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監獄迷宮  作者: ばち公
三つ巴☆パラダイス~三つ巴崩壊編~
18/74

「じゃ、おじゃましましたー」

「またいつでも来てね、待ってるよー!」




「気に入られたな」

「うーん」


 喜んでいいのか分からない。

 振り返ると、電波イカはぶんぶんと腕(触手)を振り回していた。動きが奇妙だが、バイバイしているらしい。

 かるく手を振り返してからそのまま階段を上り続けると、このドームから出ることができる。


 そこでは、見張りと称して待機していたミオが、オリ達を待ち構えていた――のだが。


「ダウトォー!!! それダウト!! ダウトです!」

「……」


 ぺらっ。

 小さな手がカードをめくり、ハートの6があらわれた。といっても、描かれているのはハートと、ただの六本の線である。

 そしてそれが意味するのは、哀れミオの撃沈。


「ガッッッデム!!!」

「何やってんだお前」


 まずつっこんだのは妖精リューリンだった。全身全霊で叫するミオを、ゴミでも見るような目で見下している。

「あら?」と頭を抱えたまま振り返るミオは、二人の『川』の住人とともに、オリ手製のトランプを囲んで円を作っていた。


「あ、おかえりなさーい。オリ様、見てください。今ダウトやってたんですよ」

「オリ、あんたまた変なこと教えたのね」

「む、変じゃありません。娯楽の一種ですよ。全力でダウトォォォ!! と叫び虚偽に対する神の怒りをあらわし、ガッデム!! でその神の失態と権威の失墜を同時にあらわす趣深いゲーム、それがダウトです」

「オリ、あんたまた適当なこと言って。馬鹿はウッカリ信じちゃうのよ」

「いやちがうよ、リューリン。私はこのまま迷宮内に一大トランプムーブメントを引き起こし、全争い事がトランプで解決されるようにしてみせる! そして最終的には、暴力のない平和な世界をこの地にもたらす!!」


 宣言しながら、オリは自分で作ったつたないトランプを手に取った。ハートやクローバーなどの模様と、アラビア数字代わりに、その数の分だけ線が引かれている。

……粗い紙質とそのうすっぺらさのせいで、透かせば数字や模様を見ることもできそうだ。粘着剤を探して二枚重ねにしてみようかしらと思案しつつ、ミオを振り返った。


「どうよミオ、楽しかった?」

「はい! ひたすら手札が増え続けて困っちゃいましたけど、それでもとーっても楽しかったです!」


 どっさり溜まった手札にはコメントするべくもない。

 それでも表情は満足げにほくほくとしていたので、こちらとしても嬉しい限りだ。


「ほら、テストプレイヤーも大満足。案外いい考えだと思うんだけど、ダメかな。トランプで迷宮平和」


 しっかりした回答をくれたのはトゥケロだった。

 数秒考え込む素振りをし、オリの考えをきっぱり切り捨てた。


「……ゲームや娯楽性がどうこうよりまず、手が翼で使えない、暗い川底に潜んで視覚を用いない、紙をつい食べてしまうなど色々いるからな。そのトランプ自体が通用しないことも多い」

「ああ、確かに……そっか。そうだね……」


 ぽろりと目からウロコ。なるほどその発想はなかった。


 この世界にも大分慣れてきたと思っていたが、まだ自分の常識と摺り合わせられていないらしい。些細なことだが、どうしてもズレが生じてしまう。とっとと馴染んで常識だか感性だかをこっちのものと統合してしまいたいものだ。


「だいたい、何がダウトなのよ?」

「もう、ちゃんと聞いてくださいよ。これはカードゲームで推理力とですねー、洞察力とですねー、あとなんだっけ……?」


 力説するミオを余所に、オリはミオと一緒にトランプをしていた二人に寄っていった。

 出会ってすぐに、オリ達をここまで案内してくれた女性と、男の子だ。

 人間のようだが、その皮膚は若葉のような緑色で耳はまるで魚の鰭のよう。二人は親子らしく、そしてどちらも魚類の特徴をもった人間だった。


「ミオと遊んでくれて、ありがとうね」


 男の子はふるふると首を振る。


「……ぼくも、楽しかった」

「ふふ。私も、久しぶりに楽しかったです。もうお話は終わったんですね?」

「はい。お陰さまで、すぐ終わりました」

「いえ、争いを望まないのは私たちも一緒ですから……」


 ふと女性は目を伏せた。


「きっとこれからは、共栄していけると思うんです。衰弊した川も、土地も、いずれ元に戻って。それからこの子が大きくなるまで、平和に……」


 彼女の視線の先にいるのはただ一人、トランプを指先で弄る子どものみであった。それを少し眩しく思いながら、オリは頷いた。


「そうですね。そうなるように、私も祈っています」


 不思議とおだやかな心持ちになり、オリは一時だけ目を閉じる。


 ミオの主張は相手にされていないようで、腕を振りましながらのその高調が増す一方、川のせせらぎはおだやかだ。そして――ひらひらと、蝶のような舞い散る木の葉のような、このかすかな音はなんだろう。


 ふと目をひらくと、男の子がトランプを一枚、一枚、それにまかせるがまま地面に落としているのだった。どうやら落下地点がそれぞれ異なるのが不思議らしい。

 子どもって変なことを気にするな、とちらりと見ればやけに真剣な目付きで、それをまた母親が慈しみ見守るものだから、オリはもう少し真剣に、平和維持とやらに尽くしてみるか、とちょっとだけ思った。




「でも特にやることないよな」

「まあ、今のところ手がかりもなければ打つ手もないからな」


 ふむ、とオリはしばらく顎に手をあてていたが、すぐ気を取り直したかのようにポンと手を打った。


「じゃあ復習しとこうか。とりあえず、今までの情報をまとめてみるよーん」

「はーい」

「うわぁ引くわ……」

「はい妖精さん静かにー。トゥケロも、足りないところがあったら協力してね」

「ああ、任せろ」


 トゥケロが頷いたのを確認して、オリは今まであったことを一からおさらいしていくことにした。


――まず、あのプリェロを襲撃した雑魚は、あの時あの場所にプリェロが独りでいることを知っていて凶行に及んだ、と考えられる。

 そして、あれは誰かに依頼されたものだった。

 ここで考えられるのは情報提供者と、それから依頼主――つまり黒幕の存在だ。

 とりあえず情報提供者は、あのどう見てもスパイ野郎だ。名前はタンネとかいったか、木偶人形のような外見で、ひとまず彼が敵側ということは確定しておく。……もし違っていたら申し訳ないが、こうも不審過ぎるアイツが悪い。ちなみに、プリェロへの襲撃まで依頼した者なのかは不明だ。


「はい。ここまでいいですかー」

「はーい。なんであの雑魚は、わざわざプリェロを攻撃しにきたんですか?」

「ミオさん、いい質問ですね。それは恐らく、プリェロでも誰でもよかったんでしょう。とにかく集落の人間が誰か一人でも殺されたら、戦争再会につながっていくだろう――と、そんなことを狙っていた、と考えられます」

「うーん、分かりません。なんでですかー?」

「まず、襲われた理由がプリェロ本人にあったわけではない、ということがポイントになります。プリェロちゃんはいい子で素行にも問題無く、怨恨という可能性はまずありませんね。そしてプリェロちゃん自身が特別な身分や能力であるが故に狙われた、ということもありません。ということは、『森』の住人であったなら、襲われるのは誰でもよかった、ということになるんですねー」

「それってちょっと極論じゃない? あとそのキャラ不気味だから止めて」

「リューリンさん、鋭いですねー。先生感心してしまいます。そこで出てくるのが、もう一つのポイントです。というのも、最近この階層で起こった一大イベントのことです。はい、なんでしょう。そうですね、三集落間で休戦協定が結ばれ、争いがなくなったということですね」

「コイツ悪化しとる」

「はいリューリンさん、お静かに。――休戦協定とプリェロへの襲撃。この圧倒的タイミングの合致は見過ごせません。おまけに、なんとあの明らかスパイ野郎が『森』を訪れたのもその協定が結ばれたあと……なんですよね、トゥケロさん」

「はいそうですね、オリ先生。付け加えますと、プリェロの情報はタンネに筒抜けでもおかしくありませんから、その点でも彼は怪しいと言えますね」

「なるほど、まったくですね」


 無駄にきりっとした表情のトゥケロとオリは、うんうんと頷きあう。


「ここで問題となるのは、誰がそんなことを企んだか、ということです。ここで考えられるアクターは『森』『草』『川』、そして『それ以外の誰か』、あと私たち『オリ先生一行』です。とりあえず一から順番にみて行きましょう」

「最後は抜いていいんじゃないの? ああもう別にいいわ好きにしたら。その代わりこっち見ないで」

「はいはい」


 リューリンが本気で苛立ってきたようなので、オリは元の口調に戻すことにした。


「じゃあ『森』について。案外自作自演の可能性も否めないのが怖いところだよね。争いを起こしたい動機は知らんけれども、まあこじつければいくらでもあるだろうし。怨恨とか土地がもっと欲しいとかね。最近まで他所と争いあってたくせに、よく知らない奴らをあっさり懐にいれたのも怖い……」

「お前よく俺の前でそんなことが言えるな。飯抜きだ。……冗談だ。それから、『草』と『川』に黒幕とやらがいる可能性も低いだろう。変わった面子が入ったという情報もなければ、わざわざ争いを再開させたいと思うほどの動機があるとも思えない。あと、『草』にはこんなことをする奴らもいないだろう。揃って筋肉馬鹿だからな」


 三つまとめて説明してくれたトゥケロ。どうやら、さっさと本題にはいれということらしい。

 オリは肩をすくめた。


「じゃあここでダークホース、私たち『オリ一行』――を除いて、いよいよ本命。どこにも所属していない、どっかの誰かが黒幕という説を見ていこうか。一番しっくりくるよね、責任もなにもなく外から引っ掻きまわすだけのはた迷惑なタイプ。……そして、一番厄介な存在。こうなると争いを起こしたい動機も場所も察するしかなくなってくるし。もし探すとするなら、手下から聞きだすか、虱潰しに探すか、おびきだすか……」

「ウーン、ただの愉快犯なんじゃない? 私もよくやるわよ」

「ほんと俗悪な妖精だなお前は」


 ドン引きした様子のトゥケロだが、既に裏切りも経験したオリとミオからしてみれば、本当に今さらのことである。

 まったくトゥケロは初心者だな、と内心で余裕ぶってみせることさえ出来た。


「――さて、これを踏まえて私たちには何ができるでしょうか。はい、ミオさん」

「うーん。分かりません!」

「じゃあ手は下げておいてくださいね。はい、リューリンさん」

「とりあえず怪しい奴を片っ端からやっちゃうってのはどう? 人海戦術で探して探して皆殺しよ」

「少し過激ですね。まずキリがありませんし、準備として他村の人々の顔を覚えていくのにも時間がかかります。個別に動き回るのはリスクも大きいですし、散々探索した結果、この階層で今最も怪しいのは『私たち』――という結論が出てしまう可能性もありますね。特に最後の理由から、あまり取りたくない手です。実用的かもしれませんけどね」

「オリ様はどう思いますか?」


 ふむ。オリはわざとらしく考えこみ、くいっとかけてもいない眼鏡をあげるような仕草をした。


「いくつかありますね。まず、また囮を使うという手です。あの明らかスパイマンが本当に情報を流したのか、試すこともできますし……。しかしよほど切羽詰まっていない限り、まあサルでも引っかからないような策ですからやめておきましょう。次に、出入り口に見張りをたててこの階層をめちゃくちゃにしてみるとか。まあ、あぶり出し作戦ですね。うまくやれば効果もありそうですが、集落間には怨恨も残っているようですし、どさくさ紛れにどっかの誰かが暗殺されて――といった可能性もあります。あまりしたくないですね」


 つまりどの案もいまいち使えないわけだ。

 ふと沈黙が落ちたなかで、ミオが静かに手をあげた。こういうときに真っ先に発言してくれるのは、だいたいが彼女だった。強張った空気を、いつも嫌味なくほぐしてくれる。


「じゃ、他に手はないんですか?」

「今のところ、思いつきませんね」


 オリがそう言って溜息をつくと、リューリンがやさぐれた調子で肩をすくめた。


「ヘッ。つかえねー」

「リューリンさん止めて下さい、泣いてしまいます。軍師でもないオリ先生にはこれが限界です。……まあ、私たちに後できることがあるとすれば――」

「すれば?」


 一斉に浴びた注目を受け流すように、オリはへらりと笑った。


「相手の動きを待つばかりです」

「……後手ねー」

「まあ、こればかりはしかたないだろう。……そもそもお前たち、まあこっちからすればありがたいのだが――ウチに協力すること自体には、異議は無いのか?」


 トゥケロの言葉にちょっと目を瞬かせると、オリは振り返った。


「みんなある?」

「ないわー。ご飯おいしいし、蜜も食べられるし、なにより下層行くよりは安全みたいだし?」

「オリ様に無いのなら私もありませーん」

「だってさ。私も無いよ。――いや、思うところはそりゃあるけどさ。なにより、恩があるしね」


 オリが顔を戻すと、トゥケロは頭を下げた。きっちりとした所作が目立つ、というより似合う男だ。


「そうか、ありがとう。そう素直に手伝ってくれるなら助かる。……さて、説明も終わったところでどうするつもりだ? 確かに相手が動いてくれれば楽だろうが、さすがにこうも注目されている中で動くような馬鹿は――――」

「トゥケロさん、大変です!!」


 甲高い声とともに、繁みから飛ぶように現れたのは、『森』の住人であるらしい。オリは顔を知らないのだが、「なんだ、どうした?」とトゥケロが親しげに近づいていく。

 そんな二人が話しあっている後ろで、オリ達はひそひそと顔を近づけあった。


「誰?」

「厨房の人よ。あの人のデザートうまいのよ」

「詳しいね、友だち?」

「ちょっともぐりこんだ時によくつまみ食いするのよ。この前のやつとかトゥケロに出すやつだったらしくって、後で超焦ってんの。あれはウケたわね」

「やめなさい! まずリューリン食事の必要ないんでしょ!」


 オリがそっぽを向くリューリンに、道徳の教師のように説教を垂れていると、トゥケロと哀れな厨房の人の会話は終わっていた。

 いつの間にやらその人の姿は無いので、彼はただの料理担当ではないようだが、まあ今はそんなことはいいだろう。


 何やら神妙そうな顔で考えこみ、無言を貫くトゥケロを待ちきれず、オリは声をかけた。


「どうだったの、トゥケロ」

「ああ、うん。相手は思ったより馬鹿だった、ってことだ」

「えーっと、つまり?」

「――襲撃があったらしいぞ。本人たちの、な」

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