少年とオリがクイズするだけ
階層を移動する途中のこと。
オリが見張り、リューリンとミオが眠るなか、少年がふらりといつもみたく唐突に現れた。
適当に挨拶を交わし、互いに暇を潰すなかで、オリがふと戯れにこんな提案をした。
「何かお話ししてほしいな。眠気覚ましに一つ。だめ?」
まるで断られると思っていない様子で小首を傾げるオリに、少年は微かに笑う。
珍しく女性らしく、また子どもらしい仕草だと感じたためであった。
「小話でも語れってこと?」
「できたら、でいいよ」
少ししおらしく付け足されたが、少年はあっさりと頷いてみせた。
「なら、クイズでも出そうか。一応、昔々の話だよ」
「おもしろい?」
「暇潰しくらいにはなるんじゃないかな」
「じゃ、お願い」
オリはこの世界の歴史なんて知らないため、一瞬大丈夫だろうかと不安に思ったが、まさかこの少年がそんな手抜かりするはずもないため、黙っていた。妙な信頼がそこにはあった。また、久々の娯楽話が本当に楽しみで楽しみで、自身のその感情に水をさしたくなかったというのもあった。
少年は、本でも読むかのように何一つ詰まることなく、淡々と語り始めた。
「昔々、ある国とある国が戦争をはじめました。当然ですが、二国の境にも土地はあって、そこを治める領主もおります。戦争はすでに宣言され、あちこちで小競り合いが起きる毎日。そのうち、その領主の土地でも、自国と敵国の軍がぶつかることでしょう。哀れな領主は、『どうにかして自分の土地を守れぬものか』と毎日頭を抱えていました」
思ったより本格的である、とオリは俄然出たやる気とともに身を乗り出した。
「その解決策が問題? ちがう?」
「外れ。まあ、もうちょっと聞いてよ」
「ちがうか……ごめんね、続けて?」
「しかし争いそのものを避ける名案なんてあるはずもなく、とうとうその日がやってきました。さすがに国境とあって防御を堅めるも、相手ももちろん手強い。辛い数日の後――しばらくして、敵の軍は下がっていきました。しかし思わぬ奇襲を受けたり、畑に火をかけられたり、まあその他諸々あった結果、その土地はなかなかの被害を受けてしまいました。……まあ、戦争なので当然といったら当然だけれど。とにかく、それで領主は困ってしまった。今だけでも辛いというのに、これ以上なんて耐えられない! 情勢を見るに和解もなされぬだろうし、大した道具も金もない。しかし、とにかく手段を問わず、なんとかしてこれ以上の争いを避けられないものか?」
少年はそこで、にこっと口を閉じた。
回答者のオリはというと、傍から見ても分かりやすいくらいウキウキしていた。久方ぶりに祭りに出た子どもみたく、若々しい生気に目を輝かせてはしゃいでいる。
オリはくるくると存外よく働く脳みそをフル回転させ、既にいくつかの回答に目星をつけた。
「えー、なんかそれっぽいね! すごい。ホントにクイズっぽい。どうしよ、えーっと、あ、制限時間とかある?」
「ヒントは捕虜」
「お前ふざけんなよ」
台無しだよ。
オリは真顔になった。
落胆と怒りと悲しみのトリプルコンボに加えて、少年のあまりの度し難させいである。
あらゆる感情がぐちゃぐちゃに、汚いサンドイッチに挟まれたような。もういっそ絶望しきったかのようなオリに、少年は文字通り腹を抱えて笑った。
よじれそうな内臓を抑えているのか、笑い声を抑えようと力を込めているのかは知らない。真顔のまま凄むオリには関係なかった。
「おい」
「だって、あんなにうきうきしてるから」
目尻を抑え、くすぐったそうに笑む姿はあどけないが、今のオリには憎たらしい嘲りにしか見えなかった。というか実際そうである。
分かりやすくコケにして、愉快痛快と笑っているのだから。
「やめてよ、その上げて落とすスタンス……」
「というか、あれで答え分かったんだね?」
「……分かるって思ったから言ったくせに!」
白々しい、と今度こそ真っ当に怒りだしたオリに、少年はまあまあと宥めかけた。
ちなみにその頬は緩んだままだ。
「続きがあるからさ、聞いてよ。君は早とちりしたけど、問題も本当はここじゃなくて少し先にあるんだ」
「お前がっ……! くっ、まあいいや。折角のクイズだし、続きを言って……あ、ヒントはダメだから! 絶対ダメだからね!」
「はいはい」と言いながら少年はまた思い出したかのように少し笑ったが、話を進めるためオリは睨み付けただけで、何も言わなかった。
「どこまで話したっけ」
「ヒントは捕虜までかな」
「そうだね。あ、答えたい?」
「けっこーです! 話、進めてよ!」
「じゃあ、領主が悩んで思いついた方法から。――金も物資もなんにもない場所で、その領主が思いついたのは、捕虜を使うということでした。いくら使っても己の腹の痛まない素敵な資源です。……そして可哀想に、捕虜たちは皆殺しにされてしまいました」
「はぁ……」
「そして、その死体は見せしめに使われました。串刺しの壁や、骨と、まあ他にも諸々……詳しい描写は避けるけど。相手が怖気づくようなことなら、それこそなんだってやりました。武器だけはあったので、方法には困りませんでした。敵どころでなく味方ですら怖気立つ、捕虜の壁が出来あがりました」
「暗い、しかも重い」
「じゃ、お待ちかねの問題です。その領主は死にました。さて何故でしょう?」
「あ、そういった感じ? はやく言ってよね! えーっと、どうしてかなー……」
「早くしなよ」
「なんで既に飽きてんの」
明らかにやる気を失ってしまっている彼に、オリは辟易としてしまった。
「もう一番のメインディッシュは頂いたし、満腹ってかんじ」
「人で遊ぶのやめてよ……」
「ごめんね、ごちそうさま」
にこりと、どれだけ悪意を込めて笑んでも綺麗な微笑の造形は崩れないのだから不思議だな、とオリは他人事のようにそう思った。
「くっ……病気でもない、事故でもない。実は人外説も外れ。すでに死んでた説も外れ、実は領主なんていなかったという訳でもない」
答える回数に制限はなかったため、オリはいくつも案を出したのだがどれも正解とは言われなかった。
少年は気だるそうに手を打った。
「はい時間切れ」
「ちょ、まだ三分も経ってないのに! 質問の方はあんなに長かったくせに!」
「じゃーヒント。その領土には、『武器だけはあった』んだよ」
「武器。あ、爆弾が暴発して城ごと生き埋め?」
しかし、笑いながら「爆弾はないよ」とのこと。
うーん、と唸るオリに、少年はヒントを追加で出してやることにした。彼女が怒らない程度の、ささやかなヒントである。
「武器は鉄」
「鉄? 鉄が採れたってこと? じゃあ、いい土地だったんだね。なんとしても守りたい――あっ」
「――分かった?」
「分かった、かな。多分。でもこれが答えだとしたらちょっと狡いよ、素直すぎるもん」
む、と拗ねたような彼女に少年は笑った。
「もう少し早く分かると思ったけど」
「質問者が少年じゃなかったらね」
「はいはい。他に質問はある? あと三つまでね」
「そうだね、じゃあ――領主を殺したのは、相手の兵ですか」
「その通り」
「敵はお宝――いや、兵達に沢山の褒美を用意した?」
「はい」
「領地は結局敵方に奪われた?」
「イエス。じゃ、答えどうぞ」
オリは溜息を吐いてから答えた。
「『あまりの惨劇に敵方は怖気づいてしまって、戦いどころじゃなかった。しかしどうしても鉄鉱石の産地は欲しい。そこで、元仲間の惨殺体ですら気にならなくなるほどの大量の褒美で目を眩ませて、兵士共を突撃させて見事敵の領主を討ち取った』。――答えるとこれ、本当にそのまんまだね。待ってるのが退屈そうな理由も分かったよ。もう……」
「だから暇潰しくらいに、と言っただろ? 正解おめでとう」
「絶対捻くれた答えだと思ったんだけどなー」
「ある意味で捻くれていた、ということで」
「まあねぇ、うん」
確かにそうだ、とオリは頷いた。わざわざ話してくれた彼相手にそう拗ねていても、しょうがない。
もっと気楽に、適当な感覚で付き合うべき相手だと、彼女は目の前の少年についてそう思っていた。
「ところでそれ、現実の話?」
「そうだね。――昔昔の、今で言う道徳とやらが人間に身についていなかった頃の話だよ。まあ、神話時代の、しかも子孫くらいしか伝えていない小さな小さな物語だから。君が気にすることはないかもね」
「へえ」
と、オリは気の無い様子で呟きをもらすだけである。
――どれだけ残虐な物語であろうと、平然と心に収めることができるように、彼女の内面は変容していってしまっている。
少年はただそれを見守るだけでいい。
それこそ、傍から面白いものを眺め楽しむ支配者、あるいは観客のように。
彼女は彼にとって一等愛すべき主演であった。
「――これはね、大切なものの話なんだ」
「大切なもの?」
「うん、そうだよ。誰にとって何が大切かは人次第ってね。この、欲望しかないような話自体を大切にしている者達もいる」
オリは考えこむような素振りをする。この迷宮のなか、いくらだって出会ってきた者達のことを考えている。
リューリン。ミオ。黒毛の虎。トゥケロ、プリェロ、タンネ、チナ。森と草と川、それぞれの長に住人達。四人組の子ども達。スライム。岩嫌い。ボスと呼ばれるあの獣と襲撃者たち。そして目の前にいる少年と、それからオリ自身。
出会ってきた彼らと自分、そして彼らと自分の大切なものについて。
いくらだって考えは巡らせられる。しかし、答えは出なかった。
睫毛を伏せ、賢者のように黙考するオリの暗い瞳を見て、少年は撫でるような声音で話しかけた。
「そろそろ眠ったらどうだい? 疲れただろう?」
「……うん。そろそろどっちかが起きると思うし、そしたら少し寝ようかな。次の階層までずいぶんと道が長いらしいから、ちゃんと休まないとね」
オリはおどけたように言って、ふあ、とのんきな欠伸をもらす。
彼女は、少年にとって大事な娯楽だ。しかし既に、ただの駒ではないというのも確かな事実である。
「それじゃあ。ゆっくりとおやすみ、オリ」
少年は労わりを込めた柔らかな囁きを残し、そして消えた。
「まだ寝ないけどね。おやすみ――まあ、少年が寝るのかは知らないけど」
オリは雑にひらりと手を振った。
既にその場に彼の姿はなかったが、恐らく今の言葉は届いているだろうと彼女は思った。理由などない。なんとなくであるが、しかしきっとそうに違いないという確信もある。
また一人になり見張りへと戻ったオリは静かに目を閉じ、二人の寝息と、その向こうにある迷宮の闇へと意識を集中させるのであった。




