prologue
今年もまた、花が咲き乱れる季節がやってきた。
魔術師が多く暮らすことで有名なフローレ国。国民のほとんどが魔術を使え、使えない人はかなり少ない。そんなフローレ国の首都フィーネには、国立中央魔法学校がある。
その学校の高学部の教師であるハルル・セイエナ・トラプソンは、自分が担当することになった月組の名簿とにらめっこをしていた。
彼女は、とある生徒の名前を探していた。
その少女にとっては、今年が最後の学校生活になる。ハルルは、どうしてもその少女の担任になりたかった。
名簿とにらめっこを始めて数分が経った。
―――あった!
ハルルは、名簿の一番上に書かれているクラス名を見ては少女の名前を見る。そして、見間違いでないことを確認した彼女は、喜びの声を上げる。
「やった!」
「嬉しそうだね」
ハルルの友人が、苦笑しながら言う。ハルルは本当に嬉しそうに笑い、頷く。
「あのね、今年もあの子の担任になれたんだ」
「ハルルは本当に、あの子のこと気に入っているのね」
「もちろん。成績は良い方だし、古代文字に詳しいから」
ハルルは少女のことを話ながら、数年前のことを思い出していた。
それは、その少女が入学してきてすぐのことだった。
この学校は国立であるため、貴族の生徒が多い。そして、レベルも高い。一般人の子供もこの学校に通ってはいるが、貴族の子供から嫌がらせを受けることもある。その少女も一般人だったため、時々嫌がらせを受けていた。
そんなある日、その少女はクラスメイトの貴族に『貴族ってそんなに偉いの?』と言った。その場にいた担任が、ハルルの友人で、ハルルのもとにこの話が伝わった。
「それに、おもしろい子だから」
「へぇ…。ハルルはそれでいいだろうけど、あの子はちょっと可哀相だな…」
「どうして?」
「だって、その子の高学部の担任が、三年とも全て同じなんだもの」
すると、ハルルは頬を膨らませて
「ひどーい。別にいいじゃない」
と言った。ハルルの子供のような態度に、彼女の友人は苦笑する。
「でも、あなたは良い先生だから。きっと、その子も判っているわよ」
「ありがとう」
「ねぇ、少しお茶の時間にしましょう?」
「いいね。ちょっと外の裏庭に行こうよ」
「そうね」
二人が職員室を去った後、春の風がハルルの机の近くを通った。机の上にあった、クラス名簿が床に落ちる。その名簿の名前の前に、印が付けられている名前が一つだけあった。
―アヤ・フォルアナ・ウィルソン
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