ドラゴンとの戦い
大きなドラゴンと、数十人の人間たちが戦っている。
人間たちを指揮するのは、見目麗しく凛々しい女騎士。
「右翼、ドラゴンがブレスで襲ってくるぞ!総員、盾を取れ!」
その女騎士の指示の数秒後、ドラゴンが炎の息を吐き、
木立と草原を焼き尽くした。
しかし、そこにいた人たちは、女騎士の指示通り盾を構えていて無事だった。
その中に、平凡な外見に未熟な腕の女戦士が混じっていた。
王国騎士団を指揮する女騎士は、腕も美しさも兼ね備え、
王を始め王国民から絶対の信頼を勝ち得ていた。
妙齢の美しい女騎士、人気が出ないわけがなかった。
この王国は長年、ドラゴンの脅威に晒されていた。
いつからか王国の近くに住処を築いたドラゴンは、
気まぐれに現れては人間を襲うようになった。
その爪は城壁をも切り崩し、ブレスは金属の柱すら溶かしてしまう。
王国の人々はドラゴンに恐怖し、あるものは家にこもり、
あるものは住居を捨てて他所へ出ていってしまった。
この王国は今、人口が減り続けている。
大人がドラゴンと戦っている中で、子供が増えようはずもない。
王国はドラゴンと人口の減少という二つの問題を抱えていた。
王国では、男はドラゴンと戦い、女が家を守る。
そうやって何とかドラゴンと戦いながら生活を続けていた。
しかし、ドラゴンとの戦いは厳しく、男手が不足し、
とうとう女でもドラゴンと戦うことを強いられるものが現れ始めた。
そんな中に、その女戦士もいた。
その女戦士は、正確には強いられて戦士になったわけではない。
家にはまだ祖母と母がいるし、
祖父と父と兄が騎士としてドラゴンと戦っている。
娘であるその女まで戦いに出る必要はない。
では何故、その女は女の身でありながら自ら戦いに出たかと言うと、
あの女騎士に憧れてのことだった。
女だてらに男を率いてドラゴンと戦う。
剣と甲冑を身に着け、巨大なドラゴンと打ち合う。
そんな女騎士に、その女はなりたかった。
だから、自ら進んで徴兵に志願したのだった。
その女は自ら徴兵に志願した。
そこまではよかったのだが、女が兵士になる、ということは甘くはなかった。
男だらけの訓練に、身体能力で劣る女がついていくのは生半可なことではない。
女だからといって贔屓もしてくれない。
その女は訓練にすら置いていかれる有り様だった。
その結果、その女は騎士としては落第という裁定を下された。
騎士になれば、王国騎士団に所属し、集団でドラゴンと戦うことができる。
しかし、その実力や資格がないと判断されたものは違う。
戦う腕があるなら戦士に、魔法の才があるなら魔法使いや治癒師として、
王国騎士団とは違って、別の部隊に編入させられる。
言ってみれば、王国騎士団はエリート、それ以外は落ちこぼれ。
当然、落ちこぼれはエリートの消耗を防ぐための捨て石にされる。
その女は憧れの女騎士ではなく、女戦士になった。
戦士の役割は、騎士とは違ってドラゴンとの戦いだけではない。
ドラゴンと戦う王国騎士団の露払いとして、野獣を排除したり、
王国騎士団が部隊展開できるだけの平地を整える作業をしたりもする。
食料や武器を運んだり、負傷者の輸送を行ったり。
半分は戦闘とは違う仕事だった。
もちろん、直接戦闘に参加していなくても、
これらの仕事は、ドラゴンと戦うには非常に重要な仕事だ。
だが人々の目はどうしても、華やかな王国騎士団に向いてしまう。
女戦士はただの雑用役としてしか見てもらえなかった。
その女戦士は、それでも納得して雑用をこなしていた。
いや、納得せざるを得なかった。
ドラゴンの脅威は、その女戦士の予想を遥かに上回るものだった。
エリートである王国騎士団ですら、一瞬の隙があれば肉片に変えられる。
炎のブレスは、盾で防いでいても、
盾ごと王国騎士団を溶かしてしまうこともある。
そんな中にその女戦士のような弱いものが混じっても、足を引っ張るだけだ。
その女騎士は自らの才能に早々に見切りをつけ、雑用係を受け入れていた。
その女戦士は雑用係ですら満足にこなすことができなかった。
ただの町娘が戦士になるなど、やはり無理があったのだ。
力仕事では男に劣るし、戦闘の知識も不足していて、
戦闘に必要な準備に何をすればいいかも、人に指示されるまで動けなかった。
時には短気な男に怒鳴り散らされながらも、
その女戦士は集団から追い出されるようなことはなく、受け入れられていた。
その理由は、その女戦士が女だったから。
男ばかりの集団に紅一点、女がいるのを嫌がるものは少ない。
むしろ男たちは、通常、その女戦士に親切にしてくれた。
自分が女だから親切にしてもらえることに、
その女戦士は最初、不満を持っていた。
自分はドラゴンと戦うために勇気を奮い立たせて徴兵に志願したのだ。
騎士になれなかったとは言え、その矜持までは失ってはいないつもりだ。
だから、女だからという理由で、同じ男戦士たちに贔屓されるのは嫌だった。
とは言え、仲間からの厚意を無下にはできず、
結局、男戦士たちに助けられるのだった。
その代わり、男たちでは気が付かないような、
細やかな部分でフォローすることで、お返しをしていた。
女だからといって劣るのではない。
得意な部分が異なるのだと、その女戦士は実感していた。
やがて、その女戦士は、自分が女であることを更に実感する時がきた。
好きな男ができたのだ。
相手の男は、自分と同じ男戦士。
平凡な外見であるところも自分と同じ。
自分と同じ境遇であるにも関わらず、明るく、
その女戦士のことも、よく手助けしたりしてくれたものだった。
最初、その女戦士はその男戦士に感謝の念を覚えていた。
心が温かい。その男戦士の事を考えるだけで、しあわせを感じる。
それが恋に変わっていったと実感したのは、しばらく後のことだった。
それから、その女戦士の心配は、自分の身ではなく、その男戦士の事になった。
ドラゴンとの戦いでは、度々、その攻撃が王国騎士団以外にも及ぶことがある。
また、戦いの準備や手伝いをしている最中に、大怪我したり死ぬこともある。
最初、その女戦士は、自分の身だけを守れられたらそれでよかった。
しかし今は、あの男戦士は無事なのか。怪我などしてはいないか。
そのことばかりを心配するようになっていた。
そして実は、それはその男戦士も同じことだった。
その女戦士は無事か、怪我をしていないか、その男戦士も心配していた。
その女戦士と男戦士は、戦闘が終わるとまず、
お互いの無事を確かめ合うようになった。
「あなた、大丈夫?」
「僕は大丈夫。それよりも君は?」
「私も大丈夫。」
その女戦士と男戦士は、手を取り合ってお互いの無事を確かめ合った。
そうして、その女戦士は実感した。
自分はやはり女なのだと。男とは違うのだと。
男に恋する女なのだと確信した。
それからしばらくドラゴンとの戦いは続いた。
その度に、その女戦士と男戦士はお互いを気遣っていた。
今や恋心を寄せるのは、女戦士だけでなく、男戦士もそうだった。
もう二人の頭の中には、ドラゴンを倒す、などということはない。
ただただお互いが無事でありますように。それだけを願っていた。
そうだとすれば、その女戦士も男戦士も、もう戦う意味はない。
王国の徴兵制は任意で、本人の都合で途中で退役を申請することもできる。
もちろん、報奨金は減ってしまうが、戦場にいかなくて済む。
「一緒に退役しよう。そして、王都で一緒に暮らそう。」
その女戦士と男戦士は、一緒に退役を申請した。
騎士と違い戦士などは雑用係、そのおかげで退役はすぐに認められた。
こうしてその女戦士と男戦士は、ただの女と男となった。
あの女と男は今、王都で小さな家で一緒に暮らしている。
お互いの報奨金を合わせて用意した家だった。
それから間もなくして、二人は結婚した。
お互いの親同士も、親戚たちも、二人のことを祝福してくれた。
近所付き合いもよかったので、家の周りは花束だらけになった。
夫婦仲もよく、それから少し遅くなって、子を授かるに至ったのだった。
あの女と男が最初の子を授かってから、すぐに次の子を授かった。
子供は二人だけでは終わらない。
女の母親としての体力がもつ限り、最大限の子沢山となった。
なぜなら、あの女も男も、子供が好きだったからだ。
子沢山の家は賑やかで、あの女と男は今、
戦士だったころと同じか、あるいはそれ以上に大変な役割を負っていた。
父親と母親というしあわせな役割を、二人は望んで引き受けた。
子供はただかわいいだけではない。
時にはわがままも言うし、手がかかることこの上ない。
子沢山ならばなおのこと、その忙しさは戦いのようだった。
その女と男は、剣を持ってドラゴンと戦うのとは違う戦いがあると知った。
それからしばらくの時が過ぎて。
相変わらずその女と男が子育てに奮闘している時、
王都中に知らせが舞い込んだ。
あの女騎士が率いる王国騎士団が、とうとうドラゴンを討ち取ったのだという。
これでもう、あのドラゴンの脅威に怯えることはない。
王都の人々は喜びを爆発させた。
もちろん、あの女と男も、子供たちと一緒に喜んでいた。
するとそこに、思いもしない知らせが飛び込んできた。
ドラゴンを討伐した祝賀会が王城で開かれる、その招待状だった。
その女は今、精一杯のおめかしをして、王城の祝賀会にいた。
そこには歴戦の騎士団たちや貴族たちが歓談していた。
そしてその中心には、あのあこがれの女騎士がいた。
その女は思う、何故自分はここに呼ばれたのだろう?
自分は騎士ですらない、ただの戦士だった。
しかも途中で退役するという、ドラゴン討伐とは真逆の事をしたのだ。
するとそこに、王様がやってきて、皆が頭を下げたので、
その女もあわててそれに従った。
王様が手を軽く上げると、皆は下げていた頭を上げた。
王様が白いヒゲの中の口から声を上げた。
「皆、此度のドラゴン討伐、大義であった。
皆の戦いがあってこそ、王都の平和は守られたのだ。
今日は、その功労者たちに、感謝を表そうと呼び出した次第だ。」
そして、下々の者から、王様から賞状が手渡されていった。
ドラゴンとの戦いに貢献した感謝状といったところだろうか。
それから、実際にドラゴンと刃を交えた騎士たちに、勲章が授けられた。
銅勲章、銀勲章が騎士たちに授けられていく。
そして最後に、あの女騎士に、金勲章が授けられた。
「この身に余る光栄、謹んで頂戴いたします。」
女騎士は片膝をついて、王様に敬礼した。
すると会場は割れんばかりの拍手で包まれた。
祝賀会はお祝いのムード一色で終わる、はずだった。
すると今度は何と、王様があの女のところへやってきた。
「あっ、王様、あのっ・・・。本日はお日柄もよく・・・」
作法を知らないその女は、あたふたとするばかり。
すると王はシワだらけの顔に笑顔を浮かべて、その女に言った。
「事情は全て聞いている。
お主はお主の戦いを果たした。
それに王国は感謝し、金勲章を授ける。」
「へっ!?」
間抜けな声を上げて硬直するその女に、王様は勲章を授けた。
金勲章と言えば、ドラゴンを討伐した王国騎士団を指揮した、
あの女騎士が受けたものと同じ勲章だ。
何故自分がこんな勲章を?そもそもどうしてこんな場へ?
その女は頭に疑問符を浮かべるばかり。
それを察して、王様がやさしく語りかけた。
「お主はお主の戦いを果たした、ということだ。
理解できなくてもいい。
ただ、今後も健やかに、戦い続けてくれ。」
そうして王様は引き上げていった。
それはこの祝賀会の終わりを意味する。
貴族や騎士たちは引き上げていき、片付けの者が現れ始めた。
するとその中に、男、その女の夫がいた。
「おい、お前!祝賀会が済んだのなら、早く帰ってきてくれ!
子供たちが、お前のことを探して泣き止まないんだ!」
そうしてその女は知った。
これが、自分の、女の戦いなのだと。
戦いとはドラゴンと戦うことだけではない。
皆がドラゴンと戦っていたら、誰が家を守るのだろう。
この世には、決して表彰されない功労者たちが無数にいるのだ。
それをいずれは誰もが知ることになる。それがこの世の理。
抗うことに意味はない。
終わり。
男だろうが女だろうが、ドラゴンと戦うことができる。
そう言ったのは誰だったのでしょうか?
男と女に違いはないと言ったのは誰だったのでしょうか?
人にはそれぞれ個性があります。
それは生まれ持っての個性もあります。
人間は個性を超えて行動することができるのでしょうか?
そんなことをすることに意味があるのでしょうか?
人にはそれぞれの戦いがあると思います。
誰もかれもがドラゴンと戦う必要はないと思います。
ドラゴン退治が一番かっこいい、それすらも他人の価値観です。
他人の価値観や言葉に縛られない生き方ができるのか。
私は自分の戦いをしていきたいと思います。
お読み頂きありがとうございました。




