表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
8/12

chapter 7

 タクトの呟きは、独り言のようでそうでないような言い方だった。タクトの近くまで来たアヤは、彼の名前を口にした。


「…タクト」

「アヤ、こんな時間に危ないよ」


 タクトは、アヤの方へ振り向かないで言った。その言い方やその声色は、以前と違って優しいものだった。


(こっちが、本当のタクトなのかな…)


「眠れ、なくて…。タクトこそ、どうしてここに?」

「…うん、アヤに話すよ」


 静かに言われたその声は、何処か哀しみを含んでいるような気がした。


「夜はね、操りの術が弱まるのか、自分の意志で行動できることが多いんだ。それに、アヤも多分知っていると思うけど、この丘は闇系の術を弱らせる力があるみたいなんだ」


 そのことは、アヤも知っていた。


「僕がよく此処に来るのは、それが理由なんだ」

「そうだったんだ…」

「でも、そろそろ本当に時間がなくなってきてるんだ。僕が、僕でいられる時間が、ね…」


 今度は本当に、哀しみと諦めが含まれていた。

 魔力の強い相手に操られているため、もう自分ではどうすることもできない。


「だからアヤ、そろそろ僕に関わるのはやめた方がいいよ。何時か、アヤを傷つけるかもしれないから」

 優しく接してくれた人を傷つけたくない。だから、もう別れた方がいいのだと、タクトは考えていたのだった。

 一方、別れを告げられたアヤは、迷っていた。

 タクトを助けたい気持ちはあるが、時間がなくなってきている。そのうえ、確実に助けられるかすら判らない。タクトの言う通り、大人しく引くべきかもしれない。しかし、もしここで引き下がったら…。


「嫌だよ」

「アヤ…」


 沈黙がおりる。

 流れる雲が白く輝く月を隠し、辺りが暗くなる。


「ねぇ…。私がタクトを助けるよ」


 アヤの声が、やけに大きく響いた。


「危ないよ」

「そうかもしれない」

「かも、じゃない。危険すぎる。もしかしたら、アヤを傷つけるかもしれないって言っただろう?」


 止めようとするタクト。


「いや、もしかしたらじゃない」


 タクトは、首を横に振って訂正する。


「僕を操ってる人、(あるじ)様がアヤのことを知ったら、僕は確実にアヤを傷つけることになる。そんなのは、嫌なんだ。だって…」


 そこで一度、タクトは言葉を切った。そして、一呼吸おいてから後を続ける。


「アヤは、僕に優しくしてくれた。そんな人を傷つけたら、僕は自分を嫌いになる」

「タクト…」


 タクトの気持ちも判るアヤは、また揺れた。


「お願いだ、アヤ。僕を助けようとして、傷つかないでほしい。それなら、助けなくていい。アヤを傷つけるくらいなら、僕は助からなくていい」


 その言葉が決め手だった。


「嫌だ」


 アヤは即答した。もう一度、新たに決意した。


「アヤ…」

「嫌だよ」


 簡単には揺らぎそうのない、意志の強い声だった。


「タクトが反対しても、私はタクトを助けるよ」


 これが、ようやく見付けた答えだった。悩んで、誰かに相談して、そして本人の話を聞いて出した答え。それは、そう簡単には変わるものではなかった。


「なん…で…」

「私が、決めたことだから」


 そしてアヤは、笑った。タクトはアヤが笑みを浮かべたことに驚き、その後渋々と頷いた。


「…………判った」

「なるべく早く、術を解くから」

「待ってる。ただ、これだけは言わせて」


 タクトがまっすぐアヤを見る。アヤも、タクトの瞳を見た。


「もし、アヤを傷つけたら、ごめん」

「気にしないから大丈夫だよ」


 アヤは優しい声で言った。タクトが、ほんの少しだけ嬉しそうに口元を緩ませた。


「あと、なるべく怪我をしないでほしい」


 操られた自分が、アヤに攻撃することになるだろうと、タクトは予想していた。状況によっては、アヤが怪我をするであろうことも。


「うん」


 アヤは静かに頷いた。

 風が吹き抜ける。それと同時に、タクトが短い別れの言葉を呟いて姿を消した。その場に残ったアヤは一人月を見て、決意を新たにした。



 次の日の放課後、アヤはハルルと教室で話をしていた。


「昨日の夜ね、いつもの丘でタクトに会ったの」

「夜、外に出たの?」


 ハルルが呆れた声で尋ねると、アヤは小さく「うん」と頷いた。普通ならここで何か言う人が多いが、ハルルはそうしなかった。夜、時々アヤが外に出ることは知っていたし、重要なのはそこではないと判っていたからだった。


「それで?」

「タクトは、誰かに操られてるって…。今はまだ平気だけど、そのうち完全に操られるだろうって」

「前に話してたね」

「うん。それで、危ないからもう近付くなって…」


 アヤの声がだんだん小さくなり、アヤはしゅんと下を向いてしまった。


「なんとか、してあげたいのに…」

「そうだね。でも、タクトくんもアヤちゃんのことを想って、そう言ったんだと思うよ?」


 ハルルが優しい声で言う。


「うん。それは判ってる。けど、どうしてもこのまま別れるのが嫌で、助けてあげたかったから…」


 アヤが気まずそうに言葉を切る。すると、ハルルは困ったような笑顔を浮かべて、アヤが言おうとしていたことを先に言った。


「もしかして、『嫌だ』って言ったの?」


 こくん、とアヤの首が縦に振られる。


「そして、『助ける』って言ってきたの?」


 再び、アヤの首が縦に振られ、ハルルは苦笑いを浮かべた。

 やっと気まずさが消えたアヤは、その後タクトと話したことをハルルに聞かせた。


「そっかぁ。タクトくんの気持ち、判らないでもないけどさ、もう少しタクトくんの言い分も受け入れてあげなくちゃ」

「う、うるさいなぁ。昨日は必死だったの」

「それはそうかもしれないけどさ。でも、ちゃんと本人に伝えられたんだからよかったね」


 にっこりと笑うハルル。アヤは、少し照れながら「うん」と頷いた。


「ま、いい方向に進んだんじゃない? 私にできることだったらなんでもするから、困った時は相談してね?」

「うん…努力する」


 すぐ頷いたアヤだったが、少ししてから小声でつけ足した。


「『努力する』じゃなくて、絶対だよ!」

「うん、判った」


 強く言ってきたハルルに、アヤは笑みを浮かべた。


「今、笑ったでしょ」


 確信をもって、ハルルが言う。


「笑ってないよ」


 即答しつつ、アヤは先程よりも笑みを濃くする。


「嘘つき。何で笑うのよ」「笑ってないって」


 尚も、アヤは否定する。


「笑ってた! 私、ちゃんと見てたんだから!」


 子供のように大きな声で言うハルル。アヤはそんなハルルを見て、子供みたいだなと思う。


「判った、認めるよ。でも、悪い意味じゃないんだよ?」


 アヤは笑ったまま言った。一方、ハルルはふざけたままで、少々怒っている。


「ただ、はるるんらしいなって思っただけ」

「そうなんだ。でも、今は違うでしょう?」


 あっさりといつもの調子に戻り、尋ねる。


「ん? まあね」


 今度は悪びれもせずに答えた。


「むぅ…」


 再び子供のように振る舞うハルルに苦笑して


「ほら、そんなに怒んないでよ」

「もう! アヤちゃんのせいだからね」

「違うけどね」


 ハルルの言葉に、アヤはいつもの調子で返した。


「冷たい…」

「自業自得。でも、ありがとね」


 パッと気持ちを切り換えてお礼を言うと、ハルルもふざけるのをやめた。


「何かしたっけ?」


 故意に言われた言葉に、アヤはきょとんとする。しかし、すぐに別れの言葉を口にした。


「いや、なんでもない。じゃあ、また明日」

「うん」


 表面上は教師と生徒という立場だが、二人は友達同士のように別れを告げた。



評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ