スライムといっしょ
とりあえず不審者から話を聞きだしたところ、
「なにやら気持ちの悪い生物を、オリ達に追い払ってもらおうとした」
らしい。
そこで同族のフリをしてオリに近づき、仲良くなって、頼みを聞いてもらおうとしたとかなんとか。
一人でいるときを狙ったのは、他の仲間が少し強面に思えたからであるらしい。
トゥケロもそうだが、特にミオは衣服に血痕がこびりついていたから一層恐ろしかったという。
「なんか前もこんなことあったぞ。その時頼まれた相手はなんか虎だったけど、今回はなに?」
オリが尋ねると、名も無いらしいスライムはびくっとその身を震わせた。今は楕円球から四本脚の生えただけの、動物もどきの姿をしている。
「あの、その、」
とスライムはそこかあどけなさの残る、可憐かつ中性的な声でたっぷり躊躇ってから、やっとまともに口を利くのだった。
「あなたにそ、そっくりな、そっくりなんです。だからあなたに追い払ってもらおうって、」
「気持ち悪いってか?」
「ちち、違うんです。あなたは人間ですけど、あいつは人間じゃなくて。いえそれより、ずっとずーっと、壁をガリガリガリガリしてるんです。洞窟にいるんですけどね、それが気持ち悪くて、不気味で、不審者ですよ!」
現在成猫ほどのサイズであるスライムは、その感情に合わせてふるふるっと透明なその身を震わせた。
オリはゼリーとかプリンとか、ああいったものが物凄く食べたくなった。
「鏡みたらぁ? あんたも不審者よ! 不審スライムよ!」
「えっ、私ですか? な、なんで? なんで不審?」
スライムはおどおどっと妖精から距離を取るように後退りしたかと思うと、真後ろのトゥケロに気付いてすぐぴゃっと悲鳴をあげ跳び退った。吐かれた火で蒸発させられてしまうと、彼のことをよっぽど恐れているらしい。
一人で忙しそうなスライムにオリは溜息を吐くと、地面を軽く叩いて近くに呼び寄せた。
とりあえず彼女(?)には、色々と説明しなければならないらしい。
「えーっと、まずね。頭がまともな人間はすっぽんぽんで見知らぬ人にこんにちはなんてしないんだよ。お風呂とか、それ以外にはね」
「じゃああなたは、ずっとそれ――服に包まっているんですか? その、それ、同じの? えと、き、汚くないんですか?」
「汚いよ! 水があるときは洗ったりすんだけどね。下着だけ洗ったり上着だけ洗ったり、うまくローテーションするとぎりセーフな感じでいられるからおすすめ」
したり顔で語るオリに、スライムは己の感じた衝撃を表すためその身を一度震わせた。
「そんなに脱がないんですか?」
「第二第三の皮膚ってかんじ。寧ろ表皮。あるはずの表皮が無い同族がいきなり現れたら、かなりびっくりするって分かるでしょ? そういうこと」
オリは割と適当に説明をしたのだが、「はあああー」とスライムは感嘆の息を吐いた。
スライムは文字通りスライムであるが、人間のように表皮のある生物が、それ無しでは生きていけないことくらいは分かる。それはつまり中身、肉や血管が剥きだしになっている状態なのだろう。
そして自分はそんな姿を、目の前のオリいう娘に晒してしまったらしい。
「化け物ですね」
「化け物なんてもん今さらだけど――まあ、身に着けるべきものを身に着けてないってだけだから、そこまでじゃないけど。今度から人間に化けるときは気をつけてねっ」
オリに合わせて、スライムも「はいっ」と元気よく返事をした。
――なんなんだ、この生ぬるい掛け合いは。もっとこう尋問さながら、殺伐としてしかるべきではないのか。
いの一番に耐え切れなくなったのは、当然のごとくリューリンであった。
呆れてちらと様子を見れば、トゥケロもなんだこの茶番は、と言わんばかりの目をしている。
そしてリューリンは己の役割を把握した。
――ここは自分が一石を投じるべきだろう。ダイナミックかつデンジャラスな一石を。
ほくそ笑んで口を開こうとした瞬間、ミオに押さえつけられた。そしてしっと黙るようなジェスチャーをされる。
「何よ犬、邪魔なんだけど」
「こういう時のオリ様には、素直に任せておくべきですよ」
知ったような口を、と妖精は唇をひん曲げる。
……しかしミオの言う通りで、オリはそのままスライムとぺらぺら喋りながら、するすると情報を引き出している。
「ふんふん、その変なヤツは有名な引きこもりさんなんだね。壁を削ってるだけだから、誰も近づかないと。スラちゃんも大変だね、苦労してるんだ」
「そうなんですー。皆ほっとけ、ほっとけって。でもあいつ、そのうち外に出てくるんじゃないかなって思っててぇ。そしたら私が今いる、じめじめ穴にも来るんじゃないかなって、怖くって怖くって」
「スラちゃん一人暮らしなの? そりゃ怖いよ。えらいねぇ」
「はい、独りぼっちなんです。だってみんな強いし暴力だし怖いじゃないですかぁ。誰にも会いたくなくって、でも、私の家が取られたらどうしようって思って……」
「うんうん、スラちゃんは勇敢だよ。私みたいな奴によく立ち向かった。私だったらできない。そうだ、それとさ……」
リューリンは未だ自分を鷲掴みにするミオを見上げた。
彼女はオリを見てにこにこしていたが、リューリンの視線に気付くと、ふんと鼻まで鳴らして勝ち誇った表情を浮かべた。
「オリ! こいつ! 殴れ!!」
「ひぃ!?」
「落ち着いて落ち着いて。これはなんというか肉体言語というか、私たちにとってはただの挨拶みたいなものだから。ね? えーっと拳を交えて話し合うというか。あれだ、おふざけみたいなもんなの! ただの冗談、じゃれあい」
「じゃ、じゃれあい、ですか?」
訝しげなスライムに、オリはへらへら笑いかける。
「ほんとほんと。じゃんけんっていう遊びもあってね」
「じゃんけん……?」
グー、チョキ、パーとオリは手を動かしてみせる。
グーはチョキに、チョキはパーに、パーはグーに勝つという至ってシンプルなルールだ。
「これはえーっと……それぞれ拳、目潰し、平手を表してる。うん。ほんとほんと。オリちゃん嘘つかない。でもこれは喧嘩じゃないでしょ?」
「はい」
「ね、こういう遊びなの。こんな感じでさ、私たちにとっては戦闘とはつまりなんというか、えーっと、挨拶というか娯楽的な、そういうもんだったりするんだよね。うん。オッケー?」
「蹴りはないのか? 頭突きは?」
「足じゃんけんが別であるから」
物騒な質問をしてきたトゥケロだが、じゃんけんを気に入ったようだった。帰ったら流行らせよう、と満足げである。
「物騒だけど、そんなに怖がることないんだよ。スラちゃんは優しいから、そういうのが苦手なんだよね?」
「……た、体内にはいりこめたら私だって強いですよ? 多少の生物ならイチコロです。でも、でも、そういうのって汚いじゃないですか。生物によっては体内環境もあれであれですし。これは中に入って大丈夫なのかな、とか気にするとなかなか……」
「へえ、知的だね。そういうの、詳しいの?」
「うーん。なんか知ってるんですよね。たぶんスライムの本能だと思います!」
ぴょんとスライムは跳ねてみせる。他のスライムに会ったことがないので、オリとしては納得するしかなかった。
少し、不思議に思ったのも事実だが。




