どきどき動物園
「お前ふざけんなよ何がVIPだよ! いやVIPとは言ってなかったけど、私たちはお客様のはずだろ!!」
バン!とオリが手の平でテーブルを打った。
正直痛いが、威厳を保つためそのままじっとトゥケロを見つめる。
同じく彼を睨み付けるリューリンとミオが、そのままオリの加勢に入った。
「そーよこのギロ目! あんた目付き悪いのよ!」
「そうですよ私たちはVIPでお客様ですよ! まったく近ごろの……オリ様、VIPってなんですか?」
「なんかすごいもてなされるお客様のことじゃないかな多分」
「全然違うじゃないのよ! こっちはVIPよ!? もっとちゃんともてなせないわけ!? この鬼、人でなし!」
ミオはまず悪口に向いていないらしい。いいことだ。リューリンはすぐ、というかいつでも人格攻撃に入る。自分含めてみんな論理学には向いてないようだとオリは思った。
三人にやかましく責められるトゥケロは、顔色一つ変えないものの、さすがにうんざりしているのだろう、深い溜息をついた。
しかしその程度で引っ込むわけにはいかない。オリはキリッと顔をひきしめた。が。
「ほら、飴やるから少し黙れ」
「わーいうめー」
「だからあんたはオリだってのよこのおたんこなす!」
「ほら花の蜜」
「よっしゃきたこれ」
言い訳させてほしい。分かると思うが、ここでは甘味は本当に貴重なのだ。この飴なんて形はよくないし、砂糖以外の風味もない。しかしそれですら、製造法なんて知らないオリにとっては金銀小粒ほどの価値がある。
(とにかく甘ければ、口が喜ぶことに変わりはないし)
かくばった飴を口のなかで転がしながら、オリは上機嫌だった。
甘味を楽しむだけならもちろんただの蜂蜜でも構わないのだが、こうしてスイーツにはしゃぐのが重要なのだ。まるで、日常を過ごす普通の女の子みたいに。
「あ、新鮮な生肉味付け無し、もちろん霜降りで」
「狩ってこい」
さすがにそんなもの懐にいれているわけがない。
外を指さすトゥケロを見ながら、ミオは唇をとがらせる。
するとリューリンがけらけら、他人を小ばかにしたように笑う。オリは彼女のこの、分かり易い笑い方が嫌いではなかった。対象がこちらでない時でさえ、たまにイラッとするが。
「サービスなってないわよねー。ところでお代わりある?」
「ミオって甘いもの嫌いだよね」
「匂いはいい感じなんですけど、食べるとなるとどうしても舌にあわなくて……」
「――お前ら頼むから静かにしてくれ! ここをどこだと思ってるんだ!」
オリとミオ、それからリューリンは顔を見合わせて同時に口を開いた。
「「「『草』?」」」
そう、彼らは今、『草』と呼ばれる集落に足を運んでいた――。
スパイ(確信)との遭遇から数日が経過していた。
オリ達はこの『わくわく植物園(オリ命名)』で悠々自適に暮らしていた。
今までの生活から考えてみれば、この村は楽園のようだった。戦闘がないから出血も打撲も存在しない。おまけに衣服のほつれを気にしなくていい。奇襲の心配や寝不足とも無縁で、さらには汚れた身体を洗うことさえできる。最高だった。
さすがにお世話になりっぱなしなのは悪いということで、畑作業から水汲みなどの雑用まで手伝うようになっていた。水汲みは『川』まで行かなければならないので、戦闘のできるオリが付き添うのはありがたがられていた。
そんな感じで村に馴染んで、のんびり過ごしていたのだが。
ある朝、オリがまだ少し寝惚けながらも、とにかく水汲みの手伝いに向かおうとしたところ、トゥケロとばったり鉢合わせした。
当初からの縁もあってなんだかんだ顔を合わすことが多いので、オリはすっかりトゥケロに心を開いて、むしろ懐いてさえいた。
だからこのときも寝惚け眼をこすりつつへらへら笑うばかりで、何か疑うなんて思いにもよらなかった。それが駄目だった。
「あ、トゥケロだトゥケロー……どっか行くの?」
「ああ。少し出ることになった。お前も行くか? 飴やるぞ」
「わーいくいくー。どこ行くの?」
「ちょっと遠くなるな」
トゥケロと一緒の軽い遠出なら何度かしたことがあったので、オリは特に何も聞かずすんなり頷いた。
ついでに飴にぱくついた。
「飴うめぇ! 行く行く! ミオー、ちょっと出かけてくるね」
オリが中に声をかけると、寝惚けているらしいミオがなにやらもにょもにょ答えた。
「ミオも行くって。ちょっと待ってね。リューリンも行く?」
「食い物もらえるんでしょ? 行く行く」
「いえーいレッツゴー」
――その結果がこれである。
なんだかいつもと違う、と思いながら口に出せなかったのは何故なのだろう。そんな空気じゃかった、としか言いようがない。後悔先に立たずだ。
そんなことを思いながら、気づいたら『草』に着いていた。この村の住人から聞くに、どうやらオリ達は『森』の長直々の使いという立場であるらしい。
あれよあれよと通されて、ついでに樹上に運ばれて、今はこうして太い枝の上にたてられた小屋にて喧喧囂囂としている。醜い内輪揉めである。
「協力すると、言っただろ?」
思い返せば、確かに言った。言ったけれど。
「てめーふざけんなモロ詐欺じゃねーか詐欺! こんなとこ来るなんて知らんわ!!」
「飴をやるとしか言ってないだろう」
「ああ!? お前にサンが救えるのか!? その涙でヤツを倒せるのか!? 地球を救えるのかぁ!?」
「何を言っているんだお前は」
「そうです詐欺師です! いきなりなんで……こんなこと聞いてませんよ!」
「お前は寝てたからな」
「食い物まだ?」
「今食ってるだろ」
律儀に全ての言葉に返答し続けるトゥケロを見て、オリは気を許し過ぎた、と歯噛みした。完全に自業自得である。
――今思えば。遠出と称したよく分からん散歩に、三人揃って度々連れて行かれていたのは……もしかして、この時のための……?
「うわあああ詐欺だああああ!! 心許した自分が馬鹿だったあああああ! いやこんなんに引っかかってる時点であれだけどおお!!」
「ほら飴、予備もやるから少し口を閉じててくれ。恥ずかしいから」
「うめぇ……」
ほろりと涙が零れそうだ。染みわたる甘味にほっぺたの内側が喜んでいる。
手元には飴が一つだけいれられたケース。振るとからから音がする。それに合わせて飴をころころ口内で転がしていると、すこしだけ気分が落ち着いてきた。いや、落ち込んできたのかもしれないが。
「大丈夫だオリ、落ちつけ。別に殺し合うわけじゃない。たぶん、予定ならな」
「たぶんで予定か……そうか……メイビーなのか……」
「ああ、すまないが正直言い切れない。ここは『草』、力こそが強者の証となる場所だ。不意の戦闘も覚悟しておいたほうがいいだろう。まあ、お前は女だからその可能性も低いが。ここには、女性優位の価値観が根付いているからな」
「紳士?」
トゥケロは首を横に振った。こいつ、人のことをどれだけ凹ませれば気が済むのだろう。
オリは立てた膝に顎を乗せたまま溜息をついた。
「誇り高い者が多い。自らの名を汚すような真似をする者はそうそういないだろう」
「じゃあスパイ送る可能性なんてないんじゃないかな? 帰ろう」
「多いということは、全員では無いということと同義だ」
「知ってた……」
「すまないオリ。俺は、必要外では嘘を吐きたくないんだ。ぶっちゃけ戦う可能性は半分くらいある」
「美徳だと思うよ……」
上司にはいらねぇけどな。オリが吐き捨てると、トゥケロはちょっと申し訳なさそうな顔をして、それが余計に腹立つ、という悪循環。
(ド屑であってくれたらいいのに……そしたら好き勝手恨めるのに……)
できない。できるわけがない。
彼は、オリ達を自分一人で率いてきた。殴り殺される恐れもあったのに、わざわざ自分でここまで来て、務めを果たしにきたのだ。彼ほどの立場であったなら、そんなことする必要もなかっただろう。オリ達より腕の立つだろう付き添いを一人、自分の代わりにつければよかったのだから。
オリは目を閉じたまま、心の中で呟く。
(ド屑であってくれたらよかったのに……)
そうしたら殴って逃げ出せた。
今はできるはずもない。オリはもう彼に好感を持っていて、そう簡単なことでは武器は向けられない。ミオもリューリンも、(オリがそういった命令を飛ばさない限り)多分そうだろう。
今までの出来事が、走馬灯のように駆けていく。
プリェロ、ホウレンソウ、畳、トゥケロ、村長、作られた夜。森、草、川。花嫁、花婿、スパイ、飴玉――。
久しぶりに、あの少年に会いたくなった。
「よっ」
「――……」
そう、思った矢先のことだった。面食らって瞬きすら忘れた様子のオリに、くるりと引っくり返った体勢で、少年は笑いかけている。
言葉がいくども口内で消え去り、オリはしばらくしてからやっとの思いで口を開いた。
「なんで?」
「暇だったからさぁ、ちょっとね。一番面白そうなのはここだったし」
宙に浮いたままくるりと回転し、少年はオリの前に座った。片足を放り出しただらしない座り方だった。
「しばらくぶり。元気だった?」
「うん。なんでこんなところに――、……ミオは? リューリンは? トゥケロは?」
「つれてかれちまったよ。君ったら寝てるんだもんなぁ、寝てる女の子は起こさないんだってさ」
オリが寝入っていたことにすら気付いていなかったのがおかしいのか、少年はくすくす笑う。オリはその言葉を聞いて、居ても立ってもいられなくなった。
「行かなきゃ――」
「待ってよ、せっかち。別に戦うってわけじゃなくて、ただ挨拶に呼ばれただけらしい。――久しぶりに会ったんだ、なんか話してくぐらいの愛想があってもいいんじゃない?」
「いや、なんか実際会うとそうでもねーなーと思って……」
「……その言葉、前後はともかく、なんか失礼なこと言ってるのは分かる」
「ごめん。でも、話題が特に、というかそれどころじゃ――あ、飴食べる?」
「あ? うーん、もらう」
なんとなくした提案だったが、実際受け取られるとは思ってなかったのでオリは少し驚いた。
この少年が食べ物を口にできるとは知らなかった。
――人に似ているし物を食べるし、やはり有機的な存在なのだろうか。
「おいし? あ、味覚ある?」
「甘味が強い」
そんなことを考えて、実際に口をもごもごさせる様子を見ても、やはりそうは思えなかった。
「そうだオリ」
「はいなんでしょ」
「あんまりこの場所に留まらないほうがいいよ」
「え、この村そんなにやばいの?」
オリの心臓が不快に跳ねた。
よし、この村は『どきどき動物園』と呼ぼう。
「村じゃない。この階層に」
「え、なんで? また理由内緒?」
「うん。まあいつか分かるよ」
がり、と飴をかみ砕く音がした。
困惑した顔をしていたオリは、それで我に返ったかのように、ぎゅっと眉をひそめる。
「いつかじゃ遅いよ、今でしょ!? なんでそういちいち不審なの? なんなの? 黒幕なの?」
「違うけど……何言ってるんだ? めんどくさいな。じゃあ、言うこと言ったし僕は帰るよ」
「目の前で人の悪口言い捨てていく奴があるかよ。めんどくさいって……」
オリはちょっと傷ついた。
「じゃ、またね」
振りかえり様、ひらりと手が上がる。止める暇もなく、そのまま少年は幻が溶けるように消えてしまった。
狐につままれたような気分で、オリは立ち上がろうと立てた膝を、ゆっくりと元の位置に戻した。
「――あ。あれについて訊くの、忘れた」
あのとき、あの黒虎と戦ったとき、ぱっと手の中に現れた石の剣。
今は取り上げられてしまったので手元になく、それがなにより心許ない。
しばらく手のひらを開閉してみるが結局何もなく、オリはどうせなのだからともう一眠りしておくことにした。
なぜだかひどく眠い。水汲みのために早起きしたからだろうかと、闇底へ引きずりこまれるような急激な眠気のなか、そんなことをぼんやり思った。




