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監獄迷宮  作者: ばち公
それはいつかの、
53/74

VS土

 体にのしかかった土砂は、オリの想像以上に重たかった。柔い土とはいえ、すっぽり覆われては身動き一つ取れないのだと、胸の詰まるような匂いとともに学んだ。試しに縛られた手足をもぞもぞさせたが、結局耳や鼻から砂が入ってきそうになりすぐに止めた。

 しかし仰向けに土に埋もれるなんて、まるで埋葬された死人みたいだ。瞼も口も閉じているから余計にそう思う。


「……だ、大丈夫ですか? オリ?」


 心配そうにのそのそと、オリがずっと背負っていたリュックサックから這い出てきたのはスライムだった。オリの首の裏、少しの隙間にいるのが分かる。

 全員ばらばらに行動するとなったとき、妖精はともかく、まさかトゥケロがオリを独りにすることに賛成するはずもなかった。そこでオリは蜘蛛女にバレぬよう、彼女が何か仕掛けてきた時の一手として、スライムをリュックサックにいれて連れていくこととなった。リュックサックの中は空だったので――元々、崖から落ちた時に荷物なんて消えたも同然なので、ちょうどよかった。おまけに、妖精が幻影を利用して、スライムと行動を共にしているように見せておけばよい。


「少し待っていてくださいね。きっとなんとかしてみせます。新しい技を考えてたのは、オリだけじゃないんですから。

「……結局、あれから何度か試したんですけど、筋肉は私には向いてなかったみたいです。所詮スライムの身ですしね。一応、体の構造を考えるようになったから、ヒトへの変身はうまくなりましたけど、それだけです。せっかく、色々と教わったんですけど……。

「だけど、身に着いたものは確かにあります。例えば拳への威力の乗せ方。それをスライムなりにアレンジすることが、私にできることです。

「――つまり鋭いパンチの要領で、この土の山に穴を通す。細くてもいい、肝心なのは一瞬の爆発力。とりあえずオリさんのため、呼吸できるようにすることが最重要……!」


 オリは彼の一言一句にしっかり耳を傾けながら、ただ一つのことだけを考えていた。


「(早くして)」



 スライム渾身の槍のような一撃は、土の天辺に穴を空けた。そのまま水分で固めてしまえば、空気孔の出来上がりだ。

 まあ、オリは目を閉じていたので何も見えていなかったのだが。やり遂げたスライムは横でやたらと興奮していた。


 しかし土とはなかなかいい手だ。豊富にあり、落ちても岩ほど音を立てず目立たない。そしてこうして埋めてしまえば、声を上げる手段も封じられる。つまり仲間が呼べない。オリにとってなかなか痛いところを突いてくる罠だ。

 かつて、初期の初期、自分が黒虎につかった最高にしょうもない罠を思い出し、オリは懐かしくなった。

 蜘蛛女は予想以上、というより予想通りにしたたかだった。不意をつき、罠を張り、戦わずして勝利する。自らのフィールドで戦う者の強さだった。このタイプに、今まで遭遇しなかったのが不思議なほどだ。

 そしてこの糸もいい。オリは縛られた手首に力を込める。頑丈で、応用がきく。あんな罠を作れるほど大量に出せるらしいし、どういう原理か指鳴らし一つで操れていたようだし、非常に便利だ。


(実際に殴り合ったら私の方が強いだろうな)


 蜘蛛女はさっき踏み砕いた天使みたいに外骨格があるでもなく、発達した上体のせいか素早くもない。おまけに単独行動だ、致命傷さえ与えればこちらの勝ち。


(そういうのを全部自覚してるから強いんだろうな……)


 遠距離攻撃などの物理的なものではないが、恐らくこういった彼女の手管も、皆で話していた『新しい武器』に含まれるのではないだろうか? 


「オリももうちょっと焦ってください」


 スライムは呆れ声だった。謝ろうとすると、「動かないでください!」と叱られる。オリはまた置物のようになった。目を閉じ、久しぶりに心地よく安らげている。一生懸命動くスライムには申し訳ないが許してほしい、と思いながら、静寂に浸る。暗くて、夜みたいだ。以前トゥケロが作ってくれた夜よりも暗く、閉塞感がある。

死も墓も、案外悪いものではないのかもしれない。



 スライムは土を押し固める。水分を混ざれば土は壁となり、隙間なくオリを埋めることもなくなる。オリの顔周りにだけ、彼女を包む土のドームを作り上げる。

 オリはそこでやっと、俯せになるよう身を返した。


「スライムさんお疲れ。この糸溶かせる?」

「た、多分できますけど、時間かかりますよ。少しふやかすくらいなら、すぐですけど」

「それでいいよ。一本の糸で、上品にくるくると結んでくれたからね。ちょっと隙間ができれば……」




 一方、蜘蛛女はメインディッシュたる『暴れん坊』に手こずっていた。糸で縛り上げているにも関わらず、名のとおり暴れる。

 無理やりむさぼってもよいが、傷ついたらそのまま死ぬという自信がある。己の脆弱な肉体を十分に理解している蜘蛛女は、貴重な食料を前に苛立っていた。


 もう少し弱らせてもらってから、あのオリとかいうのを殺すべきだった。


 別にあの人間の女を、最初から殺す気であったかと言われたら、そういうわけでもない。彼女には殺意も敵対心もなかった。だからいつでも殺せるようにはしておこう、くらいにしか算立てていなかった。

 ただあまりにも、天使――蜘蛛女の主食への殺意が強すぎた。

 この限られた世界で、まさかそんな相手を許容できるはずもない。


 オリが、ただ殺すと息巻いているだけの馬鹿ならよかったのだが、そうではなかった。彼女からは黒い意志、執念を感じた。冷静に分析・把握し、それらとの今後の(・・・)戦闘に備えようとしている。やせっぽちの小娘。しかし、やり通してもおかしくはない、と蜘蛛女は思ってしまった。

 

 もっと芯の柔らかな性質かと思っていた。『笛吹き』と『厄介な羽』を誤って教えたのだって、いざ何か起こっても、この娘なら理由を説明し、謝ってみせれば許すだろうと踏んだからだ。

――嘘を吐いたのは、『笛吹き』にメインディッシュたる『暴れん坊』を呼ばせたかったため。また、それを予め説明して協力を仰がなかったのは、あなたたちが信じられなかったためだ。

 こんな身勝手な話でも、恐らくあの娘はイライラしながら結局は許しただろう。それだけの情報を蜘蛛女は提供していたし、彼女はそういうことに義理を感じるように見えた。


「馬鹿な娘だ」


 弱いのに、周囲に気なんて配るから死ぬ。


 蜘蛛女には筋力も毒も外骨格もない。あるのは糸くらいだが、それが非常に強力だった。

 己の腕を引きちぎらんばかりに無表情のまま動く『暴れん坊』を、彼女はくるくると巻き上げる。頑強な首を、頭部をきつく締め上げる――肉体が強固過ぎて、落としきるまでかなりの時間がかかる。

 ようやっと痙攣すら収まったあと、蜘蛛女はその目を細める。長く息を吐く。

 人の身であれば、涙すら浮かんだであろうほどの万感。この窮屈な迷宮で、これほどの喜びが、感激が他にあるだろうか。この歓喜の前では生死さえも些細な問題に思える。

 蜘蛛女は気づけば目じりを拭っていた。そしてその仕草に自分で首を傾げた。

 涙が出るはずもないと分かっているのに、私は何をしているのか。

 変な喜劇でも見た気分だ。恐らく万感のあまり脳機能がゆるんでしまったのだろう。

 蜘蛛女は改めて、深呼吸をする。天使はまるで無機物のように香りもないが、それでも押し寄せる感慨深さに胸がつまる。窒息しているだろうオリの死を確認しなければならないとはわかっていたが、それよりも意識は肉に向かう。少し腹を満たしたら確認しよう。

 蜘蛛女は勢いよく、かつ丁寧に肉に手をかけた。まずは手だ。筋張った甲に五本の指、まるで人間のような手だ。これは『歩兵』も『暴れん坊』も変わらない。いや、こちらのほうが大きいか。これで強力な武器を振り回すのだ――。


 背後、土の動く気配がなければ、蜘蛛女はそのまま天使の肉に、舌鼓を打っていたに違いなかった。


「ザンネンだったなあ蜘蛛女っ!!」


 埋めておいたはずのオリが、勢いよく土の中から飛び出してくるまでは。

 堂々と仁王立つオリの横、その足元でうごめく不定形の生物。

 生きていたのか、という驚きよりも先に、あれを連れていたのか、と思った。しかしおかしい。あいつは妖精と行動をしていたのを、この目で見届けたはず――。

 土を頭に乗せたまま、オリは人差し指を蜘蛛女に突き付けた。


「さあ! 私の番だよ!!」


 蜘蛛女ははたと我に返り、黙ったままぱちりと指を鳴らした。土の中にあった糸が動き、その山をかき乱す。当然オリの足元もそれに合わせて崩れていくわけで。

 オリは最後何やら「おいふざけんな」と叫びかけていたがあっという間に声ごと土に飲み込まれて消えた。




「……かっこわるい」

「リベンジですね」

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