭男のような、個人の戦闘力がそれほど高くないのと続けて戦ってきたからか、異様に思える。

 地面に落ちていた大ぶりの石を振りかぶって投げつけると、鎧は視線もよこさず、拳骨でそれを粉砕した。人間の腕の可動域を超えた動きだ、と思っていると、その粉砕された石の破片が飛んできたので咄嗟にしゃがむ。そしてそのままでも地面の影で、自分の頭上に剣が迫っていることが分かった。


「んのっ……!」

「クレイグ!」


 オリを庇うため飛び込んできたクレイグが、側頭部を殴られて吹っ飛んだ。そしてその寸前、目が合った彼から投げ渡された物を受け取った。ボール状になっているが、これはあの、辰海から譲り受けたという『盾』だった。

 転がった先で、クレイグは気を失ったのか動かなかった。死んでなければいいが……。


「戦おう、人間」

「その、そこで倒れた奴に手を出さないと、約束するなら」

「出すはずがない――あれは剣士でなく、強者でもない。興味がない。我が求むるは戦いのみ!」


 やっと戦おう、以外の言葉を聞けたと思ったらこれである。

 私も剣士ではない、とオリは否定しかけて、先程から振り回している石剣の存在にハッとした。これか。これでも剣士としてカウントされるのか。打撃系の武器なのに。


「さあ、戦いだ!!」


 地面を蹴り剣を掲げて迫り来る大鎧に、オリはとりあえず逃げ出してみた。鎧は言葉のとおりクレイグには目もくれず、ただオリを嬉々として追ってくる。内心安堵しながら、オリはその場から離れるように走る速度を上げた。

――『……まさか、弱くて助かるとはねぇ。しっかし腹も膨れねぇことに、よくもまあああして熱中できるよなぁ』

――血痕が飛び散り、斬撃の痕が残されていた、あの何者かの住処。

……こいつだろうな、と思った。

 蛭男がああも伸び伸びと暮らせていたわけだ。強い魔物はこいつの手で殺されるのだから、縄張り争いをする必要がない。

 そしてそんなことを考えた結果、オリの逃げる先も決まった。

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