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監獄迷宮  作者: ばち公
それはいつかの、
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VS天使たち

 なだらかな丘を進む途中、天使を偶然見つけたオリは、感極まって神に感謝した。もちろんあの少年にではなく、彼女の中にぽんと浮かぶ都合の良い神に、である。

 いるのは三体。全員羽が生えているが、外見は全く異なる。人型、小さな白い球体、長い口のオモチャの虫――それぞれ『歩兵』、『笛吹き』、『厄介な羽』と蜘蛛女は呼んでいたか。

 蜘蛛女を呼んでこなければ、とオリは思った。トゥケロでもリューリンでもいい。はやく、はやく、と焦燥に胸が焼ける。早くあいつらをブチのめしたい。一刻も早く。それしか考えられなくなって、オリは落ち着くために目を伏せ、高鳴る胸をそっと手で抑えた。興奮に頬は赤らみ、傍目にはまるで恋する乙女であった。



 オリは天使に見つからぬよう、岩陰に屈んで隠れていた。彼らが意識を遠くへ向けた瞬間、静かに身を起こし、逃げ出すため身を退いた。

 瞬間、何かが、オリの背後から天使らの足元に投げ込まれた。彼らは機械のように揃ってオリの方へと注意を向ける。投げ込まれたもの――迷宮内の光源に赤く煌めいたそれは、小さな石に見えた。


(……見覚えのある、赤、)


 と、気を取られている場合ではなかった。蜘蛛女から天使の話を聞き、思考でかみ砕き、脳に刻み込み、歩きながら、どれほどそのことを考え続けていたことか!

 オリは真っ先に、羽のついた白い球体を打ち倒した。小さなそれは鉄のように固かったが、石剣で殴れば欠けてへこんであっさり動かなかくなった。――『笛吹き』、魔物を見かけては音を立てて(・・・・・)、味方の天使を呼び寄せる。それが蜘蛛女の説明だった。だから仲間を呼ばれる前に、真っ先にこいつを殺す。

 次は虫みたいなヤツ、『厄介な羽』。相手に合わせて姿を変えるが、変化するのに時間がかかるため、その間に倒せばいい。


 以上全てが、蜘蛛女の説明(・・・・・・)から立てた、オリの計画だった。


(あとは変身するやつだけ、で、……?)


――『厄介な羽』は、変化する素振りなんて見せなかった。

 ただ、バネ仕掛けみたいにぐるりとその長い口を上に向け、()()()()()()()()()()を迷宮高くにまで響き渡らせた。


 オリは口角を引き攣らせたが、それも一瞬だった。


「あああーもう!!」


 オリは苛立ちを露わに叫びながらも、確実に、鳴き声を上げるそれを仕留めた。それはおよそ生物とは思えない音――文字に表せばガッシャンという、金属が壊れるような音を立てて砕け散った。青い汁が血液のように漏れて大地に染みた。


「騙っされったっ!!」


 真っ白い球体が『笛吹き』、ラッパみたいな口したヤツが『厄介な羽』――。そう聞いていたが、どうやら()だったらしい。

 逸り過ぎたか、とオリは舌打ちした。頭を一旦冷静にすることを忘れていた。どっちが『笛吹き』かなんて、一目瞭然である。


「ほんと馬鹿!」


 叫び、オリは本物の『笛吹き』の残骸を、思い切り踏み砕いた。苛立ちの発露の意味もあるが、この敵の外骨格の強度を試したかったためである。力を加えれば崩せる程度の強度だ。貝殻のようであったが、オリの知る貝類と異なり、その中身まで堅固である。骨組だけのオモチャみたいだとオリは思った。


 オリは次いで襲いかかってくる『歩兵』の槍を払い、しばらくの打ち合いの後、相手を倒した。最後は間合いに入って素手で殴り倒した。

 こちらに関しては、おかしな行動はなかった。蜘蛛女の情報――オリよりもある程度大きな人型で、剣か槍を持ち、軽く浮けるだけの銀の羽が生えている――とも、差異はない。


(あの蜘蛛の狙いは?)


 蜘蛛女の説明を聞いて天使と戦ったら、誰だってまず、天使を呼び寄せる『笛吹き』を、次に、変化してくる『厄介な羽』を殺すだろう。

 だけど蜘蛛女は何故か、そうして欲しくなかったらしい。オリに逆の情報を与え、まず変化するだろう『厄介な羽』を殺させた。しかしそんなことをしていると、本物の『笛吹き』が、他の天使を呼び寄せていまうというのに――。

 オリはそこで天井を仰いだ。銀の羽を迷宮内の光源にぎらつかせ、こちらに向かう一体の天使。

 その姿を見たとき、オリはやっと全てに納得がいった。


――あの女が言っていた()()()()()()()()は、アレだったか。


 オリの前、なだらかな丘の中腹に下り立つ、一体の大柄な天使。蜘蛛女は『暴れん坊』と呼んでいたか。

 たった一体であったとしても、あの群れの影をオリは決して忘れたりなどしない。ミオを真っ二つにして、オリの片腕を断ったあの面影を。決して。

 身構えるオリをよそに、天使は彼女に敵意を示さなかった。眼下、険しい顔立ちの少女から視線を逸らし、何かを求めるようにどこか遠くを見ている。


「よそ見?」


 天使はオリが声をかけると、ぐるりと首だけを動かした。そうして獲物を構えたオリの戦意を見てとると、ようやく大剣を構えたのだった。



 敵は強かった。オリが殺意とともにイメージで膨らませた程ではなかったが、その巨体から繰り出される攻撃にオリは何度か冷や汗をかいた。

 分かったことは、強敵に、一人で、真っ向から立ち向かうのはあまりにもしんどいということだ。自分は恵まれていた。ミオがいて、妖精がいて。今はトゥケロもスライムもいる。恵まれていた。分かってはいたが、今、敵と打ち合うなかで、やっとそれを身に染みて理解した。

 どうせなら自力で捻じ伏せたい。当たり前だ。だけど、それだけでは足りない。人間のオリだけではこいつらを叩き潰せない。

 やっと頭が冷えた気がした。


(あぶなっ)


 大きく振られた剣先を間一髪交わす。咄嗟にオリが心配したのは衣服だ。折角手に入れた、まだ綺麗な状態の黄色いパーカー。傷一つつけたくない。

 敵強いと評しながら、ぺらぺらと無駄事を考える余裕があるのは、敵の行動パターンをなんとなく把握したためだ。単調で、機械のように精確、そして延々同じ調子で振り回される両手剣から見るに、無尽蔵の体力か、ただの疲れ知らず。これで複数来られたら脅威だが、一体だけならそうも難しいことはない。

 目的一つをインプットされ、それだけにひたむきな機械のようだ。


「どうしてミオを殺したの」


 オリは一度だけ問うたが、天使は何も答えなかった。言葉を認識できるのかと疑問に思うほどの無反応だった。


「お前の仲間の武器で殺してやる」


 先ほど叩きのめした『歩兵』の槍を拾って煽りもしたが、無反応。寧ろ自分から残骸を踏んで平然としている。

 情報を引き出すのは無理かな、と算立てたところで。


「手を貸すよ」


 にやついた顔で蜘蛛女が現れた。オリよりもまず天使が反応した。彼は瞬時にそちらを向くと『暴れん坊』の名に相応しく、大剣を構えまっすぐ彼女へと向かっていった。

 オリはその背中を狙えばよかった。死角をつかれた天使はもんどりうって倒れる。オリはそれを踏みつけた。


「危ないなぁ。そんなに狙われるなんて、何かしたの?」

「ただの食事さ。今までも、これからもね」


 蜘蛛女は口裂けに笑った。そうして天使に丁重に糸を――どこからともなく現れたそれを、指先で指揮するみたいに操り巻き付けて。

 それを不意に、オリの身体にも放った。


「げっ」


 オリは回避こそし損ね、糸に捕縛されはしたが、倒れはしなかった。蜘蛛女を怪しみ、身構えていたためだ。

 そのため糸が身に絡んだ瞬間には、蜘蛛女から距離を取ろうとした。慌てて数歩下がったところで、


「うわっ!?」


 ずるりと何かを踏み、足を滑らせた。硬いが石ころでもない妙な感触、見れば赤い石がきらりと輝いていた。先ほどオリの足元に投げ込まれたもの。ルビーのピアスだ。

 同じものを以前手にしたと、いつかの四姉妹を思い出してすぐ。


「運の無い子だねえ。何かしたのかい?」

「え、ちょっ――」


 嫌味を返す余裕もない。体を掴まれ殺されるかと思ったら、ついでに足首も縛られて、そのままずかずか移動する。

 やがてぽいと、放り投げられた。受け身を取り損ねて地面に叩き付けられる。

 痛みを堪え、仰向けになって頭上を見上げれば。


「わあ」


 現実逃避するみたいにぽかんと口を開ける。

 宙に浮く、白い繭玉のような何か。ぱちんと蜘蛛女が指を鳴らせばほろりと解けて。

 山盛りの土砂が覗く。


「いやあの、待っ、」


 オリはそのまま逃げる間もなく。落ちてきた土に覆われ、埋まってしまった。

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