表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
終末世界で頑張ります  作者: 深蒼 理斗


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

40/44

第二十六話:黒衣の刃、術式の防壁

黒衣の男が指先を上げた瞬間、戦場の“音”が一段、沈んだ。


 刃鳴りも、叫びも、禍鬼の唸りも――薄い膜の向こうへ押しやられたみたいに遠い。

 代わりに、耳の奥で自分の鼓動だけがやけに大きく響く。


 ユウマは息を吐き切る前に、短双剣を握り直した。

 手のひらが汗ばんでいるのに、冷たい。


「……動くな」


 黒衣の男の声は低く、淡々としている。

 命令というより、物理法則の宣言だった。


 ラウルが軽い足で回り込もうとした瞬間――足が止まった。

 見えない壁に膝を押さえつけられたように、身体が前へ出ない。


「うそだろ……?」


 ラウルが息を飲む。


 ジョエルが盾を構え直して前へ出る。

 巨大な盾が一歩分、地面を削った――はずなのに、盾の先が“何もない空間”にぶつかって、鈍い音だけが返った。


 フィオナが祈りを走らせる。

 だが光が届く前に、空気がねじれて消える。祈りが“霧散”させられる感覚。


「……浄化が、届かない……!」


 その背後で、エルデが術式の中心に立っていた。

 楽しそうに両腕を広げ、渦の底から何かを吸い上げている。


「いいねぇ……いいねいいねいいね。禍源域ってさぁ、ほんと素敵。知識の匂いがする」


 レンが刀を前に出した。刃先がわずかに震える。恐怖じゃない。圧への反射だ。


「お前が壁なら、斬るだけだ」


 黒衣の男は、返事をしない。

 代わりに、指先で空中に“短い線”を一本引いた。


 ――世界が、落ちた。


 重力が一瞬だけ増したみたいに、膝が沈む。

 ユイの結界がぎしりと悲鳴を上げ、ユナが歯を食いしばって補強する。


「ユイ……持つ?」


「……持つ。切らさない」


 ユイの声は細いのに、芯が折れない。


 ソウマが前へ出た。

 感情を消しているせいか、顔色一つ変えない。刃だけが淡く光る。


「レン。あいつは“受けない”。斬り合いじゃない」


「分かってる」


 レンは短く返すと、踏み込みを“浅く”した。

 距離を詰めない。代わりに、男の周囲の空間そのものを探るように刀を走らせる。


 刃先が見えない壁に触れた瞬間、火花が散った。

 金属が擦れた火花じゃない。空気が焼けた火花だ。


 黒衣の男は、初めて視線だけを動かした。

 レンの刃筋を見ている。――評価している。


「……ほう」


 それだけ。


 次の瞬間、男の指が二本、軽く跳ねた。


 地面に黒い線が走る。

 線は“文字”のようでもあり、傷のようでもある。触れた空気が、切れていく。


 ツバサが反射で跳んだ。


「おいっ……!」


 線が通った場所の禍鬼が、真っ二つに裂ける。

 だが裂けたのは肉体だけじゃない。裂け目から漏れる負の波が、結界を叩く。


 ユナが叫ぶ。


「ユウマ、来る……!」


 ユウマは短双剣を構え、身体ごと前に出た。

 禍人化の熱が、血管を押し広げる。痛みが薄れる。代わりに“焦り”だけが強くなる。


 黒衣の男は、ユウマを見た。


 その目が、冷たいまま、少しだけ興味を帯びた。


 ユウマが踏み込む。


 短双剣が交差し、男の“壁”に叩きつけられる。

 衝撃が腕を抜け、肩まで痺れる。だが刃が壁に“食い込む”感触があった。


「……っ!」


 レンが即座に合わせる。


「今だ。ユウマ、そこを支点にする!」


 レンの刀が、ユウマの刃が作った“歪み”へ叩き込まれる。

 歪みが広がる。見えない壁に、ひびが入るみたいに。


 ソウマが横から滑り込んだ。

 斬るのではなく“縫う”。黒衣の男の足元に、刃で細い線を刻む。


 男の指先が止まる――ほんの一拍。


 その一拍で、戦場が動いた。


「押せ!」


 レンの声が飛ぶ。


 ジョエルが盾を前に出し、ひびの入った壁へ体重を預ける。

 ラウルが歪みの隙間を狙って双剣を滑り込ませ、フィオナが祈りを“穴の中”へ流し込む。


 結界の内側で、ユイが喉を鳴らした。


「……ユナ、もう少し。あと少しで……!」


「分かった……!」


 ふたりの結界が、壁の外側まで伸びる。

 ほんの一瞬、禍源域の圧が“薄まった”。


 その瞬間を、エルデが見逃すはずがない。


「――あぁ。素敵。人が必死になる顔、最高」


 術式の中心で、エルデの周囲の渦が濃くなる。

 禍源域が、まるで呼吸を深くするように膨らみ始めた。


 黒衣の男が、低く言った。


「余計な動きをするな。まだだ」


 エルデはくすくす笑う。


「分かってる分かってる。焦って壊したら意味ないもんねぇ。……でも、僕は“待つ”のが苦手なんだよ」


 レンの目が細くなる。


「……あいつ、わざと圧を上げてる。外周が――」


 叫びが後ろから聞こえた。


「数が増えるぞ!」


 強化禍鬼が、外周へ雪崩れ込む。

 ザラハドとリュミエードが必死に受け止め、ノーザリアが盾壁を組み直す。


 エルザの怒号が響いた。


「折れるな! 折れたら終わりだ!」


 その声に、兵が歯を食いしばって踏ん張る。


 ユウマは息を吐き、黒衣の男へ向き直った。

 今、ここで“壁”を破らなければ、外周が崩れる。


 黒衣の男が、初めて明確に“殺す”目をした。


「術式を守る。邪魔は排除する」


 指が動く。

 空中に、短い線が三本。


 線が落ち、地面に刺さった瞬間、空間が裂けた。

 裂け目から、冷たい風が噴き出す。禍源域の“負”を濃縮した刃。


 ユナが叫ぶ。


「ユウマ!」


 ユウマは短双剣で受ける――受けた瞬間、腕が持っていかれる。

 刃を通して“感情”が削られる感覚。怒り、恐怖、哀しみが、無理やり引きずり出される。


 視界が白くなる。


 そのとき、背中が温かく押された。


「――戻って」


 ユナの声。短い命令。

 それだけで、ユウマの意識が“今”に戻る。


 レンが踏み込んだ。

 黒衣の男の線が刻まれる前に、刀で“書き換える”。


「お前の文字は読める」


 レンの刃が、空間の線を断ち切る。

 断ち切った瞬間、男の眉がわずかに動いた。驚きではない。純粋な興味。


「……面白い」


 ソウマが男の背後へ回り込もうとする。

 だが男は振り向かない。振り向く必要がない。


 男の影が伸び、ソウマの足首を掴むように絡みつく。

 ソウマの動きが止まり――それでも目は死なない。


「俺に触るな」


 ソウマが低く言い、刀で自分の影を斬った。

 影が裂け、ソウマが前へ出る。人間じゃない芸当。


 その瞬間、黒衣の男が初めて“距離”を詰めた。


 指先が、ソウマの喉元へ。


 ――殺される。


 ユウマが踏み込む。

 短双剣の片方を、投げるように滑らせた。


 刃が男の手首を掠める。

 血は出ない。代わりに、空気が裂ける。


 男の指が止まり、ソウマが呼吸を取り戻す。


「助かった」


 ソウマが一言だけ言う。感情のない声なのに、重い。


 黒衣の男が、ユウマへ視線を戻す。


「異物。……鍵か」


 その言葉が、背筋に刺さる。

 この男は、ユウマの“存在”を最初から目的に含めている。


 レンが一歩、前へ。


「お前が何を知ってるかはどうでもいい。ここは通る」


 黒衣の男が、指先を下げた。


 空気が、さらに沈む。

 禍源域が膨らみ、中心のエルデが歓喜で身を震わせた。


「――そろそろ、かな。ねぇ、ねぇ。もう“頃合い”?」


 黒衣の男が、淡々と答える。


「……あと少しだ。」


 外周の叫びが一段大きくなる。

 盾が軋み、槍が折れ、血が飛ぶ。


 ユウマは歯を食いしばった。


 ここで折れたら、終わりだ。

 ここで通せなければ、全員が禍源域に呑まれる。


 レンが低く言う。


「ユウマ。次の一手で壁を割る。合わせろ」


 ユウマは短く頷いた。

 残った短剣を握り直し、息を整える。


 黒衣の男の指が、再び上がる。


 その瞬間、禍源域の中心で――エルデが、笑った。


「――あぁ、来た来た来た。最高。最高だ」


 世界が、もう一段沈む。

次話は【毎日21時30分】更新です。続きが気になったらフォロー/★で応援してもらえると嬉しいです。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ