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第二話 探偵事務所の仕事

第2話 探偵事ム所の仕事



 「落ち着いた?」

「え、ええ……」

 水を飲んで気持ちを落ち着かせること小一時間。ついでに状況説明をし、決してすぷらったーな現場ではなかったことを説明する。あれが日常だといったら流石に唖然としていたが――常識から考えれば、あんな光景は確かに唖然とするだろう。驚くだろう。それだけ、時乃一探偵事ム所の人間の神経がおかしいという証明でもあるのだが。

「ごめんね。ええっと……名前は?」

 後ろに控えている二人は、ばつが悪いのか、そっぽを向いて照れ隠しにしているだけであった。そんな二人に怯えながらも、倒れた当人……帽子を取ってみれば、まだまだ若い見目麗しい美少女だった。年齢で言えば恐らくは13歳程度だろうか。

 黒に白のメッシュが入った特徴的な髪色と左右の瞳の色が違うことを除けば、何処にいてもおかしくはない美少女ではあるが――平均のレベルからしてみればかなり上に外れているし、髪の色と目の色ははっきり言って不自然だ。

「は、はい。恵那……ルルヴェット・L・L・恵那です」

「L・L……僕や楓子ちゃんと同じ日系?」

「……はい」

 刃剣・G・J・優斗、楓子・V・R・ヴェルデ。共に、英単語が苗字に二つ入っている。

これは、ハーフであるということの証明ではなく、真逆……純粋な日本人の血を引いてい

るということの証である。

 淵都アラタヤド……昔は、新宿と呼ばれていたこの国――日本、今現在では日國と改名されたこの国において、純粋な日本人はほとんどいない。

 数百年前――人口の減少に歯止めが掛からなくなり、一時は一億三千万に届こうとしていたそれも、数十年のうちに一億人を切ってしまった。その傾向に危機感を抱いた政府の人口増加政策が実行に移された。様々な人種との交雑や遺伝子治療、迷信から地域の知恵袋の活用まで、本当に政府の政策か? と思われるようなものも、ありとあらゆる方法が試され――結局、それはさしたる効果を上げなかった。

 だからこそなのか、発想の転換とも言うべきなのか。あるときから、人口の減少はピタリと止まった。どういった政策をしたのか、どういった事を実行に移したのか、諸説入り乱れたが、結局なんであったのかが分からないまま――ほぼ同時期に、ある“もの”が発生しはじめた。

 最初は、些細なことだった。新たに生まれた子供の中に――普通より、肉体的に、頭脳的に優れた子供がいた。それは、神童と持てはやされ、マスコミが騒ぎ立て、政府は自分たちの政策が間違っていなかったと語り、ある宗教家は自分たちの神のおかげだと周囲を騒がせ、霊能者や占い師達は自分が行ったかのように誇った。

 しかし――それが、肉体的な変質を生み出し始めると、状況は一変した。腕や脚が巨大に変質した子供、身体全体が醜悪に爛れてしまった子供、当初は神童と持てはやされた子供たちが成長した後も、それは終わらなかった。今度は、ただの肉体の変化に留まらない、それこそ超能力とも言うべき力がその子供たち――通称ゼロチルドレンと呼ばれた者たちに備わっていった。物質を動かす力から、炎や氷といった属性を操る力、意識を電子の海にダイブさせ、情報をさらう力――それこそ、人類が夢見た“能力”を彼らはその身に宿していた。

 最初は混乱を――そして、その次には畏怖と羨望を。最後には、恐怖を。

人とは違う、人より優れた存在でありたい、という想いは誰にでもあり、それを体現した彼等と、普通の人間との溝は深まっていき、一度は人種差別的な大問題へと発展し、ゼロチルドレン達を虐殺する騒ぎにすらなった。そのことで彼らとの問題が表面化し――沈静化と大騒動を繰り返した末、公的に彼らをサポートする法律が制定された。法律が施工されれば、罪になる事を恐れて、表向きの被害や犯罪は減少し――しかし、裏にはそれを逃れたものたちによる犯罪が増加し、今でも彼らに対する偏見は収まっておらず、不当な扱いを受ける場合も未だに根強く残っている。

 そして、不思議なことにそれは純粋な日本人の血を引く者に数多く発露し、彼らと普通の日本人を区別するために、ゼロチルドレン及びその血に連なる人間たちには英単語を二つ挟んだ名を与えることとなり、その能力を持っている者たちの中で肉体・物質的な変化を持つ者達を“怪異持ち”、精神・知識的な能力が変動した者達を“改竄者”、超常的な能力を持つ者達を“能力者”と呼んだ。

 とは言っても等級、ランク付けがあり、人の才能にも個人差があるように、誰もが誰も、桁外れの能力を持っているわけではない。優斗は勿論、楓子もそれが発露した日系人である。総じて彼らのことを“発現者”と世間的には呼んでいる。何故日本人に多く発露するのか、その原因は不明とされており、今でも研究が進められているらしいが、主だった成果は上がっていない。

 そういった経緯の結果、純血の日本人はほとんどおらず、この國において日本人と呼ばれるものの大半がハーフである。

「僕達に仕事の依頼をしたい、ってことでいいのかな?」

「あ、はい。人探しを――姉を探してほしいんです」

 人探し、という依頼に、一瞬、全員が顔を見合わせた。時乃一探偵事ム所に持ち込まれる表向きの仕事の中で、三番目に多い仕事だ。なお、一番目はペット探し、二つ目は迷子(迷い大人)探しである。

 思わず顔を見合わせてしまったのには勿論理由がある。普通の人探しならばいい。日数が立っていないものならば、比較的目撃証言もあるために探しやすい。だが、一年、あるいは数年も経過した場合、その行方を掴むのは相当に困難な事となる。

 加えて言えば、それが何らかの“組織”が関わっている事だとしたら、もっと厄介になる。当事者同士の話や戦闘で済む可能性はかなり低いだろう。だが、依頼を持ち込んできた人間を追い返すのはこの事ム所の主義に反するし、そうなると決まったわけでもない。

 とりあえずは話を聞いて見なければ始まらない。

「姉さんを探して欲しい……か、まずは、詳細を聞かないとね。僕達は基本的にどんな仕事でも受け付けるけど……勿論、限界もある。出来ることと出来ないこと、そして、なにより――どんな結果になっても、それを受け入れること。それが条件だよ」

 今までにも、そういうことが何度かあった。もうどうにもならない状況で、それを説明しなければならないことが。探偵という職業は警察組織と違い、ある程度の自由が聞く分、細かい所まで探し、行方不明だった人物を探し出すこともある。だが――そこにある事実は、必ずしもいい結果をもたらすとは限らない。

 故に、探し者・物に関する依頼を受ける条件は唯一つ。“どんな結果になってもそれを受け入れること”。

 威圧感はないが、それ以上の何かの力が働いて、思わず息を呑む。同時に、考えられる限りの最悪が頭の中を駆け巡り――それでも、と心を決める。

「それでも、お願いします。どんな結果になっても――受け入れなきゃ、ならないとおもうから」

 その瞳の意思を見て、後ろの二人に合図を送る。正直な話、人探しは労力の割りに実入りが少ないのだが……断る理由は見当たらなかった。楓子は元々断る気もなく、最終的な決定権を持つ唯葉としても、今現在の経営状態を理解しているために、仕事の選り好みは出来ないことを知っている。

 楓子はそのままお茶の用意をはじめ、優斗は改めて恵那と向き合う。

「さて、と……まずは、そのお姉さんの名前と、後、写真かなにかはあるかな?」

「え、あ、はい。これです。今年の初めに撮ったものなので、外見に変化はないはずです」

 差し出された写真には、今目の前にいる恵那と、それを一回り大きくして美人にした女性が移っていた。美人度で言えばこの事ム所の二人に劣っていない。思わず『へぇ……』という呟きがもれるのも仕方のないことで――後ろから、合計四つの痛い瞳が向けられるのも、仕方のないことだ。

 殺意に変化しつつある威圧感をひしひしと感じながら、咳を一つして話題を戻す。

「失踪したのは何時頃?」

「この写真から二ヶ月くらいです」

「っていうことは、一ヵ月半か……微妙な時期だな……」

 少し表情を曇らせたのは、家出か、それとも違うのかが判断の付かない時期であるからだ。今時一ヶ月程度の“プチ家出”など珍しくもない。

「姉さんはそんなことはしません!!」

「あ、うん、いや――そうかもしれないね」

 ばん、と机を叩いて立ち上がり、力説を始めようとする恵那に、脇からお茶を差し出しながら楓子が続ける。

「そうして失踪した人間が何人いるか知っているかしら? 人の心は誰にも分からない。それが例え血を分けた肉親でも。ねぇ貴女? 貴女は、本当の姉さんの姿をどれだけ知っていたのかしら? 本当に理解できていたと心から言えるのかしら?」

 言葉はナイフとなって心を抉る。遠慮も思慮もない言葉は――その代わり、ある側面としての事実を恵那に突きつける。楓子は、こういう言葉に対してわりと遠慮がない。相手の心がどうであれ、単刀直入に事実を告げる。確信犯的に繰り返すことが今までも度々あるが、今回のソレは、ただの嫌がらせなどではない。そういう真実の可能性を肝に銘じておけ、と言外に行っているのだ。

「楓子ちゃん」

「あら、ゴメンナサイ。ついうっかり事実を言ってしまいましたわ。ふふ、適度に落ち込んでくださいな」

 にこやかに黒い笑い声で立ち去っていく楓子の口元は、まったく笑っていなかった。

 いろんな意味で恐怖を感じて身体を硬くしている恵那を見て、なんともいえない笑みで話を再開する。

「ま、まぁ、楓子ちゃんの言葉は少し言いすぎかもしれないけど……事実でもあるんだよ。実際、肉親でも知らないことは多いからね。分からない悩みを抱えていて、それに気付かなかった……なんてケースもざらだし」

「……はい」

「とりあえずは、名前と……何処に通学してたとか、家の場所とか、行きそうなところとか、知り合いとか……思いつく限りの事を言ってもらえるかな?」

「はい、名前は、リルヴェット・L・L・奈津子で、歳は二つ上の15、私が通う八頭学院の高等部に通っていて――」

 対象となる人物の名前から趣味、特徴、どういう行動パターンが多いのかも全て別の紙に記していく。時折間に無駄な話も織り込みながら――三十分程度で大体の情報を列記することが出来た。

 詳細としては――

対象者:リルヴェット・L・L・奈津子

 年齢:15歳 身長:160cm前後 体重:50kg程度

 スリーサイズ:75・55・78

 中等部から噂の美少女で、成績は上の中。運動神経こそあまりよくないが、優しい性格で、下級生や同級生からの人気は高く、生徒会のメンバーにも選ばれている。

 悩みといえばスタイルが悪いことで、それを補うために日夜色んな商品を試しては失敗して唸っていたらしい。

 良く行く場所は女子高生の例に漏れず様々なアクセサリーショップやファッションに関する店やフルタイムショップなど。怪しい、というべきところはあまりないし、発現者だと言っても、それは外見的に奇麗であるというレベルに留まっているらしく、失踪するような恨みややっかみを受ける理由としては少々難しい。

 両親は健在だが単身赴任中……少しだけ気になるとすれば、両親がかつては発現者を排斥する運動を行っていた、という程度だろうか。だが、そういう人たちも、自分の子供がそうなってしまってからは考えを改めた、という例は少なくない。誰だって自分の子供は可愛い……無論、そういう人たちは別の街に引っ越すなどして、排斥から逃れていったが。

「うーん……」

「どうですか?」

「聞いた限りじゃあ、失踪する理由は見当たらないな……自分達で探したり、警邏組織に人探しをお願いしたことは?」

「ありますけど……見つからなくて。警邏組織も、ある一定期間を過ぎたら、捜査を打ち切っちゃって……」

 人探しは最初こそ大事になるが、見つからなければどんどんと人員は縮小されていく。特に、淵都アラタヤドにおいては、他の町よりも発現者の割合が高い。そういったものたちに襲われて――ということが起こらないとは限らないし、その可能性は高い。

 暫く腕を組んで考える。怪しい部分はない。ごく自然(?)な失踪事件ではある。だが――恵那の心配振りは本気だし、調査もせずに突っぱねるのは主義に反する。やれるだけやってみるしかないだろう。

「あの……受けて、下さいますか?」

 黙っている優斗を見て不安に思ったのか、ぎゅ、と胸元で不安げに手を丸め、上目遣いですがるように彼を見つめていた。その目を見て、決心も固まる。

「いや、受けるよ。とはっても、過剰な期待はしないで欲しい。何か分かるかもしれないし、分からないかもしれないし……それでもいいなら」

「いいのですか、優斗様」

 お人よしの典型ともいえる返事に、半ば呆れるように楓子が耳打ちする。

「うちの主義は、依頼ではなく依頼人を選べ。だよね?」

「……そういえば、そうでしたわね。所長?」

 振り返ったその先には、最終決定権を握る最高権力者の姿が。なんともいえない表情のまま、器用にギミックアームで何かを楓子に投げつける。空気を切り裂いて突き進んでくるソレを片手で見事にキャッチすれば――驚くことはない、契約書だった。

 胸元に刺してあるペンと契約書を机の上におき、空っぽになった湯飲みを下げる。

「それじゃあ、ここと、ここに名前を……あと、あんまり言いたくないけど、お金は?」

「両親からある程度は貰っています。ここに表示されている金額なら何とか出せます」

「じゃあ、契約成立だ。この写真は参考資料に預かるけど……いいかな?」

「はい! お願いします!」

 元気に、そして嬉しそうにお辞儀をして事務所を退室する恵那を見届け――楓子と顔を見合わせて立ち上がる。一度受けたら後は迅速に。スピードと依頼完遂がこの仕事の生命線でもある。

 向かった先は、いくつものコートがかけてある衣装棚。右から三つ目、黒を基準にした造詣の複雑な上下別のコートを選ぶ。気分でいつも選んでいるが――今回は久々の個人依頼。リフレッシュをするためにも、いつもの落ち着いた優しい色のコートとは違う、少しだけ攻撃的なそれだ。

 それを羽織る彼を、熱に浮かされたように見入り、楓子は身体を振るわせる。彼の熱が自分に伝染したかのように、彼女もまた、表情を鋭くしていく。

「さて、と。じゃあ、行こうか?」

「はい。どこまでも、いついていきますわ」

 二人の目配せは完璧。いつも指示する立場にある唯葉は気付いていない。ある意味で、術中にはまっていることを。

「それじゃ、所長、残務処……理お願いします!」

 ばっ、と僅かな隙をついて二人は事務所の扉をぶち破るように外に出て行った。階段を下りる音など聞こえず、何かがはためく音が外から聞こえる。

 半ばあきっぱなしになった扉から吹き込む風が、二人の机の上にあった某企業からの書類を唯葉の手元に運んでくる。

「……おのれ」

 そこに記されている不可解な単語と専門用語と金額の嵐に、目頭を押さえて唸るほかなかった。九回二死満塁、逆転満塁ホームランの瞬間であった。


アクションが入らず、説明の多い間の話となってしまいました。次の話は、アクションを入れたいなぁ……と思い、頑張って書いています。


依頼人の姉のスリーサイズがあるのに、登場人物のスリーサイズがないとは何事だ! とおっしゃる方がいるかもしれませんが、別に書かないつもりはないのです。もし知りたい方がいましたら、感想を書くときに”スリーサイズを教えてくれ!!”と書いていただき、その数が多ければプロフィールを書いてみようかな、と思っています。


さて、次は奔走編+アクションか!? 

お楽しみにしてください!

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