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監獄迷宮  作者: ばち公
とても大切なものは誰かの背後に伏せている
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凶行2

 現れたのは二人、またもや動物だった。

 穴熊らしき獣と、白い毛並みの耳の立った犬――後者は見たことがある。確か、『草』の住人だったか。ちらりと見ただけなので詳細は知る由もない。


 オリが退いてやると、二人は「先生、大丈夫ですか!」と、ボロ雑巾のようになったそいつに縋りついた。

 オリは正直殺ってしまったかと思っていたのだが、驚嘆すべきことに『先生』は生きていた。おまけにむっくりと上体をおこし、何事かうーうー唸っている。どうやらオリが殴ったせいで、口内が腫れ切ってろくに口もきけないらしい。吐き出された唾液は真っ赤で、歯が一本混じっていた。


「いって、クソが……」


 オリの位置からはそれだけが聞き取れた。血走った眼球が鋭く細まり、ただオリを睨み据える。食い縛った犬歯を剥きだしにして、喉笛を噛む狂想に囚われているかのようだ。


 自分はこの『先生』とやらに何か手でも出したか、なんて思ったが、明らかにこの漆黒の獣に見覚えはない。

 それにしても喝采でもされるべき生命力だな、とオリはひっそりと思った。


「ちくしょう、よくもやりやがったな!!」

「一応聞いとくけど、どうして私のことを殺しにきたの? 今ならちょっと冷静だから、聞いてあげられるよ。うん」


 今のうちに自分の良心にでも道徳心にでも訴えかけてみせろ、とオリは悠々と考える。

 ぐつぐつと煮え滾る衝動は未だ収まっていない、それがマグマのように吹き出すまでの軽い時間潰しであった。


 しかしその態度が敵二人を苛立たせたらしい、凶悪な面構えでぎりっと歯を剥いてみせる。


「この流れの『落者らくしゃ』め、お前が来てから俺たちの階層は滅茶苦茶だ! 何が平和だ、平穏だ! 掴み取るための戦争から逃げて、いや、どいつもこいつも本能から目を背けるようになっちまった!」

「ふざけんなよ!! 俺たちの今までを、ぽっと出の分際で一瞬で踏みにじっていきやがって!!」


 先生が、二人の背後で立ち上がる。

 あのずたぼろの状態で逃げる気なのだろう。本当に丈夫である。

 まあ、追いかける気は、オリにはあまりないけれども。


「そういうことじゃないだろ」

「はあ?」


 オリは武器を構えた。


「大義とか正義とか悪とか人間とか愚かさとか、そういうことじゃないだろ。殺そうとしてきたから殺す。存在が迷惑だから潰す。いずれ命に関わりそうだから先手を取る。それだけだろ」

「何言ってるんだよお前。本当に人間か? まともに対話もできないのか? 生物は理由があるから戦うんだぞ」

「馬鹿、狂ってんだよ。クソ、長もなんでこんな奴を評価したんだ、騙されてやがる。ほら二対一だ、お前も構えろ。殺すぞ」

「なんとでも言ったら? ――やれ、トゥケロ!!」

「任せろ」


 頼りになる短い返答、手本にしたくなるほど完璧な奇襲。

 それからは一瞬である。

 獣二匹は地に伏せ、そして先生は逃げ去った。恐らく、しばらくはオリの前には現れまい。


「私もいたんですよ、オリ様」

「知ってたけど、今回はトゥケロの関係者だからね。ミオ、あいつら縛ってくれる?」

「了解です、わん!」


 ミオがぐりぐりと力いっぱい獣二人を締め上げているのを横目に、トゥケロはくたびれたような表情である。彼もなかなかに気苦労の絶えない身である。

 同情はしないけれど。


「こいつら、『草』の奴らだな。何があった?」

「簡単に言うと、ぽっと出の私のせいで戦争が出来なくて辛い! 殺す! 以上」


 しかし何一つ私のせいではない、ということを、オリはきちんと説明しておきたかった。

 マジで冤罪とかいうレベルじゃない。

 そもそも戦争が出来なくなったのは、あのエスパー四人組(今は三人か)の襲撃のせいだ。そして彼女らが襲撃してきた原因についても、オリは(恐らく)全く関与していないのだ!


――もしかしてトゥケロや長達が遺恨を残さないように、おかしな広報活動でもしてくれたんじゃあないかしら?


 オリが半睨みで見据えれば、トゥケロは肩を竦めただけで、それについては何も言及しなかった。


「……連れて帰るよ。悪かったな、最後まで迷惑をかけた」

「いいよ、別に。ああそうだ、最後にいいかな」


 オリは捕えられた二人を見下ろした。


「あのさ、あの先生って何者?」


 どちらも応えようとしなかったので、オリは片方の脳天にそっと石剣を乗せた。

 そうしてもう一度尋ねると、渋々といった様子で答えが返ってきた。


「先生は……傭われ者だ。俺たちの階層にいたんだが、よくは知らない。下層か上層から移ってきたのかもしれない。別の人に雇われて、それを失敗して行き場がないって言ってたな。――お前に恨みがあるらしく、俺たちを導いてくれたんだ」

「んで失敗と。ちゃんちゃん。……ダッサぁ!!」


 妖精がげらげら笑う。下で膝をついた獣がぎゃうぎゃう吼えるがお構いなしだ。


「あっ、そーだオリ、あのぶよぶよ、あんたに付いてくってさ」

「え? 私に? どういうこと?」


 妖精に顎で示された先には、スライムがいた。楕円に四足歩行の、いつもの格好だ。


「いつからいたの?」

「わりと、前からです。その、オリさんを探しに来たらゴンッて音がして、慌てて来たら、オリさんが……」


 つまり、オリが先生を滅多打ちにするところを目撃してしまったらしい。

 しかしそれでよくこの臆病な生き物が――と思って見つめると、スライムは普段よりずっとハッキリと、


「私、オリさんに付いて行きたいです」


 と言い切った。

 オリは思わず失笑してしまった。


「オリでいいよ。スラちゃん、趣味悪いね」

「あ、あの!」

「なに?」

「ちゃ、ちゃんは、止めてほしいです……」

「ああごめん。もしかして男だった?」

「い、いえ、無性別です! ただなんとなく、女性などの性別を意識して生きてきたことがなかったので、慣れなくって。だから、お願いします」


 初対面時、女性の裸体であったとは思えない発言である。しかしあれは確か、ただオリに合わせて体を作り変えたというそれだけだったか。


 とりあえず彼女――いや、彼か。まあどちらでもいい。スライムの呼び名は後ほど考えるとして。


 今は、トゥケロとの別れの方が重要だ。


「というわけで、この子は私たちが連れてくね。今までありがとう、トゥケロ」

「いや、こちらこそ。オリには本当に世話になったな。楽しかったよ」


 トゥケロが目元を柔らかく緩める。彼はそこそこ笑みを見せるタイプなのだが、それでもこのように穏やかな表情は珍しい。


 オリも釣られるようにして笑った。

 すると心がそよ風でも吹き抜けていくかのように軽くなって、まるで生まれて初めて笑ったような心地であった。


「私も、楽しかったよ。……お別れって何言ったらいいのか分かんないね。改まっちゃうというか」

「いや、もっと気軽に考えたらいい。今後、再会できるとも限らないんだ。なんでもいい、最後に言っておきたいことはあるか? 俺にでも、こいつらにでも、なんなら言付けでもいいが」


 言いたいこと。そうだな、とオリは少し考える素振りをしてから、ぽんと石剣を己の肩に置いた。


「私は何も悪くない。私をキレさせた奴が悪い」


 何もこいつら二人や、先生だけじゃない。

 それは、オリがこの場に今こうして存在している原因をつくったあらゆる要素であり、全ての存在である。

 そっとオリは上を仰いだ。つまらない単一なだけの天井しか見えなかった。


「うーん、そういうことだね」

「そうか。頑張れよ。遠くからだが応援している」


 そうして二人は握手をした。

 トゥケロの、オリの両手程度には大きな手の平はざらついている。

 かたく、力強い握手だった。

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