2
「いらっしゃい、オリ。俺はミオの父。それでこっちが俺の妻だ」
「いつもうちのミオを面倒見てくれてありがとう」
そうして彼女はその両腕を広げ伸ばし、オリを包み込む。彼女はヒツカというらしい。ミオの母親だった。
オリは戸惑ったように、その柔らかな抱擁を受け容れる。
温かな匂いがした。ふつふつ焼けるパンケーキのような、そんな幻のごときぬくもりさえ感じる。
「……」
その温かさにふと不安を覚えて、オリはそっと身を離した。ヒツカは気にした様子もなく「歓迎するわ」とにっこりし、今度はリューリンやスライムに向かっていった。
オリには記憶がある。
母、父、祖父母、あるいは親族など、彼らに抱き締めてもらった記憶が、愛情を受けた記憶が、あるはずなのだ。暖かでゆるやかな、淡い記憶が。
そのあぶくのような記憶が、彼女の抱擁に掻き消されてしまう気がしてしまったのだ。ぱちんと弾けて、失われてしまうような気が……。
オリは目を伏せる。
(この程度で消えるなんて、その程度だったということか。それとも、ここで過ごすうちに、その程度のものに変容してしまったのか。初めからなかったことになってしまうような、そんな……)
考えながら、己の腕に触れた。
かぼそいが、冷えた石のように固い腕だった。
「あ、それでこっちはナオお姉さんです!」
「ナオ・シュリンカよ。よろしくね、オリ!」
「こちらこそよろしくお願いします」
輝くような笑顔は、ミオよりも少し大人びて見えた。さっぱりとしたショートヘアーが、オリの目に凛々しく映ったせいかもしれない。
ナオはさっと手を伸ばし、オリと握手を交わした。当然の挨拶のようだった。
ミオはそんなことしたことないのに、と少し不思議な心地で、オリは握り返す。厚みのある、大きな手の平だった。
「馬鹿力で握りつぶすなよー」
「わっはっは、言えてるな!」
「そこ、オッサン! うるさいわよ!」
キッと目を険立てて睨んだ先には、他のシュリンカ族がいた。
ここはミオの家の中――ではなく、集落の中心にある集会所である。村中のシュリンカ族が集まって宴会のような騒ぎになっていた。
「ほんとに人間だぁ。なんかいいね、人間って。――ねえ、食べ物の調達を急がない? はやく食べさせないと、この子ガリガリよ!」
「おっ、それ妖精か? 本物は初めてみたぜ。珍しいな。確か普通は、群れで生息してるんだろ?」
「背後のスライム、すっげー震えて残像しか見えてないけど大丈夫なのか? えっ、これで正常? ……そうか」
スライムはひたすら怯えている。
「よく生きてたなぁ、ミオ。お前ほどの戦士がそう死ぬとも思えなかったが、馬鹿だから死んでてもおかしくないだろうって皆で言っててさ。生きててよかったぜ!」
ミオは村一番の戦士といっても過言ではないようで、なかなかの人気者らしい。
しかし彼らのミオの認識は「馬鹿元気で周りが見えない猪娘」らしく、扱いはそこまで良くなさそうだ。
「まーまー、みんな落ち着け! オリさん方が驚いているじゃないか」
そうやって落ち着かない周囲を宥めるのは、長老と呼ばれる白髪の獣人だ。小柄で、村一番の年寄りらしい。
「さて、これから当然宴会があるわけだが、準備に取り掛かる必要がある! さあ、手を貸せるものは外に出てくれ!」
オリも付いて行こうとすると、
「ああ、オリさん方はいいんですよ。まあミオも残りなさい」
「えっ、そんな。私も手伝いますよ、長老!」
「いや、いても大したことできないじゃんお前……」
ぼそりと呟いた誰かに、ミオは素早く回り込んで裏拳をあびせていた。
長老含めて全員、それについては特に言及しない。いつものことなのだろう。
「あと、一応ナオも残りなさい。この辺の案内でもして、時間でも潰しててくれ」
「いいですけど。案内以外に何かすることは?」
「そりゃ……もちろんあれだ……その、あっ! もっと打ち解けるために自己紹介とか! ほら、趣味とか特技とか。互いのことを知り合うのが、何よりも重要なことじゃないか?」
したり顔で頷く長老。
絶対に適当だな、とオリは内心思ったが、「はいっ」とナオが明るく手を挙げた。
「特技は他人を気絶させることです!」
思わず「物騒!」と叫んだオリに、妖精が「いやむしろ安全じゃない?」と返す。気絶で済ますことができるのなら確かにそうかもしれないが。
ちなみにスライムは人見知りもあるのだろうが、恐らく恐怖のせいだろう、先ほどから一言も発していない。というより震えのあまり怪奇現象にすら見えて気色悪い。
「数時間は余裕です!」
しゅっしゅっと軽く息を吐きながら、宙で手刀を切ってみせるナオ。
オリは、
(ミオのお姉さんだなあ)
と血の繋がりにものすごく納得した。
妖精も同じ気持ちらしく、うんうん頷いていた。




