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欲しいものを持っていれば奪う。無ければ、いくらわずかとはいえ可能性があればわざわざ泳がせ、探させてから奪う。とんでもなく業突く張りの強請りだ。なんとはなしに自覚はある。
だがそれでも彼女は、「そうせずにはいられない」、強請りの虎――それはまるで生来得てしまった本能のようであり、まるで人間が持つ強欲のようでもあった。
オリとミオ、それから黒虎はまるで追いかけっこでもしているかのように、ぐるぐる部屋の中を回っていた。
逃げる役はミオ、鬼役は虎、のろまのオリは安全地帯から安全地帯目がけて全力ダッシュを繰り返す、小学校の運動場によくいる感じの逃げる役をこなしている。
恐らく、いや確実に、ミオがいなかったら五秒で十回は頭から齧られていただろう。
「あとこの剣もっ!」
急にフェイントのごとく飛びかかってきた虎を、石の剣でいなしてとっとと逃げ出す。この動作も慣れたものだ。
その際にフォローするのはミオだ。背後からドロップキックで虎の尻を蹴り飛ばし、その反動でくるりと一回転して地面に着地。
「お見事!」
「どうもで……ぎゃいんっ」
長い虎の尾が、ミオの体を横からはたいた。オリより背の高い、しかも筋肉がしっかりついているその体が、まるで塵紙のように吹っ飛ばされていく。
ミオはそのまま地面をごろごろと転がり、動かなくなる。
「みみみ、ミオっ寝るなっ! 寝たら死ぬぞ!! マジで!!」
「は、はい、案外だいじょうぶでし……」
しかしその途中、ミオがはっとした仕草で胸元に手を置いた。
「おっ、オリ様! ここ掘れわんわん! です!」
「おおおでかしたポチ!」
ちなみにオリは反復横跳びでもしそうな中腰のまま、じりじり虎と牽制しあっていた。気分は塁にでたランナーである。ただしアウトになれば死ぬ。
「シロ、次の準備はできるよね?」
「お任せください!」
「やらないで済むなら一番……って、危ないコロ!」
背後だからと油断していたミオを、また虎の尾がしなりをつけて襲った。
一方、今まで散々出番のなかったキーパーソンたる妖精はというと、宝箱のなかに潜んでいた。
目で見えない、透明に隠された宝箱を認識した一瞬――ミオが「ここ掘れわんわん」と鳴いたちょうどその時である――に、飛びこんだのだった。
虎には手段の無くなったオリとミオの二人が正面から挑んでくる、と思いこませていたが、この妖精もきちんとミオの懐に隠れていたのだ。
彼女の仕事は杖を取りもどし、そのスーパーパワーで二人を補佐、あわよくば虎を倒すことにあった。
虎の嗅覚が狂っているうちに、こちらに気付かぬうちに済ませてしまわねば――。
焦る手つきでごちゃごちゃとしたものをかき回すように物色していく。オリのような人間からしてみればカラフルな小物が詰まった箱でしかないのだろうが、ちっぽけな妖精から見れば、ここは目の回りそうなジャングルだ。ドドメ色のハンカチをひっぱり、珍しい硬貨をひっくり返し、宝石のついた指輪を投げ捨てる。
どれも雑多につめられていて、全く片づけというものを知らないのだろうかと妖精は苛立ちながら思った。まああの前足で丁寧に片づけをされても不気味だが――。
そんなどうでもいいことを考え始めた瞬間、妖精の手のひらが馴染んだ感触に触れた。懐かしい力を感じる。最も古い樹木の枝からつくられた、妖精族の秘法。
「あった」
奪われた杖に違いなかった。感慨深く眺めれば、磨かれてビロードのような光沢をもったそこに妖精の顔が映っていた。ほんの少し汚れている。
こんなしんどい場所もこれまで。やっと帰れる、と安堵した瞬間、
「キャアッ!」
と甲高い悲鳴がひびき、何かが、いやミオが地面に叩きつけられる音がした。オリが彼女を心配して声をかけているのが聞こえた。当然のことだが、苦戦しているらしい。
妖精は翅を振るわせて躊躇したが、それでもすぐにその箱から飛び出した。
振りかえれば、すぐ近くでミオと黒虎が向き合っている。ミオの後ろのオリは、すこし足をひきずるような仕草を見せている――かなり切羽詰まった状況だ。
虎は不機嫌そうに喉を鳴らしている。まだ鱗粉が効いているらしく、こちらに気付いては、いない。
妖精は意を決した。そしてすぐさまその身をひるがえし――
――出口へと突進した。
一直線に、振り返ることなく。
全力で翅を動かし、その場から逃走した。
「いっ!?」
しかしガクリと衝撃が走り、身動きが取れなくなった。身をつつむ熱を不快に思う間もなく恐怖に身を強ばらせ振りかえれば、
「こんにちはー」
待ち構えていたのは虎、ではなかった。
妖精を見つめる黒い瞳、擦り傷のついた頬、そして米神に浮かぶ青筋――自分よりもずっと華奢な体を握りつぶさないよう気をつけて、それでも逃がさぬため固く掴んでいるのはオリであった。
身をよじり、自分の拳を叩く妖精を蔑むように見つめている。
「逃げる気かお前」
「当たり前でしょ! はなしなさいよ、邪魔しないでっ!!」
妖精が怒鳴ると、オリは痛めていたように見えた足で、苛立たしげに地団駄をふんだ。
くだらない演技に引っかかって油断した自分がアホみたいだ。妖精は舌打ちし、同時にオリもむっとした。
「誰のためにこんなアホみたいなことを……! というかお前、作戦の要だろーがっ!!」
「知ったこっちゃねー!」
「こんなことして恥ずかしくないのかよ。恥じろ」
「フン! 私は、帰るの!! 絶対に、帰るの! なんとして、もー! んんんー!!」
全力を込めるが、オリの手はびくともしなかった。そこまで痛くはないのだが、しっかりと指で挟みこまれていて身動きが取れないのだ。さすが人間、器用なことだと妖精は皮肉気に思った。
「性格悪い癖に急にいい子ちゃんみたいな発言するから、おかしいと思ったんだよね」
「うるさいっこの、人間! はなせ! 黙れ!」
「圧倒的不利なんだから、媚びてみせるぐらいの能見せろよ」
「むーかーつーくーっ!! アンタあの虎よりずうううっとムカつくーーー!!!」
なにも言わず妖精から杖を奪うと、獣のように歯を剥きだしにして威嚇される。
こうはなりたくないと、オリは純粋に思った。
「触るなっ!!!」
「うるせぇ」
オリがぽこんとその杖で頭をたたくと、妖精はいきなり白目をむいて首をかくりと傾けた。
この小ささ、お手軽さで、驚きの即効性。幻を見せたりするものだと聞いていたのだが、気絶してしまった。何が起こったのだろう。
「人類には早過ぎるな」
呟くと、オリは最高に使い辛いそれをつまみ、虎の方を向いた。持ち主である妖精のようには使いこなせないが、それでもこの威力。無いよりはマシだろう。
恐らく死んではいないと思われる妖精の体はそのへんの床に置いておいた。隅っこだが、踏まれても文句は言われまい。いや、言えない、か。
「オリ様危ない!」
突っこんできた虎を避けるように地面を転がる――何が悲しくてこんなガチバトルを繰り広げなくちゃならないんだ。
突進する虎を見送ると、なにやら空中を叩いている。と思ったら、いきなり宝箱がその姿を現した。
(なんてハイテクノロジー)
なんて言っている場合ではない。今まで時間を稼いでくれていたミオを見やれば、髪がすこしボサッとしていた。それ以外に、特に異常は見られない。
「ミオ、大丈夫?」
「まだまだ余裕です、わん!」
特に息を荒げている様子もない。素直に感心していると、いきなり体を押された。虎が戻ってきていたらしい。ミオは跳んで攻撃をかわすと、尖った骨の塊をすばやく虎に投げつけた。決定的ダメージには程遠いが、地味に痛そうだ。
虎はイラついた様子でミオを睨んでいる。ミオはファイティングポーズをとったまま、ボクサーのような軽やかなフットワークで虎を挑発していた。
「というかミオ強いな」
「ワンフルル・ワンダレン・マリンカの再来と、地元ではちょっと評判です!」
そしてそのままシュシュッと風切り音のみ聞こえる、早過ぎて見えないジャブを繰りだした。
オリはその長ったらしく呼び辛い名の持ち主が非常に気になったが、問えるような状況でもなかったので「そうなんだ……」とだけ呟いておいた。多分そのワンダフルワンレンさんは、有名な人(もしくは犬)なのだろう。
「返しなさい。私の、宝を」
やけに冷たい声音にぞっとして振り向けば、宝箱を背にこちらを見据える黒虎がそこにいた。
爛々と光る目玉にオリは数歩後ずさり、それでもスカートのポケットに手をつっこみながら、落ち着き払って口をひらいた。
「お前のじゃないだろ」
「私のものだ」
「お前のものなんて、一つもないだろ」
「私の、だっ!!」
「っ!?」
途端に跳躍してきた黒虎を、オリは数度前転することで避けた。が、そうすれば次に狙われるのはミオだ。いや、ミオはいつもオリが傷つかないようにと、敵の注意を引きつけようとするが。
でも、今回は違う。
「返せっ!!」
「うっ……」
噛みつきは避けたが、ついで襲ってきた前脚は避けきれなかった。当たり前だ、一番傷ついているのも、疲れているのもミオなのだから。吹っ飛ばされたミオは背中から壁に叩きつけられ、動かなくなった。
そこに迫る虎に、背後から飛びかかるのはオリだった。振るわれる尻尾を跳びこえ、後脚に思いきり石剣を叩きこむ。肉を打ったはずなのに、全身骨で出来ているかのように硬い。
もういっそ骨が折れてくれりゃいいのに、と祈るが。
「糞ガキが!」
さっくり動いているところを見ると、折れなかったようだ。ダメージは通っているようだが、と萎える気持ちを奮い立たせる。石剣が、その爪を防ぐように持ち上がった。が、
「何度もっ、何度もぉっ!」
「あっ!?」
急に虎は手の動きを変え、オリの石剣を彼女の手からはじき飛ばした。腕にダメージがいく前に手を放したはいいが、そのせいで体勢を崩す。
思い切り尻餅をつけば、そこにいるのはもう生身の女子高生と虎だけだった。
「……同じ手が、通用するわけがないでしょうにねぇ」
見上げた。まるで黒々とした影がそのまま起き上がったかのようだ。オリを食らい、その身に取りこもうとする闇そのものだった。目だけが爛々と輝いている。
何もない。オリが慌ててポケットへ手を突っこむと、ぐちゃりと台無しになったリボンの感触が指に触れた。
そのまま握り、拳を、自棄になった顔でふりかぶって、
「……リボンあげるから許してください」
投げつけたリボンは、虎の背に音もたてず乗っかった。
虎はそこで初めて、まるで人間のようにその顔を歪めた。縦長の瞳孔をもつ目が細まり、弧を描く。口角は吊りあがり頬肉が持ち上がり、そう、にやりと笑った。
ああ、嫌な顔だ。
すっと頭に浮かんだ考えはそれだけだった。
「死ね」
くわっと大きな牙がむき出しにされ、犬歯だけでなくぎざぎざと尖った一本一本の歯が、数えることのできるほどくっきりと露わになって。
自分を餌とみていることが明らかなくらい溢れる唾液で光って。
咽喉奥のぬらりとした暗闇が、オリを飲みこもうと迫って。そして。
「お、」
しかしあわや食われる間際、というところで止まる。がくがくと巨体がわななき、目玉がぐるりと上をむいた。
震える体からオリの制服のリボンが落ち、そこに巻かれていた妖精の杖がころりと転がり出た。
「お前が死ね」
虎の咽喉奥に吸いこまれるように、オリの腕がまっすぐ伸びていた。その手には石剣が握られている。
剣を一度抉るように押し込んでから素早くひき抜くと、抗うように大きな右前脚が振り上げられるも、飛びこんできたミオがその手を蹴り飛ばして薙いだ。
オリはただ石剣を両手で握ると、お誂え向きとばかりにある虎の脳天に強かに打ちつけた。鉄でも殴っているんじゃなかろうかという硬さだが、何度殴ろうが石剣に歪みはうまれない。
動かなくなった黒虎を横に、すこし汚れた自分の武器を確認しながら、オリはそんなことに感心した。
つんつんと遠慮なく頬をつつかれる感触に、妖精はイヤイヤ目を覚ました。
頭に残る浮遊感を振りはらうためにぱちぱち目を瞬かせると、ミオがこちらを覗きこんでいた。茶色い目が、妖精にあわせてぱちぱち瞼に隠れる。
「オリ様、おきましたー」
「あ、うん。ありがと、ミオ」
なぜか外しているリボンを握り、オリがこちらに向かってくる。見慣れぬほどきっちりと縫われていた服は、やけにほつれていて――。
そこまできて、やっと脳が覚醒した。すぐ身を起こそうとしたが、ミオが自分の体を掴んで持ち上げたので不可能だった。
「おはよう。えーっと、こういうときってなんて言ったらいいんだ……。あ、気分はどう? うん、なんかそれっぽい」
「あの虎は?」
オリがごちゃごちゃ言っているのも、必死の妖精には聞こえていなかった。スルーされたオリが肩を竦め、そして「倒したよ、ほら」とうながす方向には、黒虎がべったりと床にうつ伏せて死んでいた。
瞠目する妖精をよそに、オリは杖を出した。
「いやもうホントこれのお陰だね。あんなおおきな虎までイチコロだとは思わなかった。あとミオは今回のMVPで、この石剣にも頑張ったで賞をあげたい」
「なんたって私、ワンフルル・ワンダレン・マリンカの権化と巷で評判ですからね!」
「再来じゃなかったけ?」
「意味は同じです、わん」
くだらない掛け合いはさて置き、妖精は伸びきっている虎をぽかんと見つめていた。まさか、と言わんばかりの表情だ。確かに、エグイと評した子どもが虎を狩るとは思ってなかっただろう。
その頃から、うまく自分だけ逃げだす算段をしていたのだろう――と考えたところで、オリは思わずため息をついた。
それにびくりと身体を揺らし、妖精はオリの表情を仰ぐ。恐れか怯えか、とにかく、オリにとっては生まれて初めてされる表情だった。
「私、虫を殺すのって嫌いなんだ。ほんとあっさり潰れる死体を見るとすごく罪悪感がわいてくるから」
そこまで言って、居心地の悪さに息を吐いた。
妖精を見れば、あれほど羽虫と呼ばれるのを嫌悪していたくせに、そんな素振りはちらりとも見せなかった。むしろ期待を目の奥に潜ませ、こちらの様子を窺っている。
こうして不躾なほど素のままに媚びられるのも初めてだ。オリは妖精から目を逸らしたまま続けた。
「だからいっつもティッシュにくるんで外に逃がしてやったり――」
見せびらかすように、ほどいたままだったリボンをつまんで引いた。
「逆に、そのまま出られないようにしてゴミ箱に捨てちゃったりする」
「あ」
オリは自分のリボンでそのままくるりと妖精を縛りあげると、虎の宝箱から取り出した小さな空箱につっこみ、そしてミオがその蓋を閉じた。
ミオは体の埃をはらいながらオリを見た。閉じられた箱を傾けないよう気をつけながら、革袋(これも虎の宝箱から頂戴した)にしまっている。
「オリ様、殺しちゃうんですか?」
「え、まさか」
あんまり腹が立ったから、ストレートに脅してみただけだ。悪いことをしたな、とすら感じているのに、殺すだなんてとんでもない。
「でも、危ないと思います」
「大丈夫じゃないかな。宝は押さえてあるし」
「そんなものですか?」
うーん、と首を傾げ、どこか不服げな様子だった。
ミオは個人的にあの妖精に対して嫌悪感を抱いている、ということはなかったが、オリの身に害が及びそうになるというのなら、それはまた全く別の話だと思っていた。
当の本人は存外あっけらかんとしており、ミオの反応に苦笑するような余裕まであった。
「多分馬鹿じゃないと思うから、ちゃんと交渉したら協力してくれると思うよ。戦えるってところも今みせたしね」
妖精は帰郷したい。オリは奥に進みたい。目的は一致しているのだし、それにその力もあるのだと見せつけた。
まあ、うまくやっていけるだろう。一悶着あるかもしれないが、そしたらまた封印してしまうまでだ。
「この迷宮を進むなら、仲間は多い方がいいだろうしね」
オリはそんなことを言いながら、石剣を虎の毛皮になすりつけて汚れを落とした。
しばらくしてオリの言葉を飲みこんでから、なるほど筋に適っていると、ミオはこくこく頷きながら思った。
ハキハキとこれだけのことをすぐ考えられるのだから、人間というのは立派な生き物である。いや、人間にも個体差というものが犬程度にはあるだろう。オリ以外のものを見たことはないが。そう考えると、これはオリという少女独自の能力とみていいに違いない。
だからといって、「さすが私のオリ様は頭がいい!」と感心するだけでは済まされない。今――いや、出会ったときからじわりじわりと感じていたのだが、この年若い主人は本当にいたく心底能天気なのである。つまるところ平和ボケだ。
ミオら魔物にはイマイチ縁薄いものである倫理だか道徳観だかいうものもしっかりしているし、それら心の規範に素直に従うし、そしてそのことを善だと見なしている。
つまり、理由をつくって自分に言い訳しないと、何かを殺せないのだ。
懐が広いといえばそうだが、狭くし続けることができないとでも言おうか。
今だって、
「目的のためなら何をしてもって思ってたけど、なんだってするのって、難しいんだね」
などと妖精の裏切りになにやら感ずることがあったらしく、若者らしくない寧静とした表情で頷いている。
ミオはなにか進言するべきか逡巡したが止めておいた。したくなかった。それを魅力的だと感じてしまっていたからだ。あまり物を考えないミオだから、理由なんてそれだけで十分だ。
オリの信じていることは、とても奇抜だが、単に素敵でかっこよくて、ミオはそれに同調して、だから添い遂げたいと思った。
(大丈夫、自分が助けてあげたらいいだけなのだ)
そう思える主人に出会えたことをミオは嬉しく思い、勝手ながらもその運命に感謝した。オリにとってここに落とされたことは不運でしかないのだろうが、それでもいつか、自分と出会えたことを少し嬉しく思ってくれたらいいな、とちょっぴり思った。
「オリ様、一緒にがんばりましょう、ワン!」
「それで――え、あ、うん! もちろん!」
今後のプランについて一生懸命語っていたオリはびっくりしたが、やっぱり聞いてなかったんだなと何やら考えこんでいたミオの様子に気付いていたので、すぐさま同意を返した。
若干虚しかったが、それでもやけにミオが意気込んだ、しかしいっそ晴れやかな表情をしていたので、まあいいかと思い直した。
そこでふと思い立ち、ミオに自分が持っていた石剣をわたした。
「ミオ、ちょっとこれ持ってもらっていい?」
「? はい、こんな感じですかね」
「よし。……えーっと。……もどってこーい」
「えっ」
――何も起きない。
意味が分からないという顔をするミオをよそに、オリは「チンカラホイ」「ビビデバビデブー」「アブラカタブラ」「アクシオ」「開け胡麻」と好き勝手呪文を唱え続けた。
「……あの、どうしたんですか?」
「いや、うん、何も起こらないなーと思って。……やめてよその顔」
「すいません」
「素直な謝罪は時としてひどく他人を傷つける」
オリはそんなことを言いながら首を傾げた。
手元を離れた石剣が、オリの手の中に戻ってこない。さっき黒虎にトドメをさした時、この手に移動してきた。その条件は?
先ほどの状況を考えると、ピンチに陥るとか、心から求めるとか?
もしくは、他の外的要因か。
「ミオって超能力つかえる?」
「まさか!」
「だよね。てことは、」
人のケツを蹴っ飛ばしたあの人でなしの顔を思い浮かべ、オリはぎゅっと眉を顰めた。
「……なに考えてんだあいつ」
確かに奥へ連れて行くとは言っていたが。そんな急に手助けしだすものか? ――ただの観戦料と考えたほうがまだ分かり易い。いやなによりまず、アイツは関係無いかもしれない。いや、でも――。
ぐるぐる回る考えを吐き出すように、オリは重たい溜息をついた。ミオはそんなオリを見つめ、彼女の頭の心配をしていた。




