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終末世界で頑張ります  作者: 深蒼 理斗


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第二十八話:渦の底で、報いを知る

落ちる――という感覚すら、途中で失われた。


 禍源域の中心は“闇”ではなかった。

 闇よりも冷たく、闇よりも粘つく。

 恐怖や憎悪や哀しみ――その総量が、形を持った場所。


 ユウマの手の中で、四つの幻魔石が脈打っている。

 だが脈は力ではなく、重さだった。胸の奥まで沈んでいく重さ。


(……これ、ダメそうだ)


 喉が震えた。声にならない。

 禍人として耐えてきたはずの自分の“芯”が、じわじわ削られていく。


 どこかで、誰かが泣いている。

 どこかで、誰かが憎んでいる。

 どこかで、誰かが怯えている。


 それが、全部――自分の内側に流れ込んでくる。


(結局……俺って、報われないやつなんだな)


 あっちでも、こっちでも。

 正しくあろうとして、歯を食いしばって、それでも理不尽に押しつぶされて。

 最後は、闇に飲まれて終わり。


 意識が擦り切れる寸前。


「……また、そんな顔かよ」


 ふいに、耳元で軽い声がした。


 ユウマは息を呑み、振り向く。

 そこにいたのは――イツキだった。


「……なんで、お前が……」


「落ち着け。今の俺は“霊”とか“残りカス”とか、そんなやつだ。

 実体の俺はちゃんと死んでる。残念だったな」


 いつもの調子で肩をすくめる。

 その“いつも”が、今は胸を刺した。


「……俺、失敗したのか。全部」


「は? まずそれな。お前、最悪のところだけ見て“結論”出す癖、治ってねぇな」


 イツキは禍源域の渦を見上げ、指を鳴らすように手を動かした。


「お前が“報われない”って思い込んでる理由と、

 それがどこで間違ってたか。……一緒に観ろ」


 次の瞬間、闇の表面が波紋を作った。

 そこに映像が浮かび上がる。


 転生前の最悪の夜の光景が、映し出される。

 思い出したくないものを見て、胸が締め付けられ

 自然と顔をそむける。


 映像が一度、沈む。


 ユウマは唇を震わせた。

 言葉が見つからない。


 イツキが横で、短く息を吐く。


「……ここまでがお前の“最悪”だ。

 でもな、ユウマ。ここで話を終わらせるから、お前は自分を“報われない”に固定した」


「……だって、実際……」


「黙って次、ちゃんと観ろ」


 イツキが、もう一度手を動かす。


 場面は、会社のロビー。

 人だかり。視線。ひそひそ声。


『……あの若手、やってたのバレたらしいぞ』


『クレームの原因、データ改ざんだってさ』


『部長もグルで揉み消してたって……終わりじゃね?』


 会議室。今度は部長の顔が青い。

 机の上には、監査資料。録音データ。


『私は……知らなかった……』


 部長が言いかけた瞬間、別の声が刺す。


『知らなかった、で通ると思ってるんですか?』


『仕事もできて、誠実な篠原さんが

 ずっと自分の責任って言い続けてるの、おかしいと思ったんですよ』


 外部の監査官の冷たい声。

 部長の肩が落ちる。


 次の場面。

 あの“親友”が、婚約者に向かって叫んでいる。


『待てって! 俺だけのせいじゃねぇだろ!』


 婚約者は泣きながらスマホを叩きつけた。


『私だって……! でも、もう無理……!なんで奥さんがいること隠してたのよ!』


 周囲の視線が、二人を刺す。

 “誰かを踏みつけて得た幸せ”は、案外もろかった。


 さらに場面が切り替わる。

 法廷。


 路地の犯人の男が、被告席で俯いている。

 裁判官の声が淡々と響く。


『被告人を、懲役──年に処する』


 傍聴席の端。

 制服姿の少女が、小さく息を吸った。


 彼女は震えながら立ち上がる。

 そして、声を絞り出した。


「……あの人は、私を助けてくれました。

 怖くて……その時は言えなかった。

 でも、本当です。あの人が来なかったら、私は……」


 言葉が途切れ、涙が落ちる。


 隣にいた女性が肩を抱き、囁く。


『大丈夫。言えた。偉かったよ』


 少女は頷き、もう一度だけ、前を見た。


「……ごめんなさい。

 でも、ありがとうございました」


 その“ありがとう”が、遅れて、確かに届く。


 最後の場面。

 雨上がりの墓前。花。静かな風。


 少女が花を置き、手を合わせる。


「……私は、生きます。

 あの時、助けてもらった分まで」


 その背中は、泣いているのに、折れていなかった。


 映像が消える。

 禍源域の闇が、再び迫る。


 ユウマは、震える息を吐いた。


「……遅すぎるだろ。

 俺が生きてるうちに……来いよ」


 イツキが鼻で笑う。


「それが現実だ。

 でもな、遅れてでも“返る”ってことは――お前が無駄じゃなかったってことだ」


 ユウマの喉が詰まる。

 報いがなかったわけじゃない。

 ただ、自分の人生の中に収まらなかっただけ。


「ユウマ。お前は、自分が報われないって決めつけてた。

 でも実際は――お前が踏ん張った場所から、世界が少しだけ動いてた」


 イツキは四つの幻魔石を見た。

 その目が、少しだけ細くなる。


「“石”が鍵なんだろ。なら、鍵を回す役が要る。

 お前は――帰れ」


「……は?」


「ユナが待ってる。お前が戻らなきゃ意味がねぇ。

 それに、お前が戻らないと、あいつは一生、ここで止まる」


 ユウマの喉が詰まった。

 闇の中で、ユナの顔が浮かぶ。泣きながら叫んだ声が、今も耳に残っている。


「お前は、まだ“生きる側”の人間だろ」


 イツキが笑った。

 あの頃みたいに、軽く肩をすくめる。


「俺はもう十分だ。――お前のせいで死んだって思ってたか?

 違ぇよ。俺が、お前とユナ、大切な友達を本気で守りたいと

 思ったからだから、俺の意志だ」


 ユウマの胸の奥が熱くなる。

 

 イツキが一歩前へ出る。

 幻魔石に手を伸ばす。


「ここは俺が引き受ける。

 お前は――帰って、ユナとイチャついてろ」


「……イツキ!」


 伸ばした手が、空を掴む。

 イツキの輪郭が、少しずつ薄れていく。


 最後に、イツキが言った。


「正しく生きてるやつが、ずっと不幸のままなんてこと――あるわけねぇんだよ」


 その言葉が落ちた瞬間、四つの幻魔石が同時に鳴った。


 闇の中心で、白い光が生まれる。

 それは刃じゃない。炎でもない。

 ただ、静かで、強い“輪”だった。


 禍源域の負が、押し返される。

 闇が、初めて怯んだ。


 ユウマの意識が遠のく。

 薄れゆく視界の端に、イツキの笑顔が見えた気がした。


(……じゃあな、相棒)


 声にならない言葉だけが、胸に残る。


 そして――光の向こうに、ユナの顔が見えた。


 ユウマは、最後の力で手を伸ばした。

次話は【毎日21時30分】更新です。続きが気になったらフォロー/★で応援してもらえると嬉しいです。

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