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監獄迷宮  作者: ばち公
それはいつかの、
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オリの『新しい武器』と蜘蛛女

「そういえばトゥケロの幼馴染って誰?」


 そこはかとなく元気になった(らしい)オリに唐突に問われ、トゥケロは首を傾げた。一瞬、なんのことかと思ったのだった。しかし少しばかり記憶を振りかえればすぐに合点がいった。


「チナだ」

「なに今の微妙な間……」

「いや本当だ、嘘じゃない」


 チナはトゥケロの幼馴染だった。といってもそれぞれ偶然『森』の長に出会い、同じ集落で育ったというだけの間柄だが。

 普段そんなこと意識していなかったというのに(恐らくチナも考えてもいなかっただろう)、事情を説明しているうちに、ぽろっと口をついていた。


 最初から最後まで恐ろしい、率直に言って化け物としか思えない女だった。

 正直女としても見れなかった。天敵か恐怖の対象としか置いていなかったので、花嫁とか聞いたときは耳を疑った。

 旦那は気が狂ってるのかと心底引いたし、それが明らかスパイ野郎だと知ったときはなんとも言えない気持ちになった。


 トゥケロの中でチナは生来の恐怖の対象で、一生涯、死ぬまで彼女に怯え続けるのだろうと信じていた。どこかでそう思い込んでいたのだ。

 だから彼女がああしてさらりと――というわけではなく、天使を何十体とひき肉にし、食い千切り、丸のみにした後で――死んでしまうなんて、思いもよらなかった。

 ある種、価値観がひっくり返るような衝撃を受けた。まさかあの化け物が死ぬなんて。トゥケロには彼女以外、心底恐れる対象は無い。

 だからもう、生まれてからずっとそこに在った、恐怖と共に忍び寄る彼女の存在を感じることも、もう生涯ないのだ。


 といったことを語るトゥケロに、オリは「そっか」と呟いた。

 珍しくよく喋るな、と思った。

 そしてそれはオリが少年にかけられた言葉と全く同じだったので、彼女はもう一度「そっかぁ、」と呟き、膝に顔を埋めた。




 オリ達はしばらく、うずくまる獣のように静かに沈んでいたが、徐々にその活力を取り戻していった。あくまで表面上は、であるが、それでも上辺を取り繕うことのできる力を手に入れたのは大きい。


 ある日オリが、新しい武器について考え始めた。鈍器のような石材の剣もまだ無事だというのに、である。

 突飛な発案に皆驚いたが、まあ新しいものに目を向けることは良いことだと、やがて揃って納得した。

 しかしこの中で、武具のことが分かるのはトゥケロしかいない。彼はオリに弓を提案した。よくしなる木枝と蔓草で、器用にぐいぐいと作製した。

 今のオリにならこれを扱う筋力もあるし、一つぐらい遠距離攻撃の手段を覚えておいて損は無い、とのことだった。


「そうだな。ここから、あそこまでを射ってみろ」

「!?」


 遠い。

 指差した先にある樹を見てオリはひるんだ。初心者が気軽に示されてよい距離ではない。

(いやプラスに考えよう!)


「確率は全て二分の一! 当たるか当たらないか!!」

「ほら見ときなさい、これが馬鹿の理論よ」

「なるほどぉ」


 スライムまでもが頷いた。オリはむっと顔を顰める。


「プラス思考だよ、前向きに考えてるの!」

「そこに自分の運の無さはプラスしたの?」

「なんでも半分こできたら苦労しないだろうな」

「うるさいなぁお前ら! 私の人生に文句でもあるのかよ!!」


 そして勢いよく仲間を振り返った瞬間、うっかり指が放れて、


「「あ」」


 当たった。




 といっても、当たったのはその一回だけだった。オリの秘めたる才能の開花などではなく、完全に紛うことなきマグレであったのだ。

 しかし一番の収穫は、普段通りわいわい出来たことだろう。ミオは抜けたが、それでも喋ることができた。いつものように。

 これは皆が意図して作り上げた結果ではあったが、一番は妖精の尽力が大きかった。自堕落な気のある彼女でも、果たしたい役割くらいなら果たすことが出来た。


 そんなこんなでわいわいやってる時に、その魔物は現れた。


 端的に言うと蜘蛛女だった。

 しかし女というには容貌は人外に近かった。その禍々しい灰褐色の姿は、できることなら避けて通りたいほどだ。鋭い爪の生えた足は、いともたやすく獲物を引き裂くだろう。その巨体に相応しい獲物を。


 警戒するオリ達に蜘蛛女は鼻を鳴らした。


「敵対するつもりだったら、わざわざこんな時に話しかけるものかよ。とにかくさ、私の話を聞いちゃくれないかい?」


 まあ確かに、仲間全員で武器選びに精を出しているところを狙うはずもない。

 オリはとりあえず納得すると、蜘蛛女の話を聞くことにした。


「じゃあまず、私の話から始めようか――」


 といってはじめられた、蜘蛛女の主食があの天使だという話に、オリは


「はあ?」


 と声を上げた。


「あんたも食ってみれば分かる! 他には代えがたいあの味、口にすればするほど溢れる至福感! ……まあ、だからって分けてはやらないけどね」


 陶酔したように語る蜘蛛女の熱意に嘘はなかった。嘘がなければ良い、というものでもないが、とりあえずオリは続きを促した。


「それでね、それをもっと喰いたいって話なんだよ。もっともっと、誰かの手を借りてでも、ね」


 と。落ち着いた口調ながらも、爛々と目を輝かせ舌なめずりをする蜘蛛女に、オリは出来るだけ素っ気なく聞こえるように「ふうん」と呟いた。

 少し、真剣に聞く気がでてきた。

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