三つ巴崩壊編
長年続いた領土争い等による疲弊から、『草』『森』『川』は以前、友好条約を締結した。
しかしそれは文字通り友好を結ぶというよりも、ただ非戦闘に重きを置いたものに過ぎなかった。
お前が殴らず俺も殴らず、俺は出ないぞお前も出るな。外ばかりでなく、領土の内側に目を向けていこう――そしてそのために、互いには無関心を心がけていこう。それはそういった方針で打ち立てられていた。
しかし先日、謎のエスパー四人組が――大外からの脅威が認められたことから状況は一転。緊急に開かれた会議により、新機軸が打ち出された。
いわば『草』『森』『川』、三集落による協力体制だ。敵の敵は味方。自分たちの階層が丸ごと狙われているというのに、争っている場合ではないというわけである。
つまりあの四人組の策が、まるきり逆に働いてしまったわけだ。
関係悪化どころかむしろ今までならあり得なかっただろう、互いの密化に加速をかけてしまったのである。
「ざまあああああ!」
鬼畜リューリン歓喜の舞。
そう、正にここからも分かる通り、この動きには相手をを煽るという意図が含まれていた。動いた結果、こうも正反対の結果を出してしまった四人組の反応を確かめようというわけである。
暴挙に出てくれたらそこをおさえればいいし、諦めて出て行ってくれればそれこそ万々歳。
みんな協力し合うようになって争いも終わり、さあ仲良くしていこう、ということで締められる、めでたしめでたしのハッピーエンド――――とは、当然ながらいかなかった。
煽られたのは、なにも四人組だけではなかったらしい。
「うおおおおおお!?」
「うわあああっ!! ぶないなぁ、もう……」
オリが咄嗟に殴りつけたのは、以前『草』で見かけたことのある山羊男だ。あのトゥケロを執拗に狙ってきた奴らの一人、そして今こうして騒ぎを――暴動を起こしている奴らの一人でもある。
そう、煽られた者は、三集落の中にも存在した。
友好なんて認められないと主張する、互いに対して未だ恨みを根深く持つ者たちである。彼らは反協力体制を掲げ、あちこちで暴れ回っては騒ぎを起こし続けている。
協力の第一歩として村同士行き来しやすくしたのを、逆手に取られてしまったのだ。
「当然予想していなかったわけではない、んだが、それよりずっと数が多い。恐らく、何者かが焚きつけているんだろうなぁ」
そう語ったのは『森』の長だった。
交流が増えれば諍いも当然増えるだろうと予想し、ある程度監視の目を光らせるようにしたのだが、それも追いつかない程なのだという。
何者かというのは、十中八九あの四人組の手の者だ。例えばプリェロを襲おうとした黒ずくめや、あの未来の新郎こと明らかスパイ野郎である(さすがに後者には現在進行形で監視が付けられているらしいが、前々から準備していた可能性も否めない)。
もしかしたらこれこそが、あの四人組の望んでいたことだったのだろうか。偶然などではなく。
「目的を堂々と語ってきた時点で怪しむべきだったかな?」
「確かに、そうかもしれません。……すこし、疲れましたね」
三人は暴漢らの対処を手伝っていた。主に『森』の周辺からはじまり、今はもう、どこまで来ただろうか。『川』に近づいていないのは確かだろう。
何度か戦闘をこなしてきたため、全員くたびれている。
ミオが汗をぬぐうと、リューリンが「ほいさっさー」と請け負って幻影を作りだした。うねうねと空気を滲ませながら出てきたのは、どこか色味が薄くなったようなミオとオリだ。
できあがったそれが仁王立ちするのを見届けると、離れたところにある繁みの裏へそっと、潜むように座りこんだ。
少しぐらい休憩したってバチはあたらないだろう。
「そんでこれからどうするわけ?」
「どうって……この争いを止めるしか」
「それをどうするかって聞いてるんだけど」
「あの四人組を直接たたく?」
「だーかーらぁ、どうやって探すのよ! あいつらテレポートまですんのよ?」
「知らないよぉ!」
面倒事に巻き込まれいたく不愉快そうなリューリンに、オリが思わず声を荒げる。疲れているのは皆一緒だった。だいたいこういう時にしか気は一致しないのだが。
ミオも、「うちほどではないですけど、広いですもんね、ここ……」と溜息をつく。最近聞いた話によると、ミオの暮らしていた階層はここよりよほど広大で、なんと崖まであるらしかった。
三人が何一つ浮かばない打開策にそろって溜息を吐いていると、木々の間を縫うように飛んでくる一筋の影があった。
地面を滑るようにして現れたのはトゥケロだ。若干焦げついたような、擦れたような跡が体のそこここに見受けられるが、まあ、いたって元気なようだった。
再会早々眉根を寄せて、嫌味を飛ばす程度には。
「お前ら、こんなところで何してる? 元気そうだな」
「フン、そう見える? 働いてへとへとなんで、体力回復してたところよ」
「トゥケロこっち来んなよぉ、さっきからめちゃくちゃ狙われてるくせに」
「村の奴らを狙わせるわけにもいかないだろう」
「一理ありますよね。平然としている理由は不明ですけど」
珍しくミオが意図的に嫌味を言った。
出番をとられたリューリンは口をつぐみ、トゥケロは肩を竦め、オリは本日何度目かも知れぬ溜息をついて、それから逃げた幸せを追うように息を吸った。
「恨まれてるのは知ってたけど、いったい何したの?」
「暗殺ぐらいしかしてない」
「殺人は完全にアウト、常識的に考えて」
暗殺以外にも色々やらかしたのだろうな、とどこふく風なトゥケロを見てオリは思う。
『森』での彼は汚れ役のようなものだ。
村長や周りが身を綺麗にしておくために、彼の存在は必要不可欠。『草』や、ついでに『川』から厭われ、嫌われ、こういった隙に命を狙われるのも当然のことだった。
「でも、それに巻き込まれるのは納得いかない」
「なんのために衣食住を不具合なく提供してきたと思っているんだ、こういったときのためだろう」
それはまあ薄々気づいていた。
『草』への使者にされた時点で隠す気なんてさらさら無かったのだろうから、さすがに察する。
「……まあいいか」
恩人でも捨て駒でも切り札でも、とオリは心の中で付け足す。どれも今となっては一緒のような気がした。
「で、何の用?」
「頼みがある。――例の放火魔四人が、この混乱に乗じて現れたらしい。さっき目撃情報がはいった。他の奴らは無視しても構わないから、とにかくそいつらを叩いてほしい。――この笛を吹けば、救援も駆けつける」
「たぶん逃げられるよ。消えるんでしょ」
「かもしれない」と頷くトゥケロに、ダメじゃんと諦めムードのなかでリューリンがぼやく。
透明化しているだけなのか、瞬間移動的なものなのかは知らないが、さすがにそんなことをされては追う手段なんてない。
「だが、奴ら、なにやら焦っているらしい」
「――焦って? 何に?」
「分からん。だが、奴らの目的がこの地の確保だとすると――」
「チャンス?」
ゆっくり頷く。
なるほど、確かに逃げる可能性も低いだろう。彼女らの目的は、この地から住人を追い出すことなのだから。
それならば、速攻をかければいける、かもしれない。
こちらには突撃隊長ミオもいるし、幻術で相手を攪乱できるリューリンもいる。この二人の組み合わせは、奇襲にはもってこいなのだ。
オリはそれから、自分だって、まあ強くはないが物凄く弱いわけではないし、逃走を阻むための壁くらいはできるだろう。不本意だが。と考えた。
「了解。すぐにでも移動した方がいいよね」
「ああ。……すまない。世話になるな」
トゥケロはそう言って、いつもより特段丁寧に、深く頭を下げた。この地で、もうすでに何度か見た光景である。
これは自分を、自分の立場と完全に同一化させてしまっている彼なりの、精一杯の誠意の現れなのだ。
トゥケロは悪い奴ではない。面倒見は悪くないし、冗談にもつきあってくれて、律儀で、ついでに子どもにいちいち飴までくれてやるような男だ。
そして、彼は本当に、自分の住む村を愛しているのだ。いい人になってみせたり悪い人になってみせたり、色々と忙しく見えるが結局のところ、この男の根本はといえばそれだけなのだった。
だから、正直な話彼について思うところは多々あったが、心底憎むことはできなかった。
「いいよ。協力するって、言ったでしょ。――わざわざ二回もね」
流れで言わされた一回と、言わされたのではないのが一回と。
こんなときになって後者を忘れてしまっているらしいトゥケロに、オリが悪戯めいて笑いかけると、彼は目をかるく見開いてから、ふっと口元を綻ばせた。
「――ああ、そうだったな」
いくら名残惜しかろうと、さすがにこの状況でいつまでもほのぼのしている訳にはいかない。
「別の用事がある」と去っていったトゥケロと別れたあと。任務達成のため真面目に移動してきたオリたちは、木の影に隠れて耳をそばだてていた。
子どもの声がする。プリェロのものとはまた違う、澄ました声に、口調はともかく、大人のようにこなれた喋り方。
あの四人組とみて間違いないようである。
「――ここを一気に焼けばいいのよね。ああ、でも、やっぱり勿体ないわよ!」
「しかたないわ。ルニャのやつ『視た』でしょ。時間がないんだもの」
「分かってる、分かってるけど、でも――。……いいえ、なんでもないわ。さっさとやっちゃいましょ」
「あなたの気持ち、分かるわよ。ヘレン」
「当たり前でしょ、メイヤ。――フライヤたちが戻ってくる前に、終わらせちゃいましょ?」
と、エメラルドの髪飾りをした緑の娘が首を傾げ、ルビーのイヤリングをした赤い娘が深く頷く。
(赤のルビーがメイヤ、緑のエメラルドがヘレン。青か黄がルニャかフライヤ――と)
話の内容はいまいち掴めるような掴めないような、それにしても四人揃って名前の覚え辛いったらない。
おまけに、そんなきらびやかな見た目とは裏腹に、本当に物騒な子どもたちだ。
しかし自分たちの世界にうっとり入りこんで周りに気をつけられないのは、可愛らしいと言えるかもしれない。
もう少し時間をあげたいような気持ちもあったが、さすがに火をつけられては敵わないと、オリは目線でリューリンに合図した。
相手がどうであれ、邪魔になるならばさっさと取り除くべきだろう。
オリは淡々とそれだけ考えた。
少し前まで小動物どころか、道端に転がる虫の死体にでさえ後ずさりするか驚いていて避けていた者の思考回路とはとても思えないが、彼女の脳は全く自然に、それだけの思考を処理したのだった。




