一つの人生が終わるとき
「お前なんて、消えちまえ!」
「そうだ、早く死ねよ!」
「あなたには、生きてる資格なんて無いのよ! さっさとこれで死んでくれないかな!」
浴びせられる心無い暴言。まるで腫れ物を見るかのような、軽蔑的な視線。そして、僕の目の前に突きつけられる、鋭利な刃物。
どうして、どうして僕はこんなことを受けなくてはならないのだろうか。
いったい、僕がなにをしたというのだろうか。
「あ、あのさ……」
「しゃべんな、ゴミの分際でよぉ!」
口を開いた途端に蹴られた。そのせいで息がつまり、思い切りむせる。それでもなお、大柄な彼は蹴るのをやめない。
「消えろ! 消えろ! 消えろ!!」
それは次第に勢いを増し、おおよそ十発目ぐらいで僕の意識はぷっつりと途切れた。
なんだか、身体が浮いているような気分になって、恐る恐る目を開いてみると、そこは空中だった。でも、恐怖心は不思議と無くて、あたりをゆっくりと見回してみる。いつもと変わらぬ街の風景が横たわっている。うん。変わらない。しかし、下を向くと、先ほどの集団の輪の中に、ぐちゃぐちゃにされた肉塊が、周りに赤い水溜りを作って転がっていた。……おそらく、あれは僕の身体だろう。とすると、僕は死んでしまったことになる。でも、自分の身体に戻ることは、あれを見るかぎりでは不可能に近い。果たして、どうすれば良いだろう。
「少年よ、こちらへ来なさい」
突如、背後から声がかけられた。振り向いてみれば、いかにも仙人ですよという風体の老人が、ゆっくりと手招きをしているではないか。
「さ、いそぐのじゃ」
老人は手招きの動作を速め、僕を呼んでいる。僕はその意に反するように、急ぎ足で老人の元へと向かった。
しばらく老人の後についていくと、開けた場所にやってきた。あたり一面真っ白ではあるが、心地よい水音がする。そう思っていると、老人が突然立ち止まった。そして、何も無いはずの空間に座り込む。
「さあ、少年もここに座りなさい」
老人は自身の隣に僕を誘った。こくりと頷いて僕が座ると、老人はゆっくりとあたりを見回し、話し始めた。
「少年、ここがどこだか分かるかね」
突然の問いかけに多少驚いたものの、「いいえ、わかりません」と呟いた。すると、老人は薄く笑って、僕の肩に手を置いた。
「少年、ここはどこでもないのだよ。……一概には言えぬが、ここは天国にも、地獄にも一番近い場所なのじゃ」
「……天国にも、地獄にも一番近い場所?」
「左様。天国にも、地獄にも一番近い場所じゃ」
「どうして僕はここにいるのでしょうか?」
驚いて老人に尋ねてみた。老人は微笑むと、遠くを見つめた。
「それはな、少年の魂が肉体から抜け出したからじゃ」
「……それは、僕が死んだということでしょう?」
「そうじゃ。少年の魂がここにやってきて、今は、神の審判を待っているところじゃ」
すると、老人は立ち上がり、数歩歩き出す。僕はあわてて追いかけた。
「それにしても、少年のような哀れな魂は久しいのう。この頃、穢れたものばかりやってきておったからの」
「そうなんですか……」
「そういう輩は、すべてあの場所へと向かっていったわ」
徐に老人が指差す場所。視線を向けると、そこには禍々しい色合いの穴がぽっかり開いていた。
「あの先は、輪廻の輪から外れた空間じゃ。自身の持つ罪の分だけ、あの空間で罰を受けるという。小生は存ぜぬが、身も裂くような苦しみが待っていると聞く」
「……」
「大丈夫じゃ。少年の行くべき路は、あっちじゃ」
老人は先ほどと反対側を示す。視線を移すと、滲み出る暖かな光の先に、花園が見えた。
「あれは、新しい生へと続く花道じゃ。その先にあるのが、少年、新しい人生なのじゃ」
「そうなんですか……」
知らなかった。本当に、人生はつながっているということが。あの先に、僕の新しい未来が待っているのか。
「おっと、神の審判が下されたようじゃ。少年、行くがよい」
そして、老人は僕の背中をぽんと叩いた。僕はこくりと頷いて、大きく深呼吸をした。神様の審判を授かる覚悟も出来た。
「いってきます」
老人にそう伝えて、僕は走り出した。
練習用に書きました。
(初出:2012年2月4日、当サイト)