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監獄迷宮  作者: ばち公
三つ巴☆パラダイス~三つ巴崩壊編~
19/74

 ごおっと唸りをあげ猛る炎が、また一本の大樹を飲み干すようにその身へ取り込んだ。散る火花は橙から紅蓮の赤へ(いろどり)鮮やか舞って目を楽しませる。

 風吹かぬとはいえこの閉じられた空間だ、軽度の火災とはいえさも悪魔のごとき脅威である。

 方々からあがる悲鳴と、虫のように集っては散らばる彼らの姿は、上空(・・)から見下ろすだにどこか滑稽だった。


「あっははは! 燃えろ燃えろーっ」

「さっさとここからでていけーっ」

「でていけーっ」


 幼く、高い笑い声がころころ転がる。そっくり似たそれらは四重に重なり、それを出す主らは鏡合わせのようにその手を重ねている。

 似ているのはその声や小さな手のひらだけではない。その顔も声も服装も、まるで型から作られたようにそっくりだ。

 ただその代わりに、他者と異なった一部分がかなり目立つ。各々が身につけた宝石細工の装飾品と、その身に纏う原色鮮やかな色だ。

 そのカラフルな四人の中の一人、赤を身にまとい、大ぶりなルビーのピアスを耳につけた少女が、くつりと咽喉をならした。


「ああ、ここまで大きな悪戯(・・)ははじめてよ! ほら見て見て、みんな逃げまわってる!」

「はいはい。でもメイヤ、いい加減透視能力(クレヤボヤンス)切ってよ。下で逃げまわっている奴らを眺めるのも、そろそろ飽きてきちゃったわ」


 退屈気にそうこぼすのはエメラルドの髪飾りをつけた少女だ。メイヤはさして気にした様子もなく繋いでいた手をほどくと、「はいはい。ヘレンって結構短気よね」とおどけたように肩をすくめた。


「なによ。別に誰も変わらないでしょ」


 ぷうっと頬をふくらませるヘレンの横で、「うーん」と小さな体で背伸びするのはイエロートパーズのブローチをつけた娘だ。


「はあーあ。それにしても歯がゆいわね。どいつもこいつも燃やして炙って焼き尽くしてェ、ぱーっと一掃できれば楽なのにーっ」

「もう、フライヤったら。それでこの素敵な場所がぐちゃぐちゃになったら意味ないじゃない。あくまでその下で蠢いてる奴らを追い出すだけ(・・)にしないと――じれったい気持ちは分かるけどネ」


 ルビーのメイヤがくすくす笑う。トパーズのフライヤも同調し、それを映したようにくすくす笑う。

 そんな彼女らの会話を聞いているのかいないのか。神秘的なラピスラズリのネックレス、首にかけたそれを眺めながら、四人のうちのもう一人――ルニャはぼうっと呟く。


「――でも、時間が無いのも事実よ」

「……うん」


 その言葉に、皆が同時に頷く。全員がぎゅっと口を閉ざしたのを見て、ルニャは言葉を続ける。


「折角見つけた、安息の地。四人全員が、やっと、ここなら……って思えたところ」


 命息吹く豊かな森、きらきら光る一筋の清らかな川。

 そしてなによりあの、すっと広がる平原だ。感じるはずもない風の流れが、あるはずもない夕焼けが、朝焼けが、夜の声が。今にも語りかけてきそうな、あのすこやかな草原――。

 彼女らが思い浮かべる光景は、思いは、一つだった。

 それもそのはず、だって四人は等しくあらねばならないのだから。


「大丈夫よ。だってわたしたち四人そろったら無敵じゃない。なんたって、不撓不屈のエスパー四姉妹よ」

「そうね……そうよね。こうしてわたしたち四人、ずっと手を繋いでいましょうね」

「ふふふ、当たり前じゃない。ね?」


 豆一つないまっさらな手のひらを互いに添えて、確かめあうように握りしめた。

 作り物めいた小さな手のひら。どれも温かい気がした。どれも柔らかい気がした。

 遠い昔、彼女らに触れたあの手のように。




「そうだな。子どもで、ちんちくりんで、どれもそっくりな顔をしていた。あと、色は違った」


 以上が襲撃者たちについての目撃証言だった。

 リザードマン風の男に、キリッとした顔で説明されたが、分からないものは分からない。

 結局、別の目撃者(目が大きく頬がふっくらした鼠のような外見)にささっとイラストを描いてもらった。見たものをほのぼのと和ませてくれる、絵本のような絵柄がかわいらしい。


「うまいもんねぇ」


 二頭身の女の子が四人、お人形のようにならんでいる。

 全員、風船のように裾が膨らんだドレスを着て、嘘みたいに巨大な帽子を被っている。


 彼女らの色はそれぞれ、けばけばしい赤、紫っぽいしけた青、すすけたような薄い黄、草の汁のような緑――らしい。

 やけに悪意を感じる説明だが、現状を鑑みれば当然のことだろう。オリはそこだけぽっかり穴が空いたかのような、煤けた大地を見つめながら苦々しく思った。

 しかし見る影もなく灰ばかりが積もった現状をみるに、それほどの火を放たれてこの程度の損害で済んだのは奇跡である。それともなにかしらの意図を含んでいたか……。


 リザードマンはぼんやりとするオリをよそに、そのイラストを手に取ってうんうんと満足げに頷いた。


「な。俺の説明もあっていただろ?」

「うん、まあ……この子達ってみんな、その、人間なの? 私みたいな」

「それっぽかったが……それにしちゃ頭身がおかしいし、目玉もやけに丸っこくてぎょろぎょろしてたから、たぶん違うんじゃないかなぁ。まあ、新種の人間かもしれないが」

「うーん、新人類か……。なんかもう古い言葉だね」


 特番かなんかでちょいと耳にしたことがある、昔はやった単語だ。新なのに昔とはこれいかに。

 まあ、そんな与太話はともかく。


「えーと、四人が突然(・・)宙にあらわれた。そして一斉に炎を操って周りを焼いてしまった。そしてあっという間にその場からいなくなった、と」

「あってるあってる」

「うーん、なんじゃらほい」


 事態を進展させるきっかけになるのか、より混乱させる原因となるのか。


「わけわかんないよぉー、その子たちはいったい何しにきたの? 本当に黒幕なの? それとも新たななんかなの? 通りすがりにちょっかいかけに来ただけなのー?」

「さあ……本人に聞かないと分かんないわぁ」


 情けなくも一気にだらけ始めたオリに、もっともなことをリューリンが呟いた瞬間、ひょいと手を挙げた者がいた。

 先ほどやたら小ざっぱりした目撃証言を述べてきたトカゲ男だった。


「俺聞いたぞ」

「ナイス! 天才! で、どうやった?」

「『何の用なんですか?』って聞いたら、『とっととこの階層から出ていきなさいよー!』『ココは私たちのものよー!』とか火炎放射しながら言ってた」

「お前さっきからすげーな」


 仕事し過ぎだ。裏声は気持ち悪いけど。


「俺、炎とかきかねーもん」

「すげーな爬虫類」


 感嘆しっぱなしのオリに意気揚揚と胸を張っていたその男だが、『爬虫類』という言葉には眉、は生えていないためそれにあたる部位を顰めた。


「爬虫類じゃなくてドラゴンだよ、ドラゴン。知らねーの? だいたい、トゥケロさんも俺とは見た目違うけどドラゴンだぜ」

「ぶーっ」


 オリは茶を飲んでもいないくせに吹きだした。「きたねー」とドラゴン野郎はぼやくが、それどころではない。


「どっ、ドラゴンとか存在……! ……するか……」

「何こっち見てんの? 唾飛ばさないでよね。汚いから」


 白んだ目付きでこちらを見下す妖精を見て、オリは再び腰をおろした。


 まあこんなクソフェアリーがいるのだからドラゴン(仮)の一匹や二匹いてもおかしくないだろう。日本人にとってはどちらも大差ないほどファンタジーな生き物だ。他国の人にとってどうかは知らないが。




 好き勝手言って満足したらしいドラゴン野郎と、ついでに絵描きの鼠は帰宅した。


「つまり……」


 襲撃者四人組を黒幕だったとする。

 彼女たちの目的はこの階層を自分たちのモノにすること。そのため、『森』『草』『川』を争わせようとした。争わせるというより、そのごたごたの中で、住人達を追い出そうとしていた、の方が正しいかもしれない。

 プリェロが襲われたのも、その争いの引き鉄にするため。

 そして、あの黒覆面とか明らかスパイ野郎とかは、あの四人の仲間の可能性が高い。


「……浅いまとめだけど、まあ、こんなもん?」

「まあ、そんなもんだろうな」

「!? お、おかえりトゥケロ……」


 いつの間にいたの、ドラゴン(仮)忍者。


「あれっ、ミオは?」

「ただいま戻りました。オリ様おみやげですよー! 新鮮ぴちぴちのお肉ですよー!」

「わーい肉だ肉だー。おかえりミオ、……」


 なるほどピッチピッチしていた。

 なんだろう、紫色のソレは……不細工なサンショウウオだろうか? 湿り気あるボディ、ぶあつい瞼に覆われた濁ったおめめ。

 ミオとの戦いの末におったのだろう傷からは、身体よりも幾分鮮やかな、いわばピンク紫色の血が流れている。


「どうかしました?」

「いや。ミオ、それ全部食べていいよ」

「もう、好き嫌いはよくありませんよ。ちゃんと食べないと体壊しちゃいますよ」

「……」


 オリはもう一度それを見た。ミオに尻尾をつかまれてピチピチ暴れるそれを。やけに細長い手足を振り回し、宙を引っ掻きまわすように暴れている。

 その度に血しぶきが飛び散るのだが、それに合わせてオリの食欲もどこかへ胡散していく。


「あ、生がダメなんですね。パパッとお料理してもらってきます、少し待っててください!」

「……」

「よかったな。一生懸命狩りして、やっとあれを捕まえたんだ。煮込むと結構美味いぞ」

「うん……」


 こいつら揃って私のことを嵌めようとしてるんじゃないかとオリは一瞬思った。


(いや、ミオに限ってそれはない――)


――と、そんな風に彼女のことを心底信頼しているらしい自分の本音にこそ、オリは動揺した。咄嗟の思考だが、そんなものだからこそ真実が混じっているのだろう。

 しかし予想していたほどの抵抗感もなく、さりとて啓蒙されたほどの感覚かと言われればそこまでのものでもなく。


 なんと例えようか、軒下に猫がいると思って覗きこんだら狸がいた、そんな間抜けな、いささか拍子抜けしたような心持ちだった。

……よく分からないが、まあ、悪くはなかった。


「どうかしたのか?」

「い、いやなんでもない! なんでもない。えーっとね――」


 ミオが、例の獲物をどこかに置いて戻ってきた。オリは少し口をもごつかせ、一度深呼吸する。嬉しいような恥ずかしいような、なんだかむず痒い気持ちだった。


「とりあえず黒幕も分かって、これからどうするつもりなの?」

「本格的に、村同士で協力を組むらしい。今までの名ばかりの友好条約とは違う。……さすがに、よそ者に好き勝手されるわけにもいかないからな」

「じゃ、敵の目的とは真逆の方向に進むわけだね」

「ざまあああ」

「一応な。それで相手を煽る意図もある」


 「煽るねぇ」とオリがぼやく。すると、

――それだったらこの妖精に任せておけばいいのでは? とミオが目線で提案してきた。

「ざまぁざまぁ」とやけにテンションが上がっているリューリンを一度見てから、

――気持ちは分かるが口に出すなよ。オリが眉を下げて首を振ると、そっと頷きが返ってきた。


 無言の会話が成立して、オリはそっと一人学んだ。

 単純な話だが、変に拒絶しなければ、それだけ互いの理解が進むらしい。

エスパー四姉妹

ルニャ:紫っぽいしけた青。ラピスラズリのネックレス

フライヤ:すすけた薄黄色。トパーズのブローチ

メイヤ:けばけばしい赤。ルビーのピアス

ヘレン:草汁のような緑。エメラルドの髪飾り

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