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監獄迷宮  作者: ばち公
誰か私に教えてください
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「どうしたんじゃ、変な顔して」


 宴も落ち着いたころ、ずいぶんと減ってしまった食事と飲み物を追加で運んできたミオの両親に、長老は声をかけた。


「ああ、長老。なんかさっき外で変な気配がしてよぉ」

「私達揃って酔ってたから確かではないんですけど、よそ者だと思うんですよねぇ……」


 別階層の者が現れることはあまりないとはいえ、決して珍しいことではない。が、放置しておいて問題がないかと言うとそれはまた別だ。


「あとで偵察でも出すかの」

「父さん、母さん。おかえり。それより次は掛布でも持ってきてくれない?」

「え? なんで――」


 二人がナオに促された先では、オリとミオが丸まるようにして床で眠っていた。

 オリは最近あまり眠れていない、と言っていたが、この姿を見ればとてもじゃないが信じられなかった。すやすやと寝息まであげ、まるで平和な子どもの寝顔である。時おり指先がぴくりと動くため、きっと夢でも見ているのだろう。穏やかな光景だった。


 オリはこの『監獄迷宮』の最下層を目指しているらしい。らしい、というのは、本人がハッキリと断言したわけではないからだ。

 彼女はその決意を、内側深くに秘めているようだった。岩のように固い。きっと誰にも止められないのだろう。


 オリは人間だ。迷宮の外から落とされてきた『落者』だ。ここから外に出る方法を知る者はこの集落にはいない。今までもきっとそうだったろう。彼女はそれを求め、迷宮内を沈んでゆく。

 ソレが本当にあるかどうかも分からないというのに。


「なんとかなんねぇのか?」


 眠るオリやミオを見つめる大人たち。

 ここに留まったらいいのに、と、その中の一人であるナオは強く思う。同じ住処で一緒に暮らしたらいい。


 さっきスライムに、似たようなことを話した。彼は移住先を探していて、この場所を気にったという。

 ナオは住むことを勧めたが、彼は戸惑っていた。一所(ひとところ)に落ち着きたい思いも強いが、オリに付いて行きたいという思いも強いらしい。

 もちろんオリも一緒、とナオはどこかワクワクしながら語ったが、スライムは首(に見える部位)を横に振った。


 オリは恐らく、ここには留まらないだろう、と。


「……」


 それからオリの目的を知って、ナオはそれを止めたいと思った。オリは人間だ。どう足掻いたって魔物よりずっとか弱いし何より寿命も短い、儚い生き物だ。この迷宮の最下層を目指すだなんて、とてもじゃないが不可能だ。


 ここでのんびり平和に過ごしたら一番だろうに。


 ナオは想像する。オリとミオと私、きっとよい姉妹になるだろう。もちろん長女は自分で、どちらが次女かは適当に決めて、きっとそれも楽しいに違いない。

 もちろん、彼女の仲間たちも一緒だ。スライムもいい子だったし、妖精はその態度はともかく、オリには懐いて…というより、心を許しているように見える。


――全員で説得したら、オリも答えてくれるだろうか。


 思いかけて、ナオは首を振る。想像ですらうまくいかない。

 彼女はきっと頑迷にここから去っていくだろう。例え独りきりになったとしても。


 何がダメなのだろう。こんなにか細い身体で、彼女は何処に行けるつもりなのだろう? まるで幽鬼にでも憑りつかれているかのようだ。この暗い迷宮を、何を(しるべ)に進んでいるのか。一体何に導かれていくのか。


 きっとナオがこんな風に不安に、寧ろ歯がゆくさえ思うのは、傍から、客観的に眺めている側だからだろう。

 行動した実際の理由なんて、本人たちにしか分からないものなのだ。説明のためにどう言葉を組み立てたところで、その場の衝動も感情も、本人にしか分からない。


――いっそミオくらいに単純だったらいいのに。


 妹と比較して、そんな風にさえ思う。別にどっちが好きとか嫌いとかじゃないし、どっちもほっとけないことに変わりはないけれど……。


 ナオはやるせない気持ちで、オリの顔を眺めた。柔らかい、毛なんて生えていないに等しいすべらかな肌。器用そうに細い指先。柔らかい爪に、小さな歯と顎。とてもじゃないが、戦いに向いているとは思えない体躯。

 形こそ自分たちと似ているが、しかしよくよく見ればこうも違う。

 しかし。

(人間って……)


「なつかしい」


 ナオが己でも気付かぬうちに、そんな呟きをこぼした、その時だった。  


 大地が、空間が揺れた。


「なんだ!?」

「何が起こって――」


 ただの『地震』と片付けるわけにはいかない。この迷宮が揺れるだなんて、誰が予想できただろうか。


 慌てて外に出た彼らは目撃した。

 天井から伸びる銀。誰しもの目に見える異常。

 音もなく迷宮の天井から現れ出ずる、有翼の人型。

 それは一つではない。

 数種いるそれらは、無数の数となってこの階層を支配する。


 武具を携えた有翼の群れは、目撃者たる彼らに暴力という名の現実をもって降り注ぐ――。

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