第三十話:終末世界で頑張ります
三年って、案外あっという間だ。
禍源域が止まって、世界がいきなり優しくなったわけじゃない。けど――少なくとも、笑う回数は戻った。
俺がイツキと出会って、もう六年。
一緒にいたのは三年。いなくなって三年。
だから今日は、報告の日にした。
ユナと手を繋いで丘に上がる。いつもの墓前。いつもの風。いつもの石。
「……よ。相棒」
それだけ言って、俺は腰を下ろした。ユナも隣に座る。
墓前に置いた供え物は、団子と――なぜか、派手な貝殻細工。
「先に言っとくね。これ、私じゃないから」
ユナが即座に言う。
「分かってる。きっとツバサだ」
俺が言うと、ユナは笑った。
笑っていい日だ。今日は。
まず、アシハラ。
レンは相変わらず笑わない。けど、怒鳴らなくなった。これは結構すごい進歩だ。
この前も訓練場で俺が木刀を握ってフラついたら、レンがため息をついて言った。
「……お前、まだ無理するな」
「お前がそれ言うのかよ」
って返したら、レンは一拍置いて、目を逸らしたまま言う。
「俺は無理しないと死ぬ。お前は、死なないために無理するな」
……正論すぎて腹立つ。
ソウマは相変わらず影みたいにいる。
ただ、最近は人の輪に“半歩だけ”近い。
夜番の交代のとき、俺が軽く手を振ったら、あいつはいつも通りの無表情で言った。
「手を振るな。目立つ」
「もう三年だぞ。目立っていいだろ」
「……慣れると、油断する」
そう言いながら、ソウマは湯呑みを俺の前に置いていった。
中身、ちゃんと温かい。そういうやつだ。
ユイは鈴を鳴らす回数が増えた。
祈りっていうより、景気づけみたいな鳴らし方で。
「今日も、いい日。……たぶん」
“たぶん”が付くのがユイらしい。
ツバサは――相変わらず騒がしい。
騒がしいのに、ちゃんと背中は頼れる。不思議なやつだ。
次はルミナリア。
あそこからは手紙が頻繁に来る。内容が、やたら生活臭い。
ラウルの手紙はだいたいこんな感じだ。
『ユウマ! この前の団子うまかった! もう一回送れ! あとユナに「固い顔してる神官にも甘いもん食わせろ」って言われた! 誰だよ固い顔の神官!』
……多分、フィオナだ。
フィオナの手紙は真面目に見えて、たまに刺してくる。
『あなたの「体調は平気」は信用しません。次は嘘をついたら治癒を一段階弱めます』
脅しの精度が高い。
ジョエルからは短文だけ。
『盾は磨いた。祭りの警備は任せろ』
で、アルノルト。
あいつは“爽やか”の権化みたいな顔で、いつも一番危ない所に立つ。
この前、聖都の復興祭で会ったときもそうだ。
「ユウマ。来てくれて嬉しい。……君が笑っている、それだけで救われる人がいるよ」
眩しすぎて、俺は思わず目を逸らした。
「やめろ、そういうの。照れる」
アルノルトは本気で爽やかに笑う。
「照れるのは健全な証拠だ。君はちゃんと生きている」
フィオナが後ろから、ため息まじりに言った。
「……アルノルト、また“好青年”を極めてますね」
ラウルがすぐ乗る。
「極めすぎなんだよ! 白すぎて目が痛いんだよ!」
アルノルトは笑って、それでも真っ直ぐ言った。
「白さは誇るものじゃない。照らすものだ。君たちが疲れるなら、僕が先に汗をかく」
綺麗事が、綺麗事のまま終わらない。ちゃんと手を動かす爽やかさ。
俺はつい、呟いた。
「……ほんと、反則」
アルノルトは首を傾げて、あっけらかんと言った。
「反則なら、もっと使ってくれていいよ」
やめろ。眩しい。
ザラハドからは贈り物が届く。だいたい食べ物で、だいたい辛い。
最初に口に入れた瞬間、ユナが真顔で言った。
「……これ、武器」
同封の紙はナディムの字だった。
『辛いのは悪意じゃない。愛だ。あと胃薬も入れた。これも愛だ』
ムスタファの追伸が小さくある。
『食う前に水を用意しろ。以上』
ハーリドは相変わらず、言葉が乾いてて芯がある。
『砂は嘘を嫌う。だが嘘は流れてくる。だから俺たちは今日も踏み固める。歩く場所をな』
ラーニャは短い。
『星は嘘をつかない。あなたも、嘘をつかないで』
で、リュミエード。
ツバサがまた武道大会に出た。しかも、みごと優勝まで持っていった。
本人いわく、
「いや、俺が強いっていうより、相手がノリで来てたんだよ」
でもノリで来た相手をノリで倒せるのも才能だ。
大会後、港で祝勝会になったらしいんだが――そこで事件が起きた。
フェリクス・ローズ。
リュミエードの“華麗な英雄”。
とにかく目立つ。とにかく距離が近い。とにかく褒める。
『ツバちゃん最高ぉ~! その筋肉、芸術! ねえ次も来なさいよ、私の推しになってぇ~!』
……って、ツバサの手紙にそのまま書いてあった。書いたの誰だ。絶対フェリクスだろ。
ツバサの返事もひどい。
『やめろ! 推しとか言うな! あと俺の背中触るな!』
ディアナが横で爆笑して、ロイクが「あー、また始まった」って顔で酒をあおって、ガイルが影で「面白いから記録しとく」って言ったらしい。
フェリクスは最後にこう言ったそうだ。
『大丈夫よツバちゃん、照れてる顔も可愛いから!』
……いや、大丈夫じゃない。
帰ってきたツバサは、村の子どもにまで茶化されてた。
「ツバサ兄ちゃん、推しー!」
「誰が推しだよ!」
俺はその光景を見て、腹が痛くなるほど笑った。
笑いすぎて、ユナに背中を叩かれた。
「……墓前で報告する内容、それでいいの?」
「いいだろ。イツキも絶対笑う」
ノーザリアだけは、相変わらず北が騒がしい。
でも、あいつらの話はやたら“元気”だ。
オルガは豪快で雑で、でも情が深い。
『こっちは今日も大勝ちだ! 壁の上で飲む酒が最高!
……お前ら、ちゃんと飯食ってるか? 痩せたら殴るぞ!』
ブラムはもっとガサツ。
『魔族? 来るなら来いって感じだな。
ただな、戦った後の鍋がうまい。今度来たら食わせてやる』
……戦争帰りに鍋の話をする国、強い。
で、ニコラス。
同じ国の中で一人だけ、礼儀が整ってる。
『ユウマ殿、ユナ殿。お変わりありませんか。
北境は相変わらず賑やかですが、皆、驚くほど元気です。
私も鍛錬を怠りません。次にお会いする際は、胸を張って近況をお伝えできるように』
最後に女王エルザから短い追伸が来た。
『北は北で処理する。お前たちは南で、笑っていろ。』
命令されて笑うのも変だけど、あの女王に言われると妙に納得する。
ヴァルツェインは――英雄がいない。
それだけで、国の風の通り方が違う。墓標は四つ。
誰かの代わりを立てない空白を、空白のまま守る人たちがいる。
ここだけは、冗談が出なかった。ユナも同じだった。
アルキュオンにも、英雄が“いない”。
英雄の席はある。けれど誰も座らない。エルデに操られて、あてがわれただけだったからだ。
英雄って札を置くと、また誰かが糸を結べる。だから空席にした。
代わりに書塔の人間たちが作ってるのは、「二度と操られないための仕組み」だ。
英雄じゃない連中が、英雄みたいな顔で働いてる――それが、あの国のいちばんいい変化だと思う。
俺は墓前の団子を一つ、軽く押して形を整えた。
「って感じでさ。三年、わりと笑ってる」
ユナが墓石に指を添えて、静かに言う。
「最初はね、笑ったら悪い気がしてた。でも今は思う。あなたがいたら絶対“笑え”って言う」
俺は頷いた。
イツキはそういうやつだ。真面目ぶって、最後にふざける。
「だから報告。俺たち、ちゃんと生きてる。国も……思ったより、ちゃんと回ってる」
ユナが小さく息を吐いて、笑った。
「ね。報告、終わった」
その瞬間。
背後から、砂利を踏む音がした。何人か分。聞き慣れた足音。
「……遅い」
レンの声。相変わらず愛想がない。
「いや、時間ぴったりだろ」
ツバサが反論して、墓前に花を置く。
ユイが鈴を鳴らして、ソウマはいつもの位置で周囲を見渡す。
レンが墓石を見て、短く言った。
「……来た」
それだけで十分だった。
ユナが俺の手を握り直す。
俺は墓石に向かって、最後に言う。
「じゃあな。――三年分、ちゃんと報告した。だからもう、今日は胸張って帰る」
風が吹く。
鈴が鳴って、ツバサがくしゃみをして、レンが「うるさい」と言って、ユイが小さく笑って、ソウマ が呆れたように息を吐く。
その全部が、墓前に落ちた“生きてる音”だった。
俺たちは笑いながら丘を下りた。
背中に夕陽があたって、墓石の影がゆっくり伸びていく。
終末は続く。でも――俺たちの旅は、ちゃんとここで終わった。次は、ここから始めればいい。
読んでくださった皆さんありがとうございました。一旦この作品は終了になります。
禍源域ができる事になったきっかけの、転生者の話をスピンオフで書くか、第3部を書くかは迷っています。もし、この作品が多くの方に知ってもらえて、もっと続きが見たいといってもらえたら嬉しいですが、
今のところは未定です。
現在別の作品を執筆中です。次はロボット系になりますが、もしまたお付き合いしてくれる方がいらっしゃいましたら、よろしくお願いします。来週、遅くても再来週からまた同じ時間帯に投稿する予定です。
それでは皆さん、またお会いできることを楽しみにしております。




