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監獄迷宮  作者: ばち公
生きるしかないあなたへ
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握手

「トゥケロって同族を殺したことある?」


 オリが思い詰めた顔をしているので聞き出してみれば、そんなことを尋ねられた。外で見張りをしていたトゥケロは、首を傾げた。


「同族、というのをどう取るかだな……。民族で取るか、種族で取るか。お前は今ここで唯一の人間だから、自分を『人間』と見ているが。ここから外に出たら自分を『異世界人』と見るだろうし、元の世界に帰ったら、自分をもっと細かく分類するんだろう?」

「うーん……。私じゃなくて、今のトゥケロにとっての同族って意味で……どう?」

「そういう話なら、そもそも俺は俺の同族に――自分と同じような姿形をした者に会ったことがない。物心ついたときには『森』で育てられていたから、親の顔も分からないしな」


 そう、とオリは再度考え込む。


「何かあったのか?」

「実は――」


 かくかくしかじか。もしかしたら人間を手にかけないといけないかもしれない、と説明するオリにトゥケロは首を傾げる。


「俺とか、あの妖精に殺させたらいいんじゃないか?」

「本気で、現実的に始末するって話じゃなくて、私の覚悟の話だよ。私がそういうことをできるのか、できないのかっていう……」

「できるだろう」

「――言い切るね」


 苦々しく唇を歪めるオリに、トゥケロは困った顔をする。しかし彼は、言うべきことは必ず口にする男だった。


「お前は魔物を、本当に自分と異なる生物である、と意識しながら殺してきたのか? 言葉も通じる、意思の疎通ができる……そういう生物だが、自分とは違う、なんていちいち意識しながら戦ってきたのか?」


 そうじゃないだろう、というのである。

 言葉はなかったが、何か言わなければならない、とオリは咄嗟に口を開きかけて、


「っ!」


 身を翻して、背後から飛んできたナイフを避けた。


「誰だ!!」


 わざと大声を出したのは、スライムと妖精に聞こえるようにするためだ。

 尋ねなくても、堂々と現れた敵の正体なんて分かっている。


「……久し振りだなあ、落者、トカゲ野郎。お前らを探して、『草』からこんな所にまで来ちまったよ」

「トゥケロの知り合い?」


 振り返すと、分かりやすく苦い顔。それが答えだった。

 正面に2名。虎に似ているがずいぶん細面の者と、毛が金色の猫のような姿の者。影にも恐らく、何名か潜んでいるだろう。

 『草』という単語と、肉食獣を模した獣人達――確かに覚えのある姿をしていた。『森』と、『川』、そして『草』。三つ巴の争いを繰り広げていた、あの階層の住人だろう。トゥケロからは、オリ達が去った後で天使の襲来にあい、ほぼ壊滅状態になったと聞いたが――。

 ともかく、オリに狙われる謂れはない。


「何が目的?」

「目的? そんなもん、お前を――お前たちを殺し、復讐することに決まってるだろう?」

「そのトカゲから何か聞いてねぇのか?」

「……」


 トゥケロは目を逸した。「聞いてない」ということを告げると、『草』の住人は懇切丁寧に説明してくれた。なるほど、女性に優しいという特性を感じられる配慮だ(といっても殺しに来られているわけだが)。


 彼らは階層への天使の強襲を、オリ達の来訪のせいだと考えたらしい。なるほどタイミングがあう、とオリは他人事のように思う。今までなかった災害が、とある来訪者の去った後で起こったのだ。分かりやすい理屈だろう。

 その集団に、もともとオリ達の存在が気に入ってなかったチーム――つまり、階層の全集落の融和が気に入らない奴ら(以前『岩嫌い』に遭った階層で、オリを『先生』とともに襲ってきた奴らがいたチーム)が合流し、結果一つのグループとなったらしい。


「なるほど……」

「そいつはそれに反対したんだ」


 指さされた先で、トゥケロは気まずそうにしていた。


 なんの根拠もない“オリ一行原因説”については、否定派の方が圧倒的多数だった。

 すったもんだの結果、現リーダーたるアンテナ(例の電波ピンクイカ)が出した結論としては、オリ達に復讐したいと考える奴らは、気が済むまで彼女を狙ったらいい、とのことだった。否定して内部で爆れられるよりは、とっとと迷宮の底にでもどこへでも行ってしまえ(そして野垂れ死ね)、という意図らしい。

 まあ分かる、とオリは我が事ながら納得した。

 そして、トゥケロはそれに反対した。反対して、オリ達の味方になった。


「裏切り者!」

「疫病神の落者!」


 彼らが本当に意を決して迷宮を潜ってきたことは分かる。迷宮の住人とはいえ、階層の移動は本当に稀らしいし、此処にくるまで困難もあっただろう。きっと大変な旅だったに違いない。

 でもこの程度であれば、最早オリ達の敵ではないのである。彼らがどれほどの意志を抱いていたとしても、暴力という手段を用いた、その一点に置いて、オリ達の前に破れてしまう。どうやら全員で五人いることも察したが、それでも同じだ。

 少しの哀れみとともに、彼女は石剣を構えた。



 彼らを殺さなかった。いいことを教えてくれた礼だ。オリは恐らく、人間相手でも戦える。確固とした意志・信念を感じ、哀れみを覚えた相手にも、暴力をもって応えることができたのだから。

 オリを心配して飛び出してきた妖精が、トドメとしてその杖でぽこぱんと幻にかけた。彼らは恐らくふらふらと、自らの階層に戻っていくはずだ。

 これで少しでも、オリ一行への戦意が薄れたらいい。命を奪わなかったことへの感謝のためか、それとも訳の分からない魔術にかけられた恐怖のためか。理由はどちらでもいい。



「トゥケロ」

「ん?」

「どうして私のことを庇ったの? 私が――まあそんなに強くなかったのは認めるけど、仲間だっているんだし、あんな奴らに負けるわけないじゃん。適当に迎合して、私を狙わせておけばよかったのに。好きにしろって言ってさ、そしたらトゥケロは今頃、故郷で――」

「俺だって分かってたさ!」


 いきなり声を荒げられて、オリはびくっとした。彼が策略など関係なく、荒れる感情のまま声を昂ぶらせるのを初めて見た。

 本当に呆気として、久し振りに動くことを忘れた。


「分かってたさ。お前を敵に仕立てて団結してしまえば、それが一番楽に済むんだって。俺はあいつらより、誰より一番理解していた。そうすればまとまる。厄介者を追い出せる。俺はそういうことが出来る。『森』でだってずっとそういうことをしてきた。そういう生き方をしてきたんだ。あの空間を、長を、皆を守るためにそうしてきた。……なのに、」


 トゥケロは肩を落とした。


「なのにできなかった」


 彼の声は小さく、相まってその背中も縮んだかのように見えた。

 彼はぼそぼそと続ける。噛みしめるような言葉が続く。


「『森』はもうない。皆散っていった。彼らはまた集まり、一つの集落を作った。そりゃそうだ、皆ただ平穏に生きていけたらいいだけなんだからな。『森』じゃなくたって別の場所や手段があればいい。分かる、分かるよ。当然だ。俺はそういう気持ちもたくさん利用してきた。だけど俺がそうしてきたのは、あの『森』を守るためだった。ただ平穏に暮らせる場所だからとかそういうことじゃなくて、あそこを守りたかったからなんだ。皆がただの手段としか考えてなかったあの、あの空間を、俺は、ただ――」


 そこで、トゥケロの言葉は途切れた。

 オリはその言葉の続きをじっと待ったが、それは溜息になってしまって、もう二度とオリの前には現れないようだった。


「……もっと早く言ってくれたらよかったのに」

「説明する機会がなかったんだ。ミオが死んですぐだったからな。さすがにこんな――助けるために動き回った挙げ句が、この結果だったなんて言えなかった」

「そっか。……『森』の代わりに私を守るの?」

「いや、違う。もっと単純だ。お前は俺たちを助けてくれた。なのにあんな馬鹿共に殺されるのは我慢ならない。それだけだ」

「……なら、しかたないね」


 オリは笑った。しかたない。今の言葉に嬉しくなってしまった。トゥケロもやっと目尻を緩めた。

 そして二人は自然と、いつかしたみたいに握手を交わしていた。前よりも緩やかな、しかしより深い結び付きを感じさせる握手だった。

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