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chapter 6

 アヤが目を覚ますと、自分は何処かの家のベッドで眠っていたことを知る。部屋は薄暗く、窓から入ってくる光は青白い月の光で、今が夜だということを理解する。

 しばらくぼうっと天井を眺めていると扉が開き、誰かが部屋ぬ入ってきた。


「起きたのか?」


 アヤの耳に届いたのは、自分を運んでくれたクリスのものだった。


「クリス…ここは何処なの?」

「民家が並ぶところから少し離れた家だ。ここら辺は、今は誰も住んでないからな。時々使わせてもらってるんだ」

「そう…。助けてくれてありがとう」

「あぁ。もともと、お前を助けに行っただけだしな。そういえば、眠る前に言ったこと、あれはどういう意味だ?」


 ぼうっと宙を見つめる目は、ただ天井を見ているだけなのか、思い出そうとしているのか判断がつかなかった。


「クリスには関係ないし、話したくない」


 静かにそう答えたアヤは、布団の中にもぐってしまった。


「それなら、聞かねぇよ」


 安心したのか、布団を掴んでいる力が緩くなった。再び、静かな声で質問がある。


「ねぇ、今何時?」


 夏が近いせいか、ほんの少しだけ空は明るい。


「七時くらい」

「帰る」


 だいたいの時刻を聞いたアヤは、すぐにそう言った。


「その方がいいだろうけど、平気なのか?」

「平気」


 アヤの心配をしてクリスは尋ねたが、すぐに答えて布団から出てくる姿を見て、とりあえず一安心した。

 この家に来る前は、歩けないほど弱っていたアヤだったが、休んだおかげなのか、今はしっかりとした足どりで歩いていた。それでも心配だったクリスは、嫌がるアヤを無視して途中まで送った。


「ありがと…」


 最後まで嫌がっていたが、きちんとお礼を言うアヤ。そんなアヤを見たクリスは、思わず口元が緩んでしまっていた。


「心配だったからな」

「敵を心配してどうするの? クリスらしい気もするけどさ…」


 以前のような調子で返ってくる言葉に


「どういうことだよ」


 と少し怒りぎみの声で言うクリス。すると、アヤはふわりと笑って言った。


「だって、優しいアクマでしょ?」


 アヤの笑顔に思わず見とれ、思ってもいなかったことを言われたクリスは、言葉に詰まってしまった。


「…っ。あぁ」


 クリスと別れ城に戻ると、あまりにも帰りが遅いアヤを心配していた王妃が出迎えた。アヤは、帰りにアクマと戦うことになってしまいなんとか助かった後、疲れていたから今まで一人で休んでいたと説明した。Aクラスのアクマであるクリスといたことは、決して口にしなかった。

 次の日、昨日の夜に多少無理をして起きていたせいか、疲労感がアヤを襲った。それでも学校へ行こうとするアヤを、使用人の一人のルディシアが止めて、学校を休ませた。

 一方学校では、登校してこないアヤを心配するユキの姿があった。


「どうしたの?」


 いつも落ち着いているユキが、今日に限ってそわそわしている姿を見て変に思った担任のハルルは、彼女に声をかけた。すると、ユキが昨日の夕方に起こったことを話し出した。長くなると思ったハルルは、ユキの話を途中で止めて場所を変えることにした。朝のホームルームを副担任の教師に任せ、二人は古代文字資料室で話をすることにした。使用する人が少なく、よく使うのがハルルしかいないため、ハルルが使いやすいように変えられてしまった部屋で、ユキは続きを話す。


「どうしよう。アヤが、Aクラスのアクマに連れてかれちゃった…」


 今にも泣きそうな声でユキが言う。しかし、ハルルは落ち着いていた。ユキの話に出てきたAクラスのアクマには、心当たりがあった。


「それって、濃い灰色の髪をした少年じゃなかった?」


 アヤから何度も話を聞かされ、遠くから姿を見たことのあるアクマ。アヤはそのアクマを、クリスを優しい人だと言っていた。


「そうよ。そのアクマが、アヤを…」


 間違いない。アヤを連れていったAクラスのアクマは、クリスだとハルルは思った。


「安心して。アヤちゃんは無事だから」


 ユキを安心させるように笑みを浮かべて言う。


「どうして? Aクラスのアクマに連れていかれたっていうのに、安心なんてできないわ」


 ハルルは苦笑いしそうになるのを抑えて言った。


「大丈夫。彼は悪いアクマじゃないから」


 あまり納得できるようなことではなかったが、ハルルのことを信じているユキは黙るしかなかった。

 ユキは、二時限目から授業に出た。ハルルと話をしたおかげで、朝よりは落ち着いていた。

 ユキの話を聞いたハルルは、古代文字の授業が一つも入っていないのをいいことに、学校を休むことにして城へ向かった。



 城に着くと、いつも通り王妃が出迎えてくれた。


「あら、ハルルさん。どうしたの?」

「こんにちは、王妃様。学校でユキちゃんからアヤちゃんのことを聞いて、心配だったので来てみたんです」

「まあ、そうだったの? さぁ、どうぞ。アヤはいつもの部屋にいます」

「ありがとうございます」


 何度も来たことのある城の中へ入り、アヤの部屋に入る。


「アヤちゃん」

「…はるるん。どうしたの? 先生が学校休んでいいの?」


 声は弱く小さいが、いつもと同じ調子の言葉が布団の中から聞こえた。


「今日は授業がないの」

「…だからといって、サボるのはよくないよ?」

「お見舞いに来たんだよ」


 ハルルが明るい声で言うと、アヤは黙ってしまった。


「もう、なんで黙るの」

「…お見舞いなのはそうかもしれないけど、他にも何かあるでしょう?」


 お見舞いの他に、違う用事で来たことをあっさりと見抜かれていた。

 普通なら驚くようなことだが、ハルルはアヤのそういったところに慣れてしまっていたので、感心するだけだった。


「流石だね。で、クリスくんに助けてもらったんだって?」

「なんで知ってるの?」

「ユキちゃんから聞いた話で、なんとなくそう思ったの。ユキちゃん、アヤちゃんがAクラスのアクマに連れ去られたって、すごく心配してたよ?」

「…ごめん」

「私に謝られてもなぁ。隠したいなら、本当のことを言わなくても構わないけど、ちゃんとユキちゃんに謝っとくんだよ?」

「…判ってる…」


 アヤの気持ちを理解した上で、ハルルは言ったのだった。


「ねぇ、ユキちゃんを守ろうとしたのはいいことだけど、無理しちゃ駄目だよ?」

「してない」

「嘘つき。魔力の使いすぎで学校休んだくせに」


 自分でも判っていたことだから、アヤは黙ってしまう。


「まったく…。アヤちゃんは他の人より魔力が強いけど、その分倒れやすいんだからね」

「知ってる」

「判ってるなら、もう少し心がけてよ」


 随分とあっさりした反応に、ハルルは文句を言う。


「いつも気をつけてるよ。ただ、今回はちょっとだけ無茶をしちゃっただけで…」

「アヤちゃんのちょっとは、ちょっとじゃないでしょう?」


 ハルルの呆れきった声に、アヤは「うっ」と詰まる。


「どうしたらちょっと無理しただけで学校を休まなくちゃいけなくなるのか、こっちが教えてほしいくらいだよ」

「………」


 何も言えなくなってしまったアヤは、黙ってしまう。


「こら、黙らないの!」


 それでも黙っているアヤに、ハルルは溜め息を吐いて話を変えた。


「で、朝ご飯は食べたの?」

「少し食べた」

「少しか…。まぁ、食べたならいっか。後はゆっくり休むだけだけど、他に何か食べたい物とかある?」

「…果物」


 ハルルはニコッと笑って


「判った。持ってくるから、ちょっと待っててね」


 と言って部屋を出ていった。

 少しして、ハルルはりんごを持って戻ってきた。


「はい、りんご」


 アヤはりんごの入った皿を受け取ると、起き上がって食べ始めた。


「それでさ、話をまた戻しちゃうのは悪いんだけど…」


 りんごを食べるアヤを見ながら、ハルルは言った。しかし、最後まで言わず、聞きにくそうに目を泳がせていた。


「ん、何?」


 そんなハルルの様子に気付いたアヤが、先を言うように反応する。


「何も…なかった?」

「何が?」

「その…アヤちゃんが悩んじゃうようなこと…」

「あぁ、なかったよ」


 なんだそんなことか、とでも言うような調子でアヤは答える。すると、安心した声が聞こえた。


「よかった」

「はるるん、りんごありがとう。おいしかったよ」


 空になった皿を返しながら、アヤは言った。


「どういたしまして」


 皿を受け取りながら、ハルルはいつもの笑顔を浮かべた。


「さぁ、後はゆっくり休もうね」

「うん。ちょうど眠たくなってきたし…」

「そう? それはよかった」

「あの…さ、もう帰っちゃうの?」


 布団にもぐったアヤが尋ねた。弱っているからか、それともべつの理由からなのか、その声は小さかった。


「そうするつもりだけど、どうして?」

「眠るまで、傍にいてもらってもいいかな…」


 ハルルはふっと笑って、アヤの手を握る。


「いいよ。ずっと隣にいる。だから、安心して寝ていいよ」

「ありがとう」


 少しして、アヤの寝息が聞こえてきた。安心しきった寝顔を見たハルルは、思わず口元が緩んだ。


 正午近くになって、アヤは目を覚ました。


「おはよ」

「…うん。あの、ありがとね」


 握られている手を見て、アヤはハルルに言った。


「いいって。それより、お昼はどうする?」

「食べるよ。はるるんも食べていきなよ」

「お言葉に甘えて…って、起きるの?」


 アヤが布団から出て着替えようとしているのを見たハルルは、思わず大きな声を出してしまった。


「少しは動かないと」


 アヤの顔が不満そうに曇る。


「そんなに体調悪くないし」

「アヤちゃんはそういう人だもんね。無理してなさそうだし、いっか」


 昼食をとった後、アヤは再び寝た。ハルルは、家に帰らず、アヤの部屋で本を読むことにした。

 ハルルが本を読み終えて、隣で眠るアヤを見た。ずっと眠っているのに、起きる気配もない。魔力の使いすぎで眠るのはよくあることだが、アヤは明らかに眠りすぎだった。ハルルは、不安に包まれる気がした。しかし、それ以上は考えないようにして、再び本を読み始めた。



 夕方になって、ユキが城に来た。アヤの部屋の扉を開けて、上半身だけ起き上がっているアヤの姿を確認するやや否や、アヤのところまで早足で近付いた。そして、


「アヤのバカ!」


 怒鳴った。怒鳴られたアヤは、申し訳なさそうに下を向く。


「本当に、すごく心配したんだからね!」


 ユキは、目に涙をためて言った。


「…ごめん」


 アヤが、やっと聞きとれるぐらいの声で言う。


「謝るだけで済むようなことじゃないわよ。でも、よかった」


 ついに、ユキは泣き出す。アヤは、そんなユキをそっと抱きしめた。


「本当に、Aクラスアクマに連れていかれたと思ったんだから!」

「大丈夫だよって言ったはずだったけどね」


 アヤが言う。すると、ユキが


「アヤの大丈夫は、いつも嘘ばかりだもの。信じてないわよ」


 と酷いことを口にした。


「それに、あの状況であんなこと言われても、信じられるわけないじゃない」

「まぁ、そうだね…」


 昨日のことを思い出したのか、アヤは苦笑しながら言った。


「で、どうやって助かったの?」


 連れ去られるところを見たユキには、浮かんで当然の疑問だった。


「それは、まあ…いろいろあって、ね…」


 話したくないアヤは、言葉を濁らせる。


「いろいろって?」

「それは、その…」


 どうやってはぐらかそうかと、アヤは必死に考える。すると、今まで黙っていたハルルが口を開いた。


「ねぇアヤちゃん。さっきは隠したいなら話さなくてもいいって言ったけど、ユキちゃんは親友なんだから、話してもいいんじゃないの?」


 少し考えてから、アヤは今までのことをユキに話すことにした。


「…………うん」


 アヤが今までのことを話している間、ユキは静かに聞いていた。アヤが話し終えると、ユキは溜め息を吐いた。


「…はぁ。アヤはよく、隠し事をするって判ってるつもりだったけど、まさかここまでとはね」


 すっかり呆れているユキに、アヤは何も言えない。


「うっ…ご、ごめん」

「別にいいわよ。慣れてるし」


 そんな二人を見て、ハルルは苦笑する。


「で、タクトっていうアクマを助けたいのね?」

「うん…」

「私も手伝うわ。いいでしょう?」

「ありがとう」


 ユキが家に帰り、再びアヤとハルルの二人になる。


「ねぇ、どうしてユキちゃんに隠そうとしたの?」


 ハルルには、なんとなくその答えが判っていたが、アヤに尋ねた。アヤは下を向いて、答えようとしない。


「ねぇ…」


 ハルルが答えるように促す。


「……はるるん。私が言う答え、判ってるんじゃないの?」


 アヤが下を向いたまま、小さい声で言う。


「まぁ…大体は、ね」


 言葉はいつものような感じだったが、声の調子はいつもと違っていた。ハルルにしては珍しい、静かで落ち着いた感じのするものだった。


「違ってたら言うから、言ってみてよ」

「本当は、アヤちゃんから聞きたかったんだけどな…」


 ハルルはそう呟いてから、答えを言い出した。


「まず一つ目。ユキちゃんを巻き込みたくなかったから」

「うん…。合ってる」

「そして二つ目。怖かった」

「………………」


 ハルルの二つ目の答えを聞いたとたん、アヤは黙りこんだ。


「あたってる?」


 確認をとるハルルに、


「…うん。合ってる…よ」


 と答える声は、かすかに震えていた。


「当たり前だけど、一つの物事に対する考えは、人によって違う」


 ハルルが、アヤの傍に座って言う。


「だから、アクマに対しても考え方は人それぞれ」


 アヤはハルルの言葉を、静かに聞いている。


「私やアヤちゃんは、アクマの中にも優しい人はいるって考えてる。けれど、他の人は違う。もちろん、ユキちゃんも」


 ユキの名前が出されたとたん、アヤはピクッと反応した。ハルルはそのことに気付いたが、あえて気付かなかったふりをして話し続ける。


「ユキちゃんが、私達と同じ考えを持っているとは限らない。だから、話すのが怖かったんじゃないの?」

「そう…だよ」


 そう答えるアヤの声は、さっきよりも震えていた。


「ごめんね。ちょっと、無理させちゃったかもしれないね」


 そう言って、ハルルはアヤの頭を撫でた。声の調子も、いつも通りに戻っている。アヤは、ハルルにされるがままになっていた。


「本当に、ごめんね」


 アヤが落ち着いたころ、ハルルはもう一度謝って帰っていった。



 その日の夜、アヤはこっそり城を抜け出して丘に行った。丘に着くと、先客がいた。暗くて、誰だか判らない状態なのに、アヤにはタクトだと判っていた。


「もう…時間がない」


 呟かれた声は、確かにタクトのものだった。


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