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chapter 9

 クリスと話をしたその日から、アヤは城の書庫や図書館の魔術書を読み、操りの術について調べていた。操りの術にもいろいろな種類があり、術によって解き方も違うため、アヤは様々なことを覚えていった。



 数日後、ユキは毎日魔術書を読むアヤを心配するようになった。

 放課後になり、いつものように誰もいなくなった教室で、アヤは一人魔術書を読んでいた。


「アヤ、あまり無理しないでよ?」

「うん。まだ無理はしてないから大丈夫」


 視線を本に向けたまま答える。ユキが小さく「そう…」と呟いた。あまり信じていないようだ。


「心配そうだね」


 ユキに声をかけながら教室に入ってきたのは、二人の担任であるハルルだった。いつもと同じ笑顔を浮かべている。


「ええ。アヤはすぐに無理をするから…」

「アヤちゃん、言われてるよ?」

「んー? すぐには無理してないし」


 ハルルが楽しそうに言うと、アヤは本に視線を向けたまま答える。


「すぐじゃないとしても、いつも無理してることには変わりないじゃない」

「まぁまぁ」


 少し口調がきつくなりだしたユキを、ハルルがなだめる。はらり、とページをめくる音がした。


「私がアヤちゃんのことを見てるから、大丈夫だよ」

「ハルル先生って、優しいから誰にでも甘そう」


 いつもニコニコ笑っていて何を考えているのか判らないのに、生徒に甘く優しいハルルは、ほとんどの生徒から人気がある。そのせいか、今はユキに信用されていない。


「全然。そんなことないよ」


 否定の言葉を口にしたのは、ずっと本を読んでいたアヤだった。集中できなくなったのか、アヤは本から顔を上げて会話に入ってくる。


「それにしても、この会話はなんなの? 私が誰かに預けられる子供みたいじゃん」

「あながち間違ってないじゃん」


 楽しそうに笑いながら、ハルルが言う。


「はるるん」

「別にいいじゃない。本当にそう思ったんだから」


 悪びれもせずに素直なことを言うハルルに、アヤは少し幼い子供のような口調で拗ねる。


「ひどーい。そこまで幼稚じゃないよ」

「はいはい」


 いつまでも続きそうなやりとりが始まる前に、ユキが呆れた声を出して会話を止める。そして、かばんを手に取った。


「じゃあ、私はもう帰るわね。ハルル先生、アヤのことよろしくお願いします」

「判ったわ」


 まだアヤを幼い子供扱いする二人に、


「私は幼稚な子供じゃないってば!」


 アヤが叫んだ。

 ユキが家に帰り、教室の中はアヤとハルルの二人だけになる。急に静寂が訪れた。アヤは、開きっぱなしだった本に吸い込まれるかのようにして、再び本を読み始めた。


「大丈夫?」


 少ししてから、ハルルがそっと声をかけた。


「うん、平気」


 アヤは本に目を向けたまま答えた。すると、ハルルが少しムッとした声で尋ねる。


「私が、何のことに対して言ったのか、判ってて答えたの?」

「…一応」


 少しの間をおいた後、アヤが小さな声で答えた。「判ってなかった」という答えなら、仕方ないと思えた。しかし、アヤから返ってきた答えは「一応判ってる」というものだった。


「本当に大丈夫なら、ちゃんと私の方を見て言ってよ」


 ハルルが少し強めに言うと、アヤは黙ってしまった。


「…はぁ」


 ずっと何も言わずに本を見ているアヤに呆れ、ハルルは溜め息を吐いた。そして、静かな声でアヤに尋ねる。


「本当は、傷ついたんでしょう?」


 アヤは何も言わなかった。

 アヤには、両親がいない。幼いころに、行方不明になってしまったのだ。今は、両親の兄弟である人達の元で暮らしている。顔や態度に出すことはないが、ひそかに気にしていることだった。

 沈黙が続いていたが、アヤがゆっくりと話し出すことで、沈黙は破られた。


「………情けないじゃん。自分で種をまいておきながら、傷つくなんて」


 アヤは本を閉じて言った。その声は小さく。そして少しだけ震えていた。


「仕方ないんじゃないの? もともと、疲れていたんでしょう?」

「そうだけど…。でも、迂闊だった。後で傷つくことくらい、判ってたはずなのに」

「アヤちゃん…」


 何も言えなかった。もともと疲れていたせいで、余計に傷ついたようだ。すぐ隣にユキがいたとはいえ、からかうのではなく何かしてあげればよかったと、今になって後悔する。


「冗談だったから、余計に辛かったね…」


 ハルルは申し訳なく思いながら言った。そして、アヤの頭を優しくなでた。頭をなでられているアヤは、目を閉じて気持ち良さそうにしている。まるで、猫のようだ。しばらくそうしていたが、ハルルがそっと手を離す。すると、アヤが突然謝ってきた。


「ごめんね、はるるん」

「どうして?」


 アヤが謝る必要なんて、どこにもないはずだ。


「余計な気を使わせちゃったから。でも、ありがとう」


 自分が傷ついているにもかかわらず、他人のことを気にかける。どこまでも優しいアヤに、ハルルはやるせない気持ちになった。




 数日後の夕方、アヤはいつもの丘へ足を運んだ。丘が見えてきたころ、先客がいることに気が付いた。先客は、タクトだった。しかし、今までとは様子が違っている。変に思って声をかけようとすると、光の玉が飛んできた。アヤは驚きつつも、簡単にその攻撃を躱した。

 タクトに攻撃されたことが信じられなかった。思いついた答えは、間に合わなかったということ。アヤはショックを受けた。

 タクトと戦いながら、タクトの目に光がなくなっていることに気付く。もう、完全に操られてしまっている。タクトを操っている人には、心当たりがあった。アヤが、よくこの丘に来ることを知っているアクマだ。そして、その人は少ししかいない。しかし、今は操られているタクトのことの方が先だった。


「タクト…」

「お前がアヤとかいう奴か?」

「………」


 操られているせいか、口調まで変わっていた。


「それは、肯定なのか?」

「………」

「まあいい。さっき戦った時に判ったからな。Aクラスのアクマと戦える学生は、そんなにいない」


 再びタクトから攻撃される。Aクラスというだけあって、タクトは結構強かった。


「いつまで戦うつもりだ? このまま大人しくすれば、お前は怪我をしなくて済むんだぞ?」


 以前のような、アヤを気遣う色は全くなかった。それでも、アヤは諦めようとは思わなかった。

 しばらく無言で戦い続けた。しかし、アヤがタクトの攻撃を受けてしまう。戦いで疲れ始めていたところに攻撃を受けたアヤは、その場にしゃがみ込む。すると、タクトがゆっくりと近付いてきた。


「俺は忠告したぞ? まあいい。大人しくついてきてもらう」


 タクトがアヤを抱えるためにさらに近付く。タクトが手を伸ばした瞬間、アヤはスッと立ち上がった。そして、タクトの真横を通り抜けるようにして、耳元で囁く。


「タクト、遅くなってごめんね……」


 それとほぼ同時に、タクトの足元に魔法陣を敷く。それは、タクトにかけられた操りの術を解くためのものだった。

 アヤが術を行使している時、他のAクラスアクマが攻撃してきた。

 術を途中で止めてしまうと、また一からやらなければいけない。そのため、アヤはその攻撃をそのまま受けた。


「―――っ!」


 あまりの痛さに、顔を歪める。それでも、アヤは術を止めなかった。すると、再びAクラスアクマからの攻撃が飛んでくる。

 術を止めたくはないが、このまま攻撃を受けてしまうのは流石にまずい。一度術を中止することも考えたが、すぐにこのまま魔法陣を作ることに決める。アクマからの光の玉が、どんどん近付いてくる。また攻撃を受けることになるなと思い、目を閉じる。


「アヤちゃんの邪魔はさせないよ」


 ハルルの声が聞こえた。途中で割りこんできたハルルが、アクマの攻撃を打ち消す。

 アヤは閉じた目を開けて、完成した魔方陣を見る。そして、呪文を唱えた。


『我、陣の中の者にかけられし術を解く者。汝、我に力を貸し、その術を解け』


 すると、魔方陣の線が光りだした。少しして、光と同時に魔法陣も消える。

 古い魔術書から見付けてきた術だけあって、どんな操りの術だったのか知らなくても問題はなかった。


「……アヤ?」


 操りの術が解けたタクトは、ゆっくりと目を開きながらアヤの名前を呼ぶ。


「タクト。よかった…」


 ほっと一息吐いて、アヤは優しい微笑みを浮かべる。


「アヤちゃん、疲れてるところ悪いんだけど、そろそろ加勢してもらえるかな」


 ハルルの声に、アヤは慌てて周りの状況を確認する。最初は一人だったはずのAクラスアクマが、いつの間にか三人に増えていた。


「うん、判った」


 アヤ、ハルル、タクトの三人は、一人でAクラスアクマ一人の相手をする。

 ハルルは、今まで戦っていた疲れからか、先程より動きが遅くなる。しかし、三人の相手をしていたのが一人に減ったため、何の問題もなかった。そして、一般人でも追い払うのに苦労すると言われているAクラスアクマを、簡単に追い払ってしまう。学校で、古代文字を教えているとは思えないことだった。

 タクトの方は、操りの術が解けたばかりで、少し手間どっていた。今まで誰かに操られて魔術を使っていたが、今は自分の意思で術を使う必要がある。感覚をとり戻すまでに少し時間を必要としたが、操られる前の状態に戻ってからは強かった。


「―――っく。どこにそんな力が…」

「操られる前に戻っただけだよ」

「裏切り者め…」


 タクトと戦っているアクマが呟く。


「裏切り者?」


 タクトは、その言葉を鼻で笑う。そして、戦っているアクマに向かって言い放った。


「最初から、君達と仲間だったつもりなんてないよ」

「なっ! お前っ!」


 怒ったアクマが、タクトに向かって強い攻撃を仕掛ける。しかし、その攻撃がタクトに当たることはなかった。タクトが、いとも簡単に弾いてしまったからだ。攻撃を弾かれたアクマは、驚きで身体が固まる。


「さっきよりも強い攻撃だったみたいだけど、まさか、それで僕が倒せると思ってたわけじゃないよね?」


 タクトの言葉が図星だったのか、アクマは何も答えなかった。ただ、焦りの色が濃くなったことが判った。アクマが焦る一方、タクトはずっと余裕の状態を保っている。


「忘れたのか知らなかったのかは判らないけど、僕もAクラスアクマだったんだよ?」


 タクトの言葉を聞いたアクマが、さらに身体を固くする。どう考えても、アクマの方が不利な状況にある。タクトは、相手が攻撃を仕掛けてくるまで待つことにした。しかし、アクマは攻撃をしてこなかった。


「こんなことをして、ただで済むと思うなよっ」


 捨てぜりふを残して、姿を消した。



 タクトがアクマと戦っているころ、アヤも一人のAクラスアクマと戦っていた。


「お前が、タクトにかけられた術を解いた奴か」


 戦っている途中で、アクマが呟いた。アヤは、その呟きに反応せずにアクマからの攻撃を弾いた。


「学生のわりには、結構強いんだな」


 再びアクマが呟く。そして、今度もアヤは無視した。答える気がなかったのもあるが、タクトの術を解くために大きな魔術を行使したため、疲れていたのが一番の理由だった。


「だが、さっきの大きな術で、疲れているようだな」


 嬉しそうな一言。誰かの助けがあれば、すぐに追い払うことができる。しかし、ハルルはずっと戦っていたせいで疲れきっている。そして、タクトはまだアクマと戦っているため、二人ともアヤを助けることはできない。

 アクマが言った通り、疲れているアヤは防戦になりつつあった。あまり長引くと、アヤの方が負けてしまう。少しの間、二人は戦っていた。

 そして、アクマが大きめの術を使い、アヤがそれを防いだ後すぐに、アヤは反撃した。それも、結構強めの術で。

 急な反撃に対処できなかったアクマは、アヤの攻撃を受けてしまう。


「今回は引いてやる。だが、主様が黙ってはないぞ」


 アヤの攻撃を受けたアクマは、妙な言葉を残して姿を消した。

 それと同じくらいの時、タクトもアクマを追い払った。


「二人とも、お疲れ様。とりあえず、城に行きましょう?」


 アクマとの戦いを終えた二人に、ハルルが優しく声をかける。そして、三人は城へ向かった。



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