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短編集  作者: 更級優月
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rainy days


 ある日の午後、私は死んだ。

 原因はあの人が……あの男が私を裏切ったから。

 呪う。呪い殺す。そうは思いたくないけど、悔しい。

 見つかって欲しくないけど、誰か早く見つけて。

 森の奥で、木にぶら下っている私の亡骸を。





 《元・彼氏の言葉》

 彼女はとても愛らしく、それでいてかわいかった。それに、俺のことを心の底から愛してくれていたんだ。俺は最初のうちはとても嬉しかったよ。毎日家に帰れば、「あなた、今日はちょっと頑張ってみたの」って、俺の大好物を心を込めて作ってくれたりしたんだ。日々が最高だったさ。……でも、ある日を境に彼女は変わってしまったんだ。何かに取り憑かれたかのように、毎日毎日何かを呟いていたり、なんだろうと思っていると突然泣き出して、「私を愛しているんだよね。本当の本当に愛しているんだよね」って。正直怖かったよ。でも、そんなことなんかまだいい方なんだ。彼女の俺に対する愛は次第にゆがみ始めて、物に当たり始めるようになった。別れる数日前、俺に刃を向けて追ってきたっけ。「私はあなたを愛してる。殺してしまうくらいにね!」って。ほとんど絶叫に近かったと思う。目が血走ってて、本当に俺を殺すんじゃないかと思ったよ。あの時ほど生きている心地がしなかったのは初めてだね。……(中略)……。今、俺は彼女がどうしているか知らないんだ。別れてから、一切連絡を取っていないからね。……おっと、雨が降り始めたな。窓を閉めなければ。吹っかけてくるから、部屋の中が水浸しになってしまう。君、ちょっと手伝ってもらってもいいかな。


 《森の近くに住む男の話》

 はい、はい。その女性なら、数日前にこのあたりで見かけました。ひどい猫背で、長い髪が、まるでカーテンのように顔を覆い隠すようでしたな。足取りは……何といいますか、片足を引きずるような印象を受けました。……えっ、どちらの足がですって。たしか左だったと思いますよ。はい。そのまま女性は森へ向かっていきました。……そうだ。そういえば、大きな袋を持っていましたな。なにが入っていたかは判断しかねますが、重そうな様子ではありませんでした。不思議なくらいですよ。あの森へ近付こうなんて。とんだ物好きだったんでしょうね。





 どうして。どうしてなの。

 死んだはずなのに、どうして苦しいの。

 痛みなんて感じないと思っていたのに。

 どうして、身体中が軋むように痛むの。

 誰か教えて、誰か……





 《隣人の今日記事見た話》

 ええ、ええ! わたくし、見てしまったんですの。長いロープ(よく『立入禁止』とかの場所に張ってある、あの黄色と黒のあれですわ)を手に持って、時折首に巻いては締め上げて、狂ったように笑うあの人の姿を! ああ! 私、頭がおかしくなりそうなくらい驚きましたわ。あれは正気の沙汰ではございませんもの。狂っている。何もかも狂っておりましたのよ! ……えっ、それはいつの話かですって。よく記憶していないのですけれど、確か、一月ほど前だったと思いますわ。ええ、一月前。小雨の降る、不気味な夜でしたわ!


 《橋架下のホームレスの話》

 なんだい。この写真の女を知ってるかって。どれどれ……ああ、この女か。知ってはいるが、話したことなんざないね。三週間くらい前だろうか。俺が公園に行ったときなんだけどよ。その女が道端にしゃがみ込んで、何かを呟いてるのよ。気になったもんだから、足音を忍ばせて近づいてみたのさ。そしたら女は、“死んでやる。○○(町の名前)の森の中で、首を吊って死んでやる”って、何度も何度も呟いていたのさ。そら恐ろしくなって、俺は急いでそこから逃げ出したのよ。……あ? 感謝するだ? 別にそんなのいらねえよ。俺は見たこと聞いたことをそのまま一言一句変えずに話しただけだからな。





 悲しいくらい、寂しいくらい。

 嬉しいくらい、おこらしいくらい。

 今になって、思い出が甦る。

 もう、消し去ったはずの思い出が。

 パズルのピースみたいに、そろってゆく。





 《○○駅員の話》

 この女性ですか。知っていますとも。“森への生き方を教えていただけますか”なんて変な質問をしてきましたから、よく覚えています。とても変わっていましたよ。大勢の中で浮き立っていましたからね。ぼろのような服で、髪の毛もぼさぼさで。でも、両の目はもう血走るといったほうがいいですかね。まるで、身体は女性、瞳は怪物みたいでしたよ。はい。


 《森の中で女の亡骸を見つけた木こりの話》

 いやあ、見てはいけねえものを見てしまった。この仕事で森によく入るんだが、いろんなものに出会うんだな。でも、人の死体に出会うのは今回が初めてでさあ。どうやったのかは分かんねえけど、10mあんじゃねえかって木の一番上にある太い枝にロープを括り付けて、地上…何mだ。7~9mぐらいにぶら下ってるのさ。しばらくその状態だったみてえで、首の長さが異常だったなあ。皮膚の色も少し変わっていたし。……でも、あの女、死んでるはずなのに、目。目だけは強く自己主張しているようだったな。そら恐ろしくて、俺、腰抜かしちまったよ。急いで十字さ切って、森から警察署まで一息に走ったというわけさ。





 ようやく見つけてくれた。

 早くここからおろしてほしいの。

 静かに雨が降ってきたから。

 私の亡骸をゆっくりと

 悲しい雨が濡らしていくの。


 ゆっくりと、ね……。




夏のある夜にふと思い立って、三日で書き起こしたものです。

(初出:2011年9月某日、某高校文芸部部誌)

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