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chapter 3

 次の日の放課後。


「アヤちゃん、昨日よりも悩み事が大きくなってない?」


 突然、ハルルに虚をつかれたアヤは、びくっとして慌てて平静を装おうとしてやめる。ハルルがそういったことに鋭く、そのことをよく判っていたからだった。

 ハルルは当たりだったのが嬉しかったのか、ニコニコしている。


「………何で…そう思ったの?」


 ただ頷くのが嫌だったアヤは、肯定ととれる質問をする。


「やっぱり当たりだったんだ。だって、今日はほとんど判りやすい作り笑いだったから」


 ハルルの言葉を聞いたアヤは、黙りこんでしまう。

 昨夜考えたことを話した方がいいのか。ほとんどの人は、話してくれることを望むだろう。しかし、ハルルは違った。

 アヤが話すか話さないか考えていることに気付いたハルルは、一瞬だけ困ったような笑みを浮かべて言った。


「話さなくていいよ」

「へっ?」


 真剣に考えていたアヤは、突然のハルルの言葉に驚いて間抜けな声を上げる。


「無理して話さなくていいよ。かなり真剣に悩んでるから、本当は話したくないんじゃないかって思っただけ」


 当たりだった。本当は話したくなかったが、話した方がいいとも思っていたから悩んでいた。


「でも、気にならないの?」

「気になるけど、無理して話してほしくなんかないよ。話したくなったらいつでも聞くし」

「ありがとう」


 今話をしている人がハルルでよかった、とアヤは思った。もし親友のユキと話をしていたら、今ごろ全て話すことになっていただろう。


「どういたしまして。でもね、話しちゃった方が気持ちが楽になると思うよ。それに、あまり長く抱えこむのもいいことじゃないし」


 紅い夕日が、教室を茜色に染めている。


「今日はいいけど、あまり長く考えるようだったら誰かに話しなよ?」

「うん、そうする」


 ハルルは、アヤの表情が和らいだのを見て笑顔になる。


「また明日。気をつけてね」


 笑顔のハルルに見送られ、アヤは教室を出た。

 城へ続く道がある噴水広場に向かって民家の並ぶ道を歩いている時、近くで叫び声が上がった。子供達が近くの家に逃げ込み、大人の人達が騒ぎが起こっているところへ走っていく。アヤは歩きながら、またアクマが出たのだろうと思っていた。騒ぎに巻き込まれる前に、この場所を離れようとしたアヤは走りだした。

 何を思ったのか、ふと横の細い道を見ると、少年がまっすぐ走ってきていた。ぶつかる、と思うや否や、アヤは走ってきた少年とぶつかり、少年の下敷きになってしまう。


「おい、大丈夫か?」


 少年の後から来た、もう一人の少年が倒れている二人に声をかける。


「俺は平気だけど、女の子が…って、アヤ?」

「う……あ、タクト…とクリス」


 アヤがゆっくり起き上がる。すると、クリスがアヤを横に抱えて歩き出す。


「ちょっ、降ろしてよ」

「大人しくしてろ。さっき立てなかったのに、歩けるわけがないだろう」


 クリスに言われたことが本当だったため、アヤは何も言えなくなる。


「放っといてくれればよかったのに」

「あそこにいたら、すぐに騒ぎに巻き込まれて、アクマに見付かるだろ」


 今度はタクトに言われる。


「二人だってアクマじゃん」

「別に、俺達が何しようが関係ないだろ」


 クリスが答えになっていない答えを言う。


「答えになってない」

「うるせー」

「本当のことを言っただけじゃん。で、どこに連れて行くつもりなの?」

「さぁ、どこだろうな」

「ちゃんと答えてよ」


 アヤとクリスが言い合うなか、タクトは静かに二人の会話を聞きながら歩く。アクマ二人に学生一人、という変な三人組は民家の並ぶ道を進む。幸い、道には誰もいないため、三人を奇異の目で見てくる人はいない。


「嫌だって言ったら?」


 クリスがおもしろがって言う。アヤは、上にあるクリスの顔を睨みつける。


「おもしろいな」

 ゴツ、と音がして、クリスが呻く。アヤがクリスの頭を叩いたのだ。


「本音を言うからだろ」


 呆れた、とばかりにタクトが言う。


「で、どこに向かってるの?」


 アヤが怒った調子で尋ねる。


「噴水広場だ。どうせ下校中だったんだろ?」

「そうだけど、広場の中まで行かないでしょ?」

「当たり前だ。騒ぎを起こさなければアクマだって気付かれることはないが、もしかしたら気付く人がいるかもしれないからな」


 会話が終わり、アヤは大人しくクリスに運ばれる。

 少し人気が多くなってきたところで、クリスが足を止める。


「ここまでだな。立てるか?」

「うん、平気。クリスが運んでくれたから。重くなかった?」

「重かった」

「そういうのは、たとえ冗談でもそんなことないよって答えとくものなんだよ」


 アヤが言うと、すぐ近くにいたタクトがうんうんと頷いていた。


「冗談に決まってるだろ。にしても、今日はよく喋るな。前よりも明るい気もする」


 そう言ったあとに、クリスは意外だ、と呟く。


「意外とは失礼な」

「聞こえてたのかよ」

「当たり前でしょう?それに、私はもともと明るい性格なの」

「そのわりには、この前は随分と大人しかったな」


 アヤはクリスから目を逸らす。


「そ、それはその…この前はちょっと…」

「目を逸らすな。ちょっと…何だ?」


 アヤはちらちらとクリスを見ながら話す。


「この前は、ちょっと調子が悪かっただけだよ」

「具合でも悪かったのか?」


 きょとんとしたクリスが尋ねる。隣で二人の話を聞いていたタクトは、心の中で違うだろ…と思っていた。しかし、クリスに言うこともなく二人の会話の続きを聞くことにする。


「違うよ。気持ちの問題。進級して、クラス替えとかいろいろあったから、知らないうちに疲れてただけ」


 アヤの答えを聞いたタクトは、やっぱりと思う。そしてクリスは、そっちの調子が悪かったということを知って納得する。


「そっちか。あまり無理すんなよ? 身体も大事だが、気持ちの方がもっと大事だからな」

「クリスに言われなくても判ってるって。でも、ありがとう。じゃ、そろそろ行くね」

「あぁ、気をつけて帰れよ」

「うん。二人は変わったアクマだけど、優しいアクマなんだね」


 アヤはそう言うと、噴水広場へ走っていった。

 だんだん姿が小さくなっていくアヤを見ながら、クリスとタクトは同じことを胸の中で呟いた。


(優しいアクマ、か…)


 数日後の放課後、アヤとハルルはいつものように話をしていた。


「最近、いつもの調子に戻ってきたね」

「うん。春はいろいろなことがあって、知らない間に疲れがたまりやすいからね。それに、今年はAクラスの変わったアクマ二人と会っちゃったし」

「この前話してくれた、クリスくんとタクトくんのこと?」

「そうだよ」


 アヤは自分の調子が戻ってきてすぐに、ハルルにクリスとタクトのことを話していた。


「この前、優しいアクマだねって言っちゃったんだっけ?」


 ハルルが笑い出す。


「アクマ相手に変だったかな」


 アヤは苦笑いをして言う。


「そんなことないと思うけど? 優しいアクマだっているんじゃないかな。私はいると思ってるよ」

「やっぱり?」

「アヤちゃんもそう思ってるんだ」

「もちろん」


 アヤはハルルを見て、笑った。ハルルもすぐに笑顔を浮かべる。


「アヤちゃんは、笑ってる顔が一番だよ」

「ありがとう、はるるん」


 夕日の色に染まった街を見て、アヤはかばんを手に取る。


「じゃあ、そろそろ帰るね」

「うん、またね」


 そして、アヤは夕方の街へ出ていった。

 アヤはいつもとは違う、遠回りになる草原に近い道を歩いていた。草原とお気に入りの丘が見える場所で足を止める。そして、横を向いて草原を見た。

 明日あたり、また丘に行こうかなとぼんやりと思う。春の暖かい風が吹き、アヤは心地好さそうに目を細めた。

 草原の方にある、茜色の夕日をしばらく眺めてから再び歩き出した。

 ハルルの家へ続く道があるところに来た時、ちょうどハルルと会った。


「あれ? アヤちゃん、こんなところでどうしたの?」

「ちょっと遠回りしてみたくなって。はるるんこそ、早い帰りだね。仕事終わったの?」

「もちろん」


 アヤが疑いの目でハルルを見る。


「あ、疑ってるでしょ。ちゃんと終わってるからね。後は家でやろうと思って持ち帰ってきたんだから」

「それ、終わったって言わないんじゃないの?」

「学校でやっておこうと思ってたことは終わったから、終わったの。そうだ、明日あいてる?」


 明日は休日のため、学校はない。特にすることもないアヤは、一日中あいている。


「うん、あいてるけど」


 ハルルが嬉しそうに笑う。しかし、アヤは突然の笑顔に首をかしげる。


「じゃあさ、桜を見に行こうよ!」


 そこでようやく、ハルルが笑った理由が判る。

 今の時期は、桜が満開になっている。桜が大好きなアヤにとっては、一番嬉しい時期だ。


「いいね。私、草原の奥の方にあるところに行きたい」

「どこにあるの?」


 普段から草原に来る人は少ない。まして草原の奥となれば、足を運ぶ人はもっと少なくなる。そのため、アヤが提案した場所を知る人はあまりいない。


「草原をかなり南東に行くと、小川が流れてるところがあるの。で、そこに桜の花も咲いてて、並木道になってるんだ」

「そんなところがあったんだ」

「うん。小川を越えて、ちょうど桜並木の向かい側に行くと、花畑もあるの」


 アヤは、いつか見た景色を思い出しながらハルルに話をした。とても幸せそうに笑うアヤを見て、ハルルも思わず口元が緩む。


「始めて知った。アヤちゃん、よく知ってるね」

「お気に入りの場所だから。草原に来る人自体が少ないから、あまり人がいなくて静かなところなんだよ」

「へぇ。じゃあ、明日はそこに行こうか。アヤちゃんの好きな時間に、私の家に来てよ。いつでも行けるようにしておくから」

「判った。じゃあ、また明日」


 今度こそまっすぐ城へと戻った。


「ただいま」

「おかえりなさい。少し遅かったわね」


 いつも通り王妃が出迎える。


「ちょっと遠回りをしてきちゃって…」

「そうだったの。何もなかった?」

「うん」

「よかったわ。それにしても、なんだか嬉しそうね」


 「何かあったの?」と王妃が尋ねると、アヤは笑顔を見せ


「明日、はるるんと桜を見に行くの!」

「そう、それはよかったわね」

「うん」


 嬉しそうに笑うアヤを見て、王妃も微笑みを浮かべた。数日前まで元気のなかったアヤを心配していたからだった。




 昼より少し前の時間に、アヤとハルルは目的の場所に着いた。

 小川に沿って咲き乱れる桜並木を見て、ハルルが感嘆の声を上げる。そよ風が吹く度にひらひらと散る花びらは、まるで雪のように見える。


「きれいだね」

「そうでしょ」


 アヤは並木道の中に入る。上を見上げれば満開の桜があって、アヤは宙を舞う花びらを掴もうと手を伸ばす。ハルルはそんなアヤを見て、微笑んだ。

 少しして、二人は小川を渡り桜並木の反対側にある花畑に来た。温かいオレンジ色の花や紅色の花など、色とりどりの花が一面に広がっている。二人はシートを敷いて、昼食をとった。


「いいところだったね」

「そうだね。今年も来られてよかった」

「毎年来てるの?」

「そうだよ。遠いところだけど、一番春を感じられるから」


 アヤは仰向けに寝ながら言う。ハルルもアヤと同じように仰向けになる。


「確かにそうだね」


 うっかり眠ってしまいそうなほど、暖かい陽が差している。

 他の人が通りかかることもないため、風が吹く音や小川が流れる音が、とてもよく聞こえた。

 しばらくのんびりして、そろそろ帰ろうかということになった。荷物を片付けて、桜並木のあるところに戻る。


「ねぇ、はるるん。帰る前に少しだけ、並木道の中を歩ってきてもいい?」

「いいよ。私は、ここで待ってるから」

「ありがとう」


 アヤは少しだけ中の道を歩き、ハルルの元へ戻ることにした。

 桜並木の中を出る時、アヤは一度だけ振り返った。


(えっ―――?)


 桜並木の中に、最近よく見かけるようになった少年がいた。


(タクト―――?)


 少年がアヤのことに気付いて、顔を向ける。ほんの一瞬だけ目が合ったかと思うと、アヤが慌てて桜並木を出るところだった。

 走って戻ってきたアヤに、待っていたハルルが声をかける。


「アヤちゃん、どうしたの?」

「えっ? あ、何でもないよ」


 そう言ってアヤが笑うと、ハルルも笑ってみせた。しかし、ハルルはアヤに何かあったことを感じ取っていた。それでも笑ったのは、いつかアヤが話してくれるだろうと思っていたからだった。


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