初出の森
光が届かない。
そんな深い森のなかで、タツノはぼんやりと上方を仰ぐ。視線の先には、まるで天井のように間隔無く生い茂った緑があるのみ。
「あの先には、何があるのだろう」
タツノは腕を組んで考え込む。こくりと頭が傾く。絹がさっと揺れた。
しかし、いくら考えてみても、答えを差し出してくれるものはいない。
しばしの後、森の空気が微かに変わった。
「少し歩いてみるかの」
重い腰を上げて、タツノは伸びをした後、ゆっくりと歩き出す。
森の中を、当てもなく動く一つの影。裸の足がしっとりした苔を踏みしめる度、タツノはぴくりと反応する。しかし、タツノは顔を渋らせつつも歩を緩めない。次第に息も上がり始め、やがて、万年樹のふもとに背を預け、ゆっくりと沈み込んだ。
「やはり、分からぬ」
タツノはお手上げとばかりに、溜息をひとつ。
次第に空気が水気を帯びてゆく。
タツノは伏せた身体をゆっくり起こし、静かに辺りを眺める。すると、少し離れた木立の間に、狩衣姿の少年がタツノを伺っていた。
タツノは瞬時に立ち上がると、さっと身構える。
「何者であるか、名乗れ」
狼のように喉を鳴らすと、狩衣の少年はタツノから視線を外す。
「私は阿雲幽仙という者だ。……そなたこそ、何者であるのだ」
「我はタツノ。初出の森のタツノだ」
万年樹の大根に、二つの影が並んでいる。片方は幽仙、もう一方はタツノだ。
「ところで、そなたは何故そのような姿をしているのだ」
相変わらずの体で、幽仙はタツノに問う。
「我は人の子にはあらず。故に、こうしているのだ」
珠のように白い肌を晒すタツノ。不意に立ち上がる。絹がわずかに揺れた。
「そなたの事を気に入った。我の伴侶にして使わす」
笑みを浮かべるタツノ。それに対する幽仙は微かに驚く。
「それはあまりにも急ではあるまいか」
「そなた、拒むか」
「拒みはせぬが……そなたはそれでも良いのか」
その問いかけに、タツノは押し黙るも、すぐに起き上がる。
「かまわぬ。これより先、我の元に通ってはくれぬか」
タツノの儚き願いに、幽仙は思案を巡らせ、「よかろう」とタツノを仰ぐ。
以後、初出の森には、わずかな光が届くようになった。
練習がてら、書きました。
(初出:2012年1月21日、当サイト)